「知的財産権侵害民事事件の審理における懲罰的賠償の適用に関する解釈」 の理解と適用
目次
1. 起草の背景
2. 起草の過程及び主要な原則
3. 司法解釈の名称
4. 故意、悪意の認定
5. 情状深刻の認定
6. 算定基準の確定
7. 倍数の確定
8. 発効時期
9. 懲罰的賠償の濫用防止
「知的財産権侵害民事事件の審理における懲罰的賠償の適用に関する解釈」(以下、「解釈」をいう)は2021年2月7日に最高人民法院審判委員会第1831次会議で可決され、2021年3月3日より施行された。「解釈」は計7条があり、主に民法典、著作権法、商標法、専利法、反不正競争法、種子法及び民事訴訟法などの関連法律規定に基づくもので、適用範囲、請求内容と時間、故意と情状深刻の認定、算定基準と倍数、発効時期などの知的財産権の裁判実務における重点と難題に関わる。本稿では、条文の趣旨を正確に理解し、司法解釈を正確に適用することを保証するために、「解釈」の起草における関連情況及び注意すべき適用問題について説明する。
1. 起草の背景
中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議(五中全会)は、第14次5カ年規画(14・5規画、2021~2025年)と2035年までの長期目標を制定した。現在、中国はすでに高品質の発展段階に転向したが、知的財産権の司法保護が新たな発展理念を貫き、高品質の発展要求を体現し、新たな発展パターンの構築にサービス及び保障を提供すべきである。知的財産権の懲罰的賠償制度を導入・実行し、深刻な知的財産権侵害行為を法律に基づき処罰することは、侵害行為を抑制し、且つ権利者を十分に補償することができ、新たな発展理念の内在的要求に合致し、知的財産権保護の全面的な強化、社会イノベーションの活力の喚起、高品質の発展の促進には有利である。
2018年11月5日、習近平総書記は第一回中国国際輸入博覧会の講演において、中国が懲罰的賠償制度を導入することを発言した。その後、懲罰的賠償制度の法改正及び政策の制定が加速的に推進された。2019年に改正された反不正競争法、2020年に改正にされた専利法と著作権法などの知的財産権関連法律には、いずれも懲罰的賠償の条項が追加された。この前、2013年に改正された商標法、2015年に改正された種子法には、知的財産権の懲罰的賠償の規則が先に確立された。2021年に施行された民法典第1185条には、知的財産権の懲罰的賠償制度を総括的に規定したことは、懲罰的賠償が知的財産権分野を全面的にカバーすることが実現されたと示している。
2019年11月11日、中国共産党中央弁公庁、国務院弁公庁が印刷配布した「知的財産権保護の強化に関する意見」には、知的財産権侵害の懲罰的賠償制度を導入することが明確にされた。2019年10月22日、国務院が公布した「ビジネス環境最適化条例」には、国が知的財産権侵害の懲罰的賠償制度を確立することが提出された。中国共産党第19期四中全会で採択された「中国特色のある社会主義制度の堅持・完備と国家治理システム・治理能力の現代化の推進における若干の重大な問題に関する決定」には、公平を原則とする財産権保護制度を完備し、知的財産権侵害の懲罰的賠償制度を確立し、企業の営業秘密保護を強化することが強調された。2020年11月30日に開催された中央政治局第25回集団勉強会では、習近平総書記は、知的財産権の懲罰的賠償制度の実行を加速することを強調した。これは、知的財産権の懲罰的賠償制度が全面的な実行段階へ加速的に移したことを示している。
党中央の決定指示から法律規定まで、中国の知的財産権の懲罰的賠償制度は日増しに完備され、価値と意義が日増しに顕著に体現された。このような背景の下で、最高人民法院が懲罰的賠償の司法解釈を制定するのは、懲罰的賠償制度を着実に実行する実務上のニーズでもあり、懲罰的賠償制度の適切な運用を保証する重要な措置でもある。
2. 起草の過程及び主要な原則
2015年9月、最高人民法院は知的財産権の司法保護と市場価値研究(広東)基地を設立し、「市場価値を導きとし、科学的で合理的な知的財産権の損害賠償制度を構築する」「補償を主とし、懲罰を補助的なものとする」などの裁判規則を次第にまとめてきた。知的財産権の懲罰的賠償制度の研究を一層体系的に、全面的に行うために、最高人民法院は知的財産権の懲罰的賠償制度の研究を2019年度の重大な司法研究課題に取り上げた。西南政法大学、中南財経政法大学、上海市高級人民法院、重慶自由貿易試験区人民法院などの課題担当機関は優秀な研究レポートを提出した。上述の探索研究は「解釈」の起草のために、良好な実践と理論の基礎を固めた。
「解釈」の起草過程において、起草者は前後して中央の立法部門、行政部門、検察部門及び高級人民法院の意見を募集し、2回の座談会を開催し、北京大学、清華大学、中国人民大学、中央財経大学などの法学者及び産業界の代表、弁護士代表の意見を募集し、各法改正に関する意見とアドバイスを十分にヒアリングした。
「解釈」は主に下記4つの原則を遵守する。
1)中央の決定指示を貫徹する。「解釈」の起草過程において、起草者は習近平総書記が中央政治局第25回集団勉強会で発言した重要指示をめぐって、知的財産権保護活動の「五つの関係」を深く理解・実行し、知的財産権事件の規律に合致する訴訟規範を積極的に模索・完備し、イノベーションに有利である知的財産権の法治環境を絶えず最適化し、知的財産権強国と世界科学技術強国の建設、社会主義現代化国家の全面的な建設に、堅実な司法サービス及び保障を提供する。
2)法律の統一、正確の適用を保証する。「解釈」は著作権法、商標法、専利法、反不正競争法、種子法などの多くの法律に関わる。起草過程において、起草者は民法典の正しく、統一した適用の要求をしっかり遵守し、法律に基づき解釈し、懲罰的賠償を適用する基準の統一を保証するとともに、各法律間の表現上の差異をできる限り調整し、全面平等保護原則を堅持し、適用条件を慎重に明確する。
3)問題指向を堅持する。中国全国人民代表常務委員会はぞれぞれ2014年と2017年に専利法、著作権法の実施情況に関する法律執行検査報告で、知的財産権事件において賠償額が低いなどの問題が存在していると指摘した。知的財産権侵害の賠償額が低いことは、一方で権利者が受けた損害を補填しにくく、もう一方で知的財産権の侵害を効果的抑制しにくい問題を招く。「解釈」の起草は、上述の問題の解決に立脚し、深刻な知的財産権侵害行為を法律に基づき処罰する。
4)実務上の操作性を強化する。「解釈」は、法律の適用基準を明確にし、懲罰的賠償の司法適用の操作性を強化し、当事者に明確な訴訟指導を提供し、司法解釈の操作性と効果を確保することを趣旨とする。
起草過程において、異なる種類の知的財産権を区別して取り扱い、適用要件をそれぞれ規定すべきだという意見があった。検討した結果、起草者は各種の知的財産権を侵害する行為に対する懲罰的賠償の適用要件及び賠償基準を一致すべきだと合意した。第一に、民法典第123条に明確に規定する知的財産権の客体は7種類があり、法律に規定するその他の客体もあり、一つ一つ規定するのが難しい。著作権法、商標法、専利法などには、それぞれ懲罰的賠償の内容を規定したが、民法典には懲罰的賠償の総括的な内容を規定した情況では、さらに客体を区別してそれぞれ規定する場合、適用要件が重複しやすく、衝突も生じ安く、民法典を正しく適用するには不利である。第二に、著作権、商標、専利などは同じく知的財産権の客体であり、法律上の属性が一致しているため、懲罰的賠償の法律要件の適用には、専利などの技術類の知的財産権の客体を区別して取り扱うべきではない。
3. 司法解釈の名称
最高人民法院による「司法解釈の作業に関する規定」第6条2項には、裁判業務において、いかにある特定の法律を適用するか、又はいかに法律が定めている司法解釈をある特定の種類の事件と問題に適用するかに対し、司法解釈の形式を採用すると規定した。「解釈」が主に知的財産権侵害民事事件における民法典などの法律に規定する懲罰的賠償の適用問題に関する内容であることに鑑み、司法解釈の形式を採用する。
起草過程において、懲罰的賠償の適用は知的財産権民事事件、行政事件だけでなく、仲裁裁決の取消と執行、起訴前の調停などの分野にも及ぼし、将来の適用に十分な余地を残すため、名称を「知的財産権の裁判における懲罰的賠償の適用に関する解釈」に変更したほうがよいという意見があった。但し、「・・・事件の審理における・・・」を名称とする司法解釈が既存しているため、権利侵害紛争以外の知的財産権の裁判もこの名称を適用できると考慮し、「知的財産権の裁判」という表現を本解釈の名称として採用しなかった。
4. 故意、悪意の認定
懲罰的賠償制度の歴史から見れば、懲罰的賠償は責任を重くする性質を有し、権利侵害の故意が処罰の正当性の基礎である。処罰及び予防という懲罰的賠償の社会コントロール機能を実現させると同時に、濫用を防止するために、行為者の主観的過失の度合いは懲罰的賠償を適用する重要な考量要素である。
民法典に規定する懲罰的賠償の主観的要件は故意であり、商標法第63条1項、反不正競争法第17条3項に規定するのは悪意である。各方面の意見をヒアリングして検討を重ねた結果、故意と悪意の意味が同じだと解釈すべきこととした。第一に、民法典は上位な法律であり、商標法と反不正競争法は先に改正されたものの、悪意に対する解釈が民法典と一致すべきである。且つ、民法典が公布された後に改正された専利法と著作権法のいずれも懲罰的賠償の主観的要件が故意だと規定している。第二に、知的財産権の司法実務において、故意と悪意を正確に区別できない場合が多く、両者の意味を同じく解釈するのが実務上の操作性を高めることには有利であり、悪意が商標、反不正競争分野に適用される一方、故意がその他の知的財産権分野に適用される誤解を避けるにも有利である。
行為者の故意は内在的主観状態であり、民事訴訟において究明することが困難であり、客観的な証拠のみによって認定されることが多い。通常、権利侵害者と権利者の関係が緊密になればなるほど、権利侵害者は係争知的財産権を知っている可能性が高くなる。例えば、商標法第15条には、「商標の権利付与・権利確定に係る行政事件の審理における若干の問題に関する規定」第15条と第16条には、他人の商標を知りながらという特定の関係をいかに認定するかについて規定した。
5. 情状深刻の認定
情状深刻は主に権利侵害手段、方法及び侵害による結果などに対するものであり、通常、権利侵害者の主観状態を及ぼさない。「解釈」第4条に挙げられた状況は、主に司法実務における典型判例から来るものである。
懲罰的賠償制度を正しく実施するために、最高人民法院は2021年3月15日に、6件の知的財産権侵害民事事件の懲罰的賠償典型判例を発表し、6件も情状深刻の認定に関連している。例えば、五粮液社と徐中華などとの商標権侵害紛争事件において、五粮液社は商標権者の許諾を得て、登録商標「
」を独占的に使用している。徐中華が実際に管理している店は五粮液の偽造品を販売し、且つ漢字、「五粮液」を無断に使用したことで、行政処罰されたことがある。徐中華などが五粮液などの白酒の偽造品を販売した行為は、商標登録製品の偽造品を販売する犯罪行為に該当し、有期懲役などの刑罰を科された。徐中華などが五粮液の偽造品を販売したことで、すでに行政処罰及び刑事処罰を受けたことがあり、一審裁判所と二審裁判所は被疑侵害行為の実施方法、継続時間などの要素を考慮し、徐中華などが侵害を業としていることを認定し、2倍の懲罰的賠償責任を負うと言い渡した。この典型判例の意義は、知的財産権侵害を業としているなどの深刻な情状を正確に定義し、模範的な意義を有することにある。
6. 算定基準の確定
専利法第71条1項、著作権法第54条1項、商標法第63条1項、反不正競争法第17条3項、種子法第73条3項にも懲罰的賠償の算定基準の確定方法を明確に規定している。司法実務において、損害賠償額の算定が難しいため、懲罰的賠償を適用しにくいことが多い。侵害行為を抑制する懲罰的賠償の重要な役割を果たし、知的財産権の裁判実務に立脚し、「解釈」第5条3項には、原告の主張及び原告が提出した証拠に基づき確定した賠償額は算定基準の一つとされた。また、侵害行為を差止めるための合理的な支出は実際に権利行使する時にしか発生しなく、損害賠償の目的とは異なり、且つ著作権法、商標法、専利法、反不正競争法のいずれにも合理的な支出を算定基準としないために、「解釈」第5条1項には、算定基準は原告が侵害行為を差止めるために支払った合理的な支出を含まないと規定した。同時に、種子法に規定する算定基準が合理的な支出を含むことを考慮し、「法律に別段の規定がある場合、その規定に従う」という内容をただし書として同項に付けた。
算定基準の確定について、著作権法に規定する賠償額の算定基準は実際の損害額又は権利侵害者の違法所得額であり、専利法、商標法、反不正競争法、種子法に規定する算定基準は実際の損害額又は侵害行為によって得られた利益である。商標法、反不正競争法、種子法には、算定基準を実際の損害額によって確定し、確定が難しい場合、侵害行為によって得られた利益によって確定すること、つまり優先順位を規定した。一方、著作権法と専利法には、算定基準の優先順位に関する規定はない。各法律との関連性を考慮し、「解釈」第5条1項には、それぞれ関連する法律に従うと規定した。
7. 倍数の確定
倍数は懲罰的賠償額を確定するもう一つの重要な要素である。人民法院は事件全体の状況を総合的に考慮し、法律が規定する倍数の範囲内で法律に基づき倍数を確定する。倍数を確定するときに、権利侵害者の過失の程度、情状深刻の程度、賠償額の証拠根拠などだけでなく、懲罰的賠償と行政処罰及び刑事罰金との関係も考慮する必要がある。また、倍数は整数ではなくてもよい。
知的財産権の懲罰的賠償と行政罰金、刑事罰金との関係について、三者は目的が完全に異なっていることは、民法典第187条もすでに明確に規定した。したがって、侵害行為に対する処罰の強度を高めるために、「解釈」第6条には、すでに行政罰金又は刑事罰金が科されたことにより、民事訴訟における罰則的賠償責任を減免してはならないと規定した。但し、当事者の利益の重大な不公平を避けるために、「解釈」第6条2項には、人民法院は倍数を確定する時に、執行が完了した行政罰金又は刑事罰金の状況を総合的に考慮することができると規定した。
8. 発効の時期
「解釈」は2021年3月3日より施行されたが、著作権法、専利法は2021年6月1日より施行される。2021年1月1日より6月1日までの間に受理した著作権侵害事件、専利権侵害事件において、当事者が懲罰的賠償を請求する場合、2021年1月1日より施行された民法典に基づき確定できるかについて、民法典が専利法、著作権法などの部門法の上位法として、すでに懲罰的賠償制度を明確に規定したことに鑑み、民法典に基づき懲罰的賠償を確定するのは法律上の支障がない。倍数の範囲について、著作権法、専利法の適用に関する具体的な規定を参照することができる。
9. 懲罰的賠償の濫用防止
権利侵害賠償額を引き上げることは処罰を強化する手段の一つであるが、賠償額が高くなればなるほど知的財産権を保護する力は強くなり、効果は大きくなると、単純に理解してはいけない。懲罰的賠償額は事件の証拠を根拠とし、法律に基づき合理的に確定してはならない。懲罰的賠償制度を正確に実施し、実務における濫用を防止するために、まず、懲罰的賠償の構成要件を正確に把握することである。「解釈」は懲罰的賠償の適用範囲、請求内容と時間、主観的要件、客観的要件、算定基準と倍数の確定などを明確に規定し、懲罰的賠償のすべての適用要件を含み、明確な操作指導を提供し、当事者にも安定的な予見性を高め、懲罰的賠償制度の司法実務における操作性と効果を確保し、裁判の規則から懲罰的賠償の濫用防止を保障する。また、典型判例を通じて指導を強化することである。「解釈」の条文の趣旨を正確に理解するために、最高人民法院は2020年3月15日に6件の知的財産権侵害民事事件の懲罰的賠償典型判例を発表した。今後、最高人民法院は裁判の経験をまとめ、懲罰的賠償制度の完備を一層推進し、深刻な知的財産権侵害行為を確実に抑制できるように努力する。