はじめに
パラメータ限定は、愛憎の入り混じったクレームの作成方法である。出願人・特許権者にとっては、そのパラメータを直接記載した先行技術が見つかりにくいことはその特許の権利化及び有効性維持の重要な要因であるため、明細書の作成において好まれている一方で、無効資料の収集が難しくて無効化が困難となるため、この特許を問題視する場合には憎まれている。また、パラメータ発明が多くなるにつれて、さまざまな問題が徐々に注目を集めるようになり、その特許有効性判断は厳しくなる傾向にあり、権利化・無効審判において、より多くの立証責任が出願人・特許権者に分配される。さらに、近年の中国の特許無効審判の事例からすると、明確性要件違反、実施可能要件違反、サポート要件違反、新規性欠如や進歩性欠如は、いずれも、パラメータ発明の無効理由となり得る。本稿において、実際の事例から「パラメータ発明」の通常の無効理由を検討し、明細書の作成についてアドバイスをしてみる。
I. 「パラメータ発明」の無効理由及び事例
1.明確性要件及び実施可能要件
中国の特許審査基準によれば、物クレームは通常、モノの構造上の特徴によって規定されるが、特殊な場合では、物理的又は化学的パラメータによって特徴づけることも認められる。パラメータによって特徴づける場合、当業者が明細書の教示から、又は当業界の慣用手段により、明確かつ確実に特定できるものを使用しなければならない
[1]。パラメータは明瞭なものでなければならない
[2]。
権利化・無効審判におけるクレーム解釈のルール
[3]によれば、クレームに記載の用語は、当業者が特許請求の範囲、明細書及び図面を読んで理解した通常の意味でなければならない。クレームに記載の用語について、明細書及び図面には明確な定義又は説明がある場合、それに従って解釈する。これによって解釈することができない場合、通常利用する技術辞書、技術マニュアル、レファレンスブック、教科書、国家又は業界の標準規格などを参照して解釈することができる。
物クレームで使用されるパラメータのうち、発明者が自ら定義したものが多い。このようなパラメータについては、通常の意味が把握しにくいし、技術辞書や教科書等を参照して解釈することも困難であるため、明細書の説明が十分に明確なものとはいえない場合、明確性要件違反又は実施可能要件違反と指摘される可能性がある。
また、パラメータの規定には、特定の条件下での製品や原材料等の特定の物理的・化学的特性の測定が伴うことが多い。測定方法及び測定条件は測定結果に大きな影響を与えるため、これらの明確さはクレーム解釈及び発明の実施をする上で非常に重要である。パラメータの測定方法又は測定条件が不明瞭な場合、明確性要件違反又は実施可能要件違反と指摘される可能性がある。
【事例1】パラメータの定義及び測定条件(明確性要件違反)
第53229号無効審判請求の審決は、発明の名称を「光反射用熱硬化性樹脂組成物・・・」とした第200780042463.2号発明特許に関するものである。その請求項1は以下のとおりである。
「【請求項1】
熱硬化性成分と、白色顔料Eとを含有する光反射用熱硬化性樹脂組成物であって、
成形温度100℃~200℃、成形圧力20MPa以下、及び成形時間60~120秒の条件下でトランスファー成形した時に生じるバリ長さが5mm以下であり、
熱硬化後の、波長350nm~800nmにおける光反射率が80%以上であり、
前記熱硬化性成分はエポキシ樹脂Aを含有し、前記白色顔料Eは、アルミナ、酸化マグネシウム、酸化アンチモン、酸化チタン、ジルコニア、無機中空粒子からなる群から選択される少なくとも1種である、ことを特徴とする光反射用熱硬化性樹脂組成物。」
請求人は、請求項1に記載の「バリ長さ」の意味及び測定条件はいずれも不明瞭であると主張した。
合議体は以下のとおり判断した。
「成形温度100℃~200℃、成形圧力20MPa以下、及び成形時間60~120秒の条件下でトランスファー成形した時に生じるバリ長さが5mm以下である」というパラメータの規定は、請求項1に係る発明を明確に表すものではなく、その技術的範囲を明確に示すものでもない。
①明細書に記載の「バリ長さ」の説明及び定義は十分に明確であるとはいえない。当業者は明細書の記載から、「バリ長さ」とは、下型の6本のスリットに流れ込んで生じたバリの長さなのか、特許権者が主張した上型と下型との合せ目の隙間に「はみ出したバリ」の長さなのかを確認することができない。
②請求項1に記載のバリ長さの測定条件は、請求項1に係る発明を明確に表すことができず、その技術的範囲を明確にすることもできない。請求項1に規定する測定条件「成形温度100℃~200℃、成形圧力20MPa以下、及び成形時間60~120秒」について2通りの解釈があり得る。一つは、特許権者が主張した「請求項1に規定する条件のいずれかにおいて、
その数値範囲を満たす測定結果が1つあればよい」ことである。しかし、明細書には、実施例及び比較例に記載された特定の測定条件でのバリ長さのほか、その他の測定条件でのバリ長さの記載や説明は一切ない。本件特許の明細書から上記特許権者による解釈を明確かつ一義的に導き出すことはできない。もう一つは、「請求項1に規定する各測定条件において、
測定結果がいずれもその数値範囲内でなければならない」ことである。したがって、請求項1に規定するバリ長さの測定条件は、上記2通りの解釈があるため、多義的になっている。
以上より、請求項1の技術的範囲は不明確である。そのため、第200780042463.2号発明特許は全部無効とされた。
【事例2】自ら定義したパラメータの測定方法(実施可能要件違反)
第563247号無効審判請求の審決は、発明の名称を「
正極タブ及び電池」とした第201810696957.2号発明特許に関するものである。その請求項1は以下のとおりである。
「【請求項1】
・・・を含み、
前記正極膜の0I値C
0Iが150以下であり、正極膜の0I値C
0I=C
003/C
110であり、
C
003は正極タブのX線回折パターンにおける003特徴回折ピークのピーク面積であり、C
110は正極タブのX線回折パターンにおける110特徴回折ピークのピーク面積であり、
前記
正極タブは、関係式:0.015≦C0I×ρ≦4(ρは正極膜の面密度(単位:g/cm
2を表す)をさらに満たしている、正極タブ。」
合議体は以下のとおり判断した。
本件特許の発明となるものは実験結果の分析が必要であり、実験結果は発明の効果を反映する特性データでもある。しかし、
明細書においてその測定方法は明瞭ではなく、当業者は明細書の記載から実験を再現してそのデータを取得することができないため、その技術的手段を取得できず、効果も確認できない。したがって、実施可能要件違反に該当する。
【事例3】一般パラメータの測定方法(実施可能要件違反)
第49079号無効審判請求の審決は、発明の名称を「改良された鉛蓄電池セパレータ、電池及び関連の方法」とした第201180055930.1号発明特許に関するものである。その請求項1は以下のとおりである。
「【請求項1】
表面と裏面を含む鉛蓄電池セパレータであって、
前記セパレーターは、・・・を含み、・・・
前記セパレータは、125~250μmのバックウェブ
厚さ、10Nを超える
破裂抵抗、
Peroxで40時間測定された原CMD伸びの50%を超える
酸素抵抗、60mΩcm
2未満の
電池抵抗、
アンチモン合金を有する場合に1.5g/Ah未満の
水損失、非アンチモン合金を有する場合に0.8g/Ah未満の
水損失から選ばれる少なくとも3つの特性を有する、鉛蓄電池セパレータ。」
請求人は、明細書には請求項1に規定するセパレータの6つの特性パラメータの測定方法に関する記載がないと主張した。特許権者は、上記6つのパラメータはいずれも一般のものであり、どのように測定するかは当業者には明白であると主張した。
合議体は以下のとおり判断した。
測定方法のステップ及び測定条件はパラメータの値に直接的な影響を与える。同一の特性であっても、パラメータの値は測定条件によって異なる。
本件特許の明細書には、
各特性の測定方法の記載がなく、測定手順や、用いる手段及び環境条件への言及もない。セパレーターの特性はセパレータの製造において常に着目されるものではあるが、上記測定方法について出願前に当業界で統一した基準があることを示す証拠はなく、各特性パラメータについては試験方法及び条件や参照基準を明記する必要がある。明細書にはガイダンスとなる記載がないだけでなく、統一した参照基準もなく、採用する測定方法は必ずしも同じとは限らないため、測定結果は比較することができない。
当業者にとっては、上記特性の測定方法は曖昧であり、実施不可能である。
2.サポート要件
パラメータで規定される物クレームが引用発明のモノに対して進歩性を有することを証明するために、上記パラメータの規定による効果と、裏付けとなる実験データとともに明細書に記載すべきである。その効果がパラメータの規定によるものであることが実験データにより十分に示されていない場合、このクレームはサポート要件違反と指摘される可能性がある。
また、パラメータの規定が発明のポイントに密に関連していることが確認されたが、課題解決又は効果予測ができないものが含まれている場合、このクレームはサポート要件違反と判断されるおそれがある。
【事例4】自ら定義したパラメータの効果の予測不能
第563598号無効審判請求の審決は、発明の名称を「胡麻含有酸性液状調味料」とした第201180023904.0号発明特許に関するものである。訂正後の請求項1は以下のとおりである。
「【請求項1】
胡麻と、酢酸と、ブタン酸、ヘキサン酸及び6−メチル−5−ヘプテン−2−オンからなる群から選択される少なくとも1種とを含んでなる、液状調味料において、
前記液状調味料の香気成分を固相マイクロ抽出−ガスクロマトグラフ質量分析法で測定した場合に、
酢酸のピーク面積に対する、ブタン酸、ヘキサン酸及び6−メチル−5−ヘプテン−2−オンの各ピーク面積の比が、下記の条件(a)~(c):
(a)ブタン酸:0.0001~0.02
(b)ヘキサン酸:0.0001~0.05
(c)6−メチル−5−ヘプテン−2−オン:0.00001~0.005
のいずれか一つ以上を満たす、液状調味料。」
合議体は以下のとおり判断した。
本件特許において、特定の液状調味料の配合において酢酸等の成分の含有量が同じであり、ブタン酸、ヘキサン酸、及び6−メチル−5−ヘプテン−2−オンの添加量が異なった各実施例はいずれも、上記成分を添加しなかった比較例よりも胡麻の香り維持効果に優れていることが検証された。当業者としては、上記対照実験の結果から、胡麻の香り維持効果は当該液状調味料中のブタン酸、ヘキサン酸、及び6−メチル−5−ヘプテン−2−オンの添加(又は添加量)に関連しているとの結論を導き出せる。
酢酸の濃度による効果への影響の検証はないため、上記効果はブタン酸、ヘキサン酸、及び6−メチル−5−ヘプテン−2−オンと酢酸との比率に関連しているとの結論は得られない。
メカニズムは明確ではないため、本件特許に記載の配合中のどの成分が胡麻の香り維持に影響を与えるかは当業者には不明である。これを背景に、クレームに記載の範囲が広い任意の配合がいずれも、上記香気成分における成分の割合によって、胡麻に特有の香りの維持効果を達成できることは、特定の配合(特定の香気組成に対応)の実験結果から予測不能である。
したがって、本件特許の請求項1は、その発明には推測が含まれており、その効果が予め判断・評価し難く、明細書の開示の範囲を超えているため、中国特許法第26条第4項に規定する要件を満たしていない。
【事例5】数値範囲に不良が含まれている場合
第58573号無効審判請求の審決は、考案の名称を「二次電池及び加熱装置」とした第
201720090970.4号登録実用新案に関するものである。その請求項1は以下のとおりである。
「【請求項1】
・・・を含む二次電池において、
前記外装ラミネートフィルムの合計厚みをtとし、前記複合タブの合計厚みをpとし、前記溶融樹脂層の厚みをcとし、前記内部樹脂層の厚みをaとし、前記シール部の厚みをhとしたとき、hは次式を満たすことを特徴とする二次電池。
2t+p-(2c+2a)×95%<h<2t+p-(2c+2a)×5%」
比較例1~2のhの値が上記式で規定される範囲内であるものの、本件実案の解決しようとする課題を解決できないことが検証された。
合議体は以下のとおり判断した。
請求項1~10には、本件実案の効果が達成できないものや、効果が予想できないものが含まれている。これらのものは、クレーム範囲から事実上除外されるものでもない。よって、当業者は請求項1~10に係る考案が本件実案の課題を解決でき、同様の効果を達成できることを確認できない。請求項1~10に係る考案はサポート要件違反に該当する。
3.新規性
パラメータを含む物クレームと先行技術との相違は上記パラメータの規定のみにあることが多い。パラメータの規定が、クレームに係るモノが引例に記載のモノとは異なる構造及び/又は組成を有することを意味する場合、このクレームは新規性を有する。一方、パラメータからクレームに係るモノと引例に記載のモノとを区別できない場合、権利化段階において、審査官はこのクレームは新規性を有しないと推定できる
[4] [5]。
一方、無効審判では、通常、無効審判の請求人は立証責任を負い、先行技術に係るモノもこのパラメータ要件を満たすことを示す証拠を提示しなければならない。モノが同じであることを証明するために、製法が同じであることを主張したり、引例の実施例を再現してパラメータを測定したり、公然実施の証拠を取得してパラメータを測定したりすることがよく見られる。しかし、ほとんどの特許について上記の証明は難しい。この点について、2023年の無効審判請求の審決取消訴訟事件のうち多くの関心を集めた事案(以下、事例8という。)において、中国最高裁判所は、「非一般的パラメータ」の場合、立証責任を特許権者の方に多く分配すべきであるとした。
【事例6】製法による新規性違反の推定
第28343号無効審判請求の審決は、発明の名称を「冷延鋼板及びその製造方法、電池及びその製造方法」とした第200780009180.8号発明特許に関するものである。その請求項2は以下のとおりである。
「【請求項2】
質量%で、C:0. 0040%以下、Si:0.02%以下、Mn:0. 14~0.25%、P:0.020%以下、S:0. 015%以下、N:0.0040%以下、Al:0. 020~0.070%、Nb:0. 005%以上0.020%未満、下記式(3)又は式(4)を満たすTi、及び上記式(1)又は式(2)を満たすB、を含有し、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、
フェライト組織の平均結晶粒径が12.0μm以下であり、r値の面内異方性Δrが-0.20≦Δr≦0.20であり、・・・冷延鋼板。」
請求項2と文献1との相違点は、文献1には、「フェライト組織の平均結晶粒径が12.0μm以下であり、r値の面内異方性Δrが-0.20≦Δr≦0.20である」との構成について直接の記載はないという点のみにある。
合議体は以下のとおり判断した。
文献1には請求項2の上記パラメータ限定についての直接の記載はないが、その製法と本件特許の製法が同じであるため、文献1で得られたモノも上記パラメータ特性を有する。請求項2は文献1に対して新規性を有しないと推定できる。
【事例7】引例の実施例を再現して特許のパラメータを測定する場合
第562666号無効審判請求の審決は、発明の名称を「歯ブラシ」とした第201780016029.0号発明特許に関するものである。その請求項1は以下のとおりである。
「【請求項1】
ヘッド部と、該ヘッド部に延設されたネック部と、該ネック部に延設されたハンドル部とを備えるハンドル体を備え、前記ヘッド部の植毛面には毛束が植設され、
下記の方法(α)で測定される前記ヘッド部の撓み量Aと、下記の方法(β)で測定される前記ネック部の撓み量Bとの積が0.8~10であることを特徴とする歯ブラシ。
方法(α):・・・
方法(β):・・・」
証拠5には、請求項1に記載の歯ブラシの構造についての記載はあるが、上記特定の方法で測定されるヘッド部の撓み量Aとネック部の撓み量Bとの積についての記載はない。
請求人は、証拠5の実験例1に対応する寸法の POM 材質の歯ブラシ(つまり、証拠 6~9)の製造を第三者の金型会社に依頼し、本件特許の方法による歯ブラシのヘッド部及びネック部の撓み量(つまり、証拠 10)の測定を第三者の測定機関に依頼した。測定結果によれば、証拠5の実験例1を基に射出成形された5本の歯ブラシは本件特許の請求項 1~4、7、8のすべての構成要件を満たしている。
特許権者と請求人との争点は、証拠5の実験例1に開示された歯ブラシが上記パラメータ要件を満たすか、証拠6~10の第三者により製造された歯ブラシ及び測定結果が証拠5の実験例1を表すことができるかという点にあった。
合議体は以下のとおり判断した。
測定報告書において測定されたモノが先行技術に記載のモノに一致する場合、測定報告書の測定結果は、先行技術に記載のモノが測定結果に示す特性を有することを証明できる。証拠7の態様4と証拠5の実験例1は寸法、形状及び材料が全く同じであるため、証拠7の態様4が証拠5の実験例1に一致すると判断できる。証拠10において測定された試料は、証拠7の態様4に一致するものであり、その測定結果は、証拠5の実験例1の歯ブラシを表すことができる。
証拠5の開示事項及び証拠 10の測定結果から明らかなように、証拠5には、本件特許の請求項1のすべての構成要件が開示されており、両者の発明は実質的には同じであり、請求項1は証拠5に対して新規性を有しない。
【事例8】公然実施の証拠を提示してパラメータを測定する場合
第567474号無効審判請求の審決は、発明の名称を「塗装後耐食性に優れたホットスタンプ成形された高強度部品およびその製造方法」とした第201280016850.X号発明特許に関するものである。その請求項1は以下のとおりである。
「【請求項1】
ホットスタンプ成形された高強度部品であって、
鋼板の表面にAl-Fe金属間化合物相を含む合金めっき層を有し、
該合金めっき層は、複数の金属間化合物の相から構成されており、
前記複数の金属間化合物の相中のAl:40~65質量%を含有する相の結晶粒の平均切片長さが3~20μmであり、ここでいう平均切片長さとは、鋼板面に平行な方向に計測したものを意味し、
該Al-Fe合金めっき層の厚みの平均値が10~50μmであり、該Al-Fe合金めっき層の厚みの標準偏差の厚みの平均値に対する比が、次式:
0<厚みの標準偏差/厚みの平均値≦0.15
満足することを特徴とする、塗装後耐食性に優れたホットスタンプ成形された高強度部品。」
請求人は、請求項1は証拠2_18に対して新規性を有しないと主張した。
証拠2_18は、イタリアで公証人の立会いの下でフィアット 500 セダンを購入し、解体し、部品を上海へ輸送し、受け取り、測定する過程を詳しく記載した公然実施の証拠である。
特許権者は、「車両は修理工場への輸送中に部品が交換された可能性がある。車両が修理されていないことを証明するものはない。『めっき層の厚みの標準偏差の厚みの平均値に対する比』は測定されていない。」と主張した。
合議体は以下のとおり判断した。
請求人は立証責任を果たしており、提示した証拠は互いに裏付けることができ、完全な証拠チェーンを構築できる。当該証拠チェーンは高度の蓋然性という基準に達しており、上記部品が当該車両のオリジナル部品であることを証明できる。特許権者はその異議を裏付けるための証拠を提示していない。フィアット 500 セダンは一定の販売台数を誇る車種であり、この車種で反対の証拠を探すことには立証上の障害はない。
特許権者は測定報告書の信憑性及び正確性については異議がない。特許権者に疑問視されたように同じ結晶相の視野でのみ測定されたというわけではなく、複数のサンプルから測定された厚みの標準偏差/平均値は0~0.15の範囲である。したがって、請求項1の構成はすべて証拠2_18に開示されている。請求項1は新規性を有しない。
【事例9】先行技術において使用されなかった非一般的パラメータ
(2023)最高法知行終37号二審判決は、発明の名称を「コンプレッサー」とした第00811303.3号発明特許に関するものである。その請求項1は以下のとおりである。
「【請求項1】
・・・を含み、圧縮機構部から吐出されるガスを通過させるためのガス通路を前記モータ部に形成し、
モータ部のステータにおけるステータコアのスロットとコイルとの間のスロット部分の総面積のガス通路の全面積に対する比が0.3以上となるように構成されたコンプレッサー。」
中国最高裁判所は以下のとおり判示した。
クレームにおけるパラメータが、先行技術において使用されなかった非一般的パラメータであり、特許公報には、このパラメータの規定によるモノの構造又は組成への影響に関する記載がなく、引用文献と特許が発明の思想については共通している場合、当業者が特許に係るモノと先行技術とを区別することが難しいことがある。この場合、
特許権者又は出願人が既存のモノの特徴を、通常でないパラメータにより改めて定義することによって、新規性欠如の事実を隠すというようなことを防止し、一般公衆の利益を保護するために、両者に相違があることを証明するか、十分に説明する責任を特許権者又は出願人に対して求めるべきである。両者に相違があることが証明されていないか、十分に説明されていない場合、当該特許クレームが引用文献に対して新規性を有しないという否定的な推論を行うことができる。
本件特許におけるパラメータは主に、別の測定基準及び計算方法に関するものである。当業者としては、その計算方法が、請求項1及び2に係るモノが証拠1とは異なる構造又は組成を有することを意味するかについては判断しにくく、証拠1に係るモノが上記比の値を有するかも判断しにくい。特許権者が本件特許の明細書又は先行技術に基づいて両者の構造上の相違について証明や説得力のある説明をしなかったため、両者は同じであると推定できる。
4.進歩性
構造及び/又は組成のみによってモノを明確に規定することができない場合、パラメータによってモノを規定することができる。上記パラメータは、発明をより明確に表すことができ、発明の効果に密に関連しているものでなければならない。数値範囲内のモノがどれだけ優れた効果を達成できるかを当業者が判断できないほどパラメータと効果との関係性が不明瞭であり、さらには、これにより発明の実施がより複雑になり、目的性に欠けるものになる場合、パラメータの規定は発明に進歩性をもたらすことはできない。
【事例10】相違点あり、効果なし
第42578号無効審判請求の審決は、発明の名称を「研磨パッド」とした第200410010483.X号発明特許に関するものである。その請求項1は以下のとおりである。
「【請求項1】
半導体基板を平坦化するための研磨パッドであって、気孔率が少なくとも0.1体積%であり、
40℃、1rad/secでのKELエネルギー損失係数が385~750 l/Paであり、40℃、1rad/secでの弾性率E′が100~400MPaであるポリウレタンポリマー材料からなり、該ポリウレタンポリマー材料は、・・・、研磨パッド。」
請求人は、「請求項1と証拠1との相違点は、請求項1では研磨パッドの動的機械的パラメータがさらに規定されている点にある。ポリマー材料の動的機械的パラメータは、材料固有の特性を表すものであり、周知の測定技術及び一般的な測定装置により取得できるものである。したがって、請求項1は進歩性を有しない。」と主張した。
特許権者は、「明細書の表4及び表5Aに記載のデータによれば、エネルギー損失係数及び弾性率E’は、ウエハの欠陥と強い相関を示す。したがって、上記相違点からすれば、本発明が解決する課題は少なくとも、不良率が低い平坦化ウエハを得るための、改善された組み合わせ特性を有する研磨パッドを提供することである。」と主張した。
合議体は以下のとおり判断した。
表4及び表5Aにおいて、研磨パッドによる研磨後のウエハの不良状況が全く同じであり、効果の違いは本質上示されていない。さらに、表に記載のデータからは、KEL及び弾性率E’の変化に伴うウエハの不良率の変化は明らかではないため、上記パラメータと不良率との間には「強い相関」があるとした特許権者の主張を裏付けるデータは一切ない。
請求項1の
パラメータの選択は実質上、より優れた効果を一切もたらしておらず、課題を解決していない。このような無意味なパラメータの選択は当業者が創意工夫をせずともなし得るものである。請求項1は進歩性を有しない。
II. 明細書の作成について
パラメータ発明には確かにさまざまな問題はあるが、特定の分野において特定のモノをパラメータで規定することは避けられないことが多い。そのため、パラメータ発明の場合、審査・無効審判に耐えられる観点から明細書を如何にして作成すべきかについて検討する必要がある。
上記事例に示すように、パラメータ発明は、明細書にはパラメータそのもの、測定方法やその効果などが十分に記載されていないために無効化されることが多い。明細書の記載を改善することにより、パラメータのせいで無効になるリスクを大幅に低減することができる。したがって、権利化・無効審判の成功率を高めるために、下記の点から明細書の記載を改善することが考えられる。
1.パラメータの技術的意味
パラメータの意味不明は、明確性要件違反又は実施可能要件違反につながる可能性がある。
クレームに記載のパラメータについて、当業者が明細書の教示から、又は当業界の慣用手段により、その意味を明確かつ確実に把握できるように、明細書に明示的に記載すべきである。
特に自ら定義したパラメータについては、当業者がその範囲を理解でき、少なくとも特許請求の範囲、明細書及び図面を読んで一義的な解釈が得られるように、その定義を明細書に記載すべきである。
2.パラメータの測定方法及び測定条件
パラメータの測定方法や測定条件の不明さは、明確性要件違反又は実施可能要件違反につながる可能性がある。
パラメータの測定方法は、実験を再現できるほど詳しく明細書に記載すべきである。特に自ら定義したパラメータの測定について、明細書の記載から明確な測定値が得られるように、サンプリング、サンプルの仕様、サンプルの処理、測定手順、測定条件、データの取得・処理等から記載する必要がある。
一般パラメータであっても、先行技術に既知の測定方法が複数ある場合、具体的にどの方法を使用するかを明示する必要がある。標準測定方法を使用する場合、国家規格又は業界規格の番号を記載すべきである。
測定条件、特に測定結果に実質的な影響を与える条件については、明細書又は特許請求の範囲に明確に記載することがお勧めである。これは当業者が明確に把握できるものでなければならない。
3. パラメータの規定による効果
パラメータの規定による効果の記載の不明瞭さ又は不十分さは、実施可能要件違反、サポート要件違反又は進歩性欠如につながる可能性がある。
この点について、以下の留意事項がある。
①パラメータの規定による効果を明細書又は実施例に記載すべきである。
②従来の技術では本願発明のパラメータ範囲及びその効果を達成できないことを示す比較例を設けたほうが良い。
③本願発明による効果の達成を示す実験データを記載すべきである。
④実験において他の要因の影響をできる限り排除する必要があり、かつ、その効果が他の影響要因ではなく、パラメータの規定によるものであることが確認できるほど、実験データを多く示すべきである。
⑤権利化・無効審判における進歩性主張に寄与するために、その効果を良・悪という2レベルのみに分けることを回避し、発明の好ましさの程度に応じてより多くのレベルに分けたほうが良い。
4. パラメータの数値範囲
パラメータの数値範囲の不適切さは、サポート要件違反、新規性欠如、進歩性欠如につながる可能性がある。
この点について、以下の留意事項がある。
①サポート要件を確保する観点から、実施形態に記載するだけでなく、実施例として、少なくともこの数値範囲の上限値、下限値及び1つ以上の中間値の例を記載すべきである。
②数値範囲にサポート要件違反につながる不良が含まれないようにすべきである。
③クレーム中の数値範囲が設計的事項でないことを示すために、その範囲を外れた比較例も記載したほうが良い。
④新規性・進歩性欠如を解消する観点から、数値範囲が発明のポイントである場合、複数の好ましい範囲を設定し、それらに対応する効果を記載すべきである。
5. 実施例
通常、パラメータで規定される物クレームの効果を実験によって検証する必要があるため、実施例は必須であると考えられる。実施例の記載の不適切さは、実施可能要件違反、サポート要件違反、新規性欠如、又は進歩性欠如につながる可能性がある。
実施例の記載について、上述した明細書作成の留意点のほか、以下の点にも留意すべきである。
①実施可能要件を確保する観点から、実施例は実験を再現できるほど明瞭に記載すべきである。
②新規性を確保する観点から、先行技術の実施例とは製法が異なる実施例を設けるべきである。
おわりに
近年、中国では「パラメータ発明」の特許有効性判断は厳しくなる傾向にある。実施可能要件違反、サポート要件違反といった、従来はめったに使用されなかった理由により無効になったパラメータ発明の割合が増加している。これを背景に、事例及び明細書の作成に関する以上の検討は、パラメータ発明の品質向上、権利化及び無効化回避の点で、出願人・特許権者の参考になればと思う。
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【参考文献】
【1】中国特許審査基準(2023版)第二部第二章の3.2.2
【2】中国特許審査基準(2023版)第二部第十章の4.3
【3】「特許の権利化・無効審判に係る行政事件の審理における法律適用の若干の問題に関する中国最高裁判所の規定(一)」法釈〔2020〕8号」の第2条
【4】中国特許審査基準(2023版)第二部第三章の3.2.5
【5】中国特許審査基準(2023版)第二部第十章の5.3