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知的財産権の訴訟における権利侵害停止に関する民事責任の負担


北京林達劉知識産権代理事務所

序言

民事訴訟は、知的財産権者が知的財産権の侵害行為に対して行う通常的な権利行使の手段である。訴訟において、権利侵害行為の成立を認定する判決が確定したら、侵害者は、相応する民事責任を負わなければならない。

中国において、民法通則第134条に、民事責任の負担方式として、主に①侵害停止、②妨害排除、③危険除去、④財産返還、⑤原状回復、⑥修理・作り直し・交換、⑦損害賠償、⑧違約金支払、⑨影響除去・名誉回復、⑩謝罪などが規定されているが、「特許法」、「商標法」などの知的財産権に関する法律には、侵害停止及び損害賠償という2種類の民事責任の負担方式だけしか明確に規定されていない。

しかし、実務においては、多数の権利者が、侵害者に対して公に謝罪することを訴訟請求している。このような訴訟請求は、必ずしも裁判所に支持されないわけではないが、必要条件が付けられる。つまり、謝罪という民事責任を負う方式は、通常人身権が損害を受けた場合に限って適用され、財産権に係る特許、商標の権利侵害紛争において、支持されることはほとんどない。

したがって、侵害停止及び損害賠償は、知的財産権訴訟において最も重要な民事責任の負担方式であるといえる。そのうち侵害停止は現在、知的財産権侵害事件において、最も一般的な民事責任として、大多数の原告がその訴訟で侵害停止を請求している。なぜならば、権利者にとって、侵害停止は、訴訟を提起する主な目的であるからである。しかし、個々の知的財産権侵害事件においては、それぞれの侵害の状況が異なっており、かかる民事責任の適用に関しては、侵害停止の具体的な方式や在庫や金型などの廃棄など未だ検討すべき問題がたくさん残っている。

本稿では、幾つかの事件や弊所の訴訟代理の実務経験を踏まえ、現在の司法実務での、侵害停止に係る知的財産権訴訟における民事責任の負担方式を紹介するとともに、訴訟における民事責任の主張の仕方に関して、意見を述べるものとする。少しでも参考になれば幸いである。

I. 関連法律規定

民法通則における関連規定の他にも、「特許法」第60条及び「商標法」第53条でも民事責任の負担方式について言及している。条文において、権利者は、侵害行為に対して、裁判所に訴訟を提起することか、関連行政機関に処分を請求するかを選択することができると規定している。行政機関に処分を請求する場合、行政機関が侵害行為の成立を認めたら、侵害行為を直ちに停止するよう命じることを規定しているのに対して、裁判所への訴訟提起に関しては、侵害停止の適用についての具体的な規定はない。しかしながら、裁判所は、侵害行為が成立すると認めた場合、当該行為を直ちに停止するよう命じることができる。司法による侵害に対する主な救済ルートとして、侵害行為の停止が民事責任の負担方式であるということは、自明なことである。

また、「著作権法」第46条及び第47条には、侵害停止を含む著作権の侵害行為に係る民事責任を明確に規定している。

この他に、最高裁判所の「現在の経済情勢下における知的財産権裁判の大局支持に係る若干の問題に関する意見」第15条には、侵害停止の適用に関する指導的な意見が提示されている。

II. 侵害停止形式の具体化

侵害停止とは、要約した表現であり、大まかな「ある侵害行為の停止」という記述として、大方向において誤っておらず、かつより全面的で、漏れは起こりにくいが、判決の執行に不利な点がある。

最高裁判所元副院長の曹建明氏は、第2回全国裁判所知的財産権審判業務会議において、「一審判決の際に権利侵害行為が依然として継続している場合、通常侵害停止を判決し、かつ主文において、できるだけ侵害停止の具体的な方式と内容を明示しなければならない」と指摘した。

しかしながら、侵害停止に係る具体的な方式と内容を明らかにする場合、まず権利侵害の具体的な方式と内容を明確にしなければならないため、原告は、被告による侵害行為を主張する際、被疑侵害製品の型番、侵害方法の内容などに係る具体的な方式と内容を漏れなく、かつ正確に表現し、また訴訟においてこれを十分に主張しなければならない。ところが、かかる訴訟請求は、原告にもある程度のリスクがあるとはいえる。なぜなら、一つには、権利侵害行為をあまり詳細に限定すれば、微妙なズレと不完全さが出てくるおそれがあるからである。例えば、被疑侵害製品を正確に記述していなかったり、侵害製品の一部しか記述していなかったりすることがある。二つには、限定された侵害行為があまりにも具体的であれば、被告に逃げ道を与えることにもなりかねないからである。例えば、製品の型番をもって、侵害製品を限定すれば、裁判所がある型番の製品の製造販売の停止を命じる判決を出した際、仮に被告が製品の型番のみを変更して、製品については実質的に変更しない場合、判決の執行に当たり、紛争が生じるおそれがある。

したがって、原告は起訴に際して、被告による権利侵害行為を十分に確認し、できるだけ全面的かつ正確に権利侵害行為を限定しなければならない。

III. 侵害停止責任を適用しないケース

1.権利状態に基づいて

民事責任の方式として権利侵害停止を判決する場合、必然的に権利の存続状態を考慮しなければならない。判決が言い渡される時、権利が既に有効ではなく、侵害が成立する基礎が存在していなかったら、侵害停止の請求も認められないからである。

例えば、特許権侵害訴訟において、判決が言い渡された時、特許の存続期間が既に満了していたら、その存続期間になされた侵害行為に対し、損害賠償などの責任を追及することはできるが、侵害停止の訴訟請求は、通常認められない。

これに対して、次のような疑問が出てくるのではないであろうか。例えば、被疑侵害製品が特許の存続期間中に製造したことが確認された場合、存続期間満了後、かかる製品の販売禁止を要請することができるかどうかという問題がある。通常、被疑侵害製品について、特許の存続期間中に製造したと確認されたとしても、存続期間満了後に、かかる製品を販売することは、侵害に該当しないため、かかる製品の販売を制限すべきではないと考えられる。

2.権利侵害が既に停止している場合

2007年1月、当時最高裁判所副院長であった曹建明氏は、「全国裁判所知的財産権審判業務座談会」において、法により侵害停止の民事責任を妥当に適用することについて、「侵害者が起訴される前又は訴訟中に侵害行為を既に停止したことが証拠によって証明された場合、事実認定において釈明することができれば、主文にて侵害停止について判決する必要はない。訴訟中に継続している特殊な侵害行為に対して、事件の具体的な状況に応じて、当事者間並びに社会公衆の利益との合理的なバランスを図り、執行のコスト及び可能性を考慮し、侵害停止の判決により執行結果が著しく不合理となり、又は公共利益を損なう場合、関連販売と使用行為の停止を判決しないで、侵害者の賠償責任を適当に加重することができる」と言及した。

上記発言の前半については、侵害者が起訴される前又は訴訟中に侵害行為を既に停止したことを証明する証拠が、キーポイントとなっている。通常かかる証拠は、被疑侵害者が提出するもので、被疑侵害者は、その侵害行為を既に停止したことを主張する場合、関連証拠を提出しなければならないのである。しかし、実際には、被疑侵害者が抗弁する重点に関しては、侵害に該当しないと主張することが多い。また、侵害行為を既に停止したと主張したとしても、証拠を提出して証明することは少ない。そのため、侵害停止を判決しないケースはさほど多くない。しかしながら、司法実務において現在、侵害停止を判決しないことに関わっている特別な状況がある。つまり権利者が、被疑侵害者による侵害行為について、既に行政機関に対して調査処理を請求し、かつ行政機関が被疑侵害者による侵害行為を処理したことである。この場合、権利者が侵害行為の継続を証明することができる証拠を有しない限り、裁判所は、単なる損害賠償という問題のみに関する判決を言い渡す可能性が高い。

3.社会の公共利益への考慮

また、上記発言の後半に関しては、最高裁判所の「現在の経済情勢下における知的財産権裁判の大局支持に係る若干の問題に関する意見」法発【2009】23号第15条に、「関連行為の停止により、当事者間における重大利益のバランスが損なわれ、社会の公共利益に反して、又は実際に執行することができない場合、事件の具体的な状況に応じ、利益のバランスを図って、行為の停止を判決することなしに、より充足した賠償や経済補償などの代替的措置をもって、紛争を解決することができる。権利者が長期間にわたって、権利侵害を放任し、権利維持を怠り、侵害停止を請求する場合、関連行為停止の命令により、当事者間に比較的重大な利益の不均衡がもたらされるおそれがある場合、法による合理的な賠償を妨げないことを前提とした上で、新たに行為停止を命じないことを慎重に検討することができる」と明確に規定している。

社会の公共利益を考慮して、侵害停止責任を適用しなかった状況について、富士化水事件1は、典型的なケースであると言える。当該事件における係争特許は、排煙脱硫技術と装置で、被疑侵害製品は、発電所の発電機に付ける排煙脱硫装置である。一審の福建省高等裁判所は、その判決書において、「火力発電所に排煙脱硫装置を配備することは、環境保護という基本的な国策及び国家産業政策に合致し、かつ発電所における電力供給状況は、地方経済や人々の生活に直接関わるものである。権利者の利益と社会の公共利益のバランスを図るため、華陽社に対する晶源社の侵害停止という訴訟請求については認めないが、華陽社は、晶源社に相応の使用費を、本事件特許権の存続期間満了時まで支払わなければならない」とはっきりと示した。最高裁判所も二審判決において、かかる観点を維持した。

4.登録商標及び先行権利との衝突

上記状況を除き、他人の著作権、企業名称権など先行財産の権利と衝突する登録商標は、商標法に規定されている紛争期限を超えたため、取消すことができない場合、先行権利者は、訴訟時効期間中に侵害の民事訴訟を提起することができる。但し、裁判所は、当該登録商標の使用を停止するという民事責任を負担する判決を出さない2

商標法第41条には、「登録された商標が本法第10条、第11条、第12条の規定に違反している場合、又は欺瞞的な手段又はその他の不正な手段で登録を得た場合は、商標局はその登録商標を取消す。その他の事業単位又は個人は、商標審判委員会に当該登録商標の取消についての裁定を請求することができる。

登録された商標が本法第13条、第15条、第16条、第31条の規定に違反している場合、商標の登録日から5年以内に、商標所有人又は利害関係者は商標審判委員会にその登録商標の取消について裁定を請求することができる。ただし、悪意による登録、著名商標の所有者に対しては5年の期間制限を受けない。

前2項に規定された状況を除き、登録商標に異議がある場合は、その商標の登録日から5年以内に、商標審判委員会に裁定を請求することができる」と規定されている。

他人の著作権、企業名称権などの先行財産の権利と衝突する場合、商標法第31条の規定に違反しているため、上記の規定により、商標登録の日より5年以内に商標審判委員会に対し、当該登録商標の取消を請求しなければならない。

しかし、現実的には、商標が登録された後、必ずしも大量に使用されるとは限らないため、数多くの先行権利者は、往々にしてタイムリーに被疑侵害となる登録商標の存在に気づかないでいる。たとえ、発見した場合でも、登録から既に5年が経過していたため、商標法第31条の規定を適用して、当該登録商標を取消すことができなくなっていることも多々ある。

また、登録商標の登録が認められたとしても、実際に使用することができなくては、当該登録も意味がなくなってしまう。したがって、登録が認められた登録商標については、その使用について登録商標に対する合法的な使用として、禁止され難い。先行権利者と商標権者との利益のバランスを図るために、最高裁判所は、「先行権利者は、訴訟時効期間中に侵害による民事訴訟を提起することができる。但し、裁判所は、予め当該商標の使用を停止する民事責任については、判決しない」という解釈を公布した。

IV. 在庫及び金型の廃棄

「特許行政執法弁法」、「商標法」第53条には、侵害行為を調査処理する場合、侵害商品及び侵害商品の製造に用いた専門的な道具を没収及び廃棄することができる、つまり侵害商品の在庫及び金型を廃棄することができると規定している。しかしながら、司法ルートによって裁判所が在庫及び金型の廃棄を命ずることができるか否かについては、その法律規定は不明確である。司法実務においても、各地の裁判所或いは同一裁判所でも裁判官によって、採用基準も異なっている。

1.侵害停止に含まれるのか

原告による在庫及び金型の廃棄に係る訴訟請求に関して、一部の裁判所は、これに対してコメントを加えることなしに、判決において侵害停止及び損害賠償の訴訟請求のみを認め、その他の全て訴訟請求を棄却した判例がある。例えば、北京市第二中等裁判所は、(2007)二中民初字第392号判決において、侵害を認定したが、侵害停止の方法については、裁判所が実情に応じて確定すると示し、最終的には被告による侵害製品の製造販売を直ちに停止することのみを命じ、在庫及び金型の廃棄などを含むその他の訴訟請求については棄却した。

上記の判決において、裁判所が、在庫及び金型を廃棄するという訴訟請求を認めなかったのは、法的根拠がない、又は在庫及び金型を廃棄するという訴訟請求が侵害停止の範疇に該当するとみなしたからではないかと思われる。これに関して、湖南省長沙市中等裁判所は、(2010)長中民三初字第0041号判決において、「原告は、被告が侵害金型を廃棄するべきであると要求しているが、当裁判所は、侵害物品の廃棄については、侵害停止の具体的な方式に該当するため、執行手続の際にこれを解決するものとして、かかる原告の訴訟請求を認めない」と明確に述べている。

また、北京市第二中等裁判所による(2010)一中民初字第16759号民事判決においても、類似の意見が記載されていた。つまり「レゴ(LEGO)社が小白龍社に対して在庫並びに上記製品の製造に係った金型を引き渡し、廃棄するように要求した訴訟請求に対して、当該訴訟請求が侵害停止という民事責任を負うことになるため、かかる訴訟請求については認めない」と認定したのである。

上記の裁判所の意見に関して、在庫及び金型を廃棄することは、侵害停止の具体的な方式に該当し、侵害停止に含まれるため、別途表明する必要がないとまとめることができる。しかし、この意見にはまだ問題が残っている。前述したように、侵害停止とは、広義的な概念として、その執行の可能性を考慮したうえで、裁判所は、できるだけ侵害停止の具体的な方式を明確にすべきだからである。侵害製品の製造販売停止を命ずることも、同様に侵害停止の具体的な方式に属するので、この方式を判決書主文において明確にすることができる。在庫及び金型を廃棄することが、同様に侵害停止の具体的な方式に該当するならば、なぜ侵害停止に含まれて、尚且つ、かかる訴訟請求は認められないのかということである。

2.民事制裁の方式に該当するのか

上海市第二中等裁判所は、(2011)滬二中民五(知)初字第78号判決書において、「原告が、被告に対して関連金型及び在庫の侵害製品の廃棄を請求したことについて、民事責任の負担方式に該当しないため、当裁判所は、これを認めない」と指摘している。

筆者自身も、上海市第二中等裁判所において同関連訴訟に参加したことがある。その際、原告が提起した金型及び在庫を廃棄するという訴訟請求に対する合議廷の意見は、上記の判決と同様に、民事責任の負担方式に該当せず、民事制裁方式である。したがって、裁判所は、原告に対し、金型及び在庫を廃棄するという訴訟請求を取り下げて、被告に対しての金型及び在庫を廃棄するという民事制裁に変更するように要請した。しかし、当該事件は最終的に和解に合意したため、裁判所は、判決もせず、民事制裁裁定も行われなかった。

上記の処理方法は、司法実務においてよく行われるものでなく、その法的根拠にも欠けている。しかし、判決認定に基づく判決書の主文にせよ、別途民事制裁による裁定によるものにせよ、権利者にとっては、金型の廃棄を徹底的に行えば、裁判所がいずれの形式を選択しても何らの影響もないと考えられる。

3.在庫及び金型の証拠

最高裁判所は、「現在の経済情勢下における知的財産権裁判の大局支持に係る若干の問題に関する意見」法発【2009】23号第15条において、「当事者の訴訟請求、事件の具体的な状況及び権利侵害を停止する実際の必要性に基づき、当事者に対し権利侵害製品の製造に用いた専用材料、設備などを廃棄するよう明確に命ずることはできる。しかし、廃棄措置の実施は確かにその必要があることを前提とし、侵害行為の深刻性に相応するものとし、不要な損失をもたらしてはならない」と指摘している。

広東省高等裁判所は、(2010)粤高法民三終字第432号判決中において、「厨聖社の本特許に対する侵害は構成されており、厨聖社に対し侵害製品の製造販売を直ちに停止し、在庫製品を廃棄する民事責任を負わさなくてはならない。金型の廃棄という訴訟請求について、東風廠が法廷審理において、一部の金型が専用であることを認めたため、一審裁判所は、大臣会社、エレクトロラックス社及び東風廠が一緒にその権利侵害製品を製造した金型を廃棄しなければならないという厨聖社の同請求を全般的に認めた」と指摘している。

同裁判所の判決は、上記の最高裁判所の指導意見と一致していると言える。

一部の裁判所は、金型及び在庫の廃棄に係る訴訟請求を認めているが、原告が在庫及び金型の存在について、相応する立証責任を負うと要求している。

例えば、北京市海淀区裁判所は、(2012)海民初字第3613号判決において、「李長高から提出された三被告に対しては在庫製品を廃棄し、温州爽泉社に対しては金型を廃棄するようにという主張に対して、本事件においてフットマッサージ器の在庫状況を示す証拠がなく、在庫製品及び金型について、裁判所は、実情を把握できていない。なお、当裁判所が三被告に対し侵害を停止し、上海爽泉社及び温州爽泉社に対し経済損失を賠償するよう命ずることで、被告の侵害行為を十分制止することができるため、当裁判所は、李長高による主張を認めない」と言い渡した。

当該判決では、判決執行の可能性を考慮していたと言うことができる。筆者自身もこれまでに、地方知識産権局の場合、現場検証によって金型の状況を確認することができなければ、一部の知識産権局は、処理決定書発行の際に、金型廃棄という処分方式を採用しなかったという行政執行における類似の状況に遭遇したことがある。

このような処分方式は、ある程度の合理性を有する。つまり、実行可能性が考慮されてはいるが、当事者の権利を十分保護するのには不利である。訴訟において、在庫及び金型の状況について十分に把握できなかった可能性はあるが、在庫及び金型がないというわけではない。実際には、権利侵害製品の性質から、当該製品を製造する金型及び専用設備の存否を推定することができる。しかし、原告により在庫及び金型の実際の状況について立証することは、現実的に原告に対して厳しすぎる要求であると言える。しかも、かかる処分方式は、執行の可能性を考慮すると同時に、執行の可能性をも制限してもいる。したがって、判決において在庫及び金型の廃棄処分に関わる認定がないため、執行時に在庫及び金型の廃棄に対する根拠もなくなり、仮に執行において、在庫及び金型の手掛かりを発見しても、執行できない状況となっている。

したがって、判決時に、製品の性質から専用設備及び金型が存在について推定することができれば、判決主文において、原告による在庫及び金型の廃棄処分に係る訴訟請求を認めることは、権利者の利益を保護し、侵害を適切に制止するために、より有利になると言える。

4.在庫及び金型の廃棄に関わる法的根拠

訴訟において、原告による在庫及び金型の廃棄に係る訴訟請求に対して、被告は通常、法的根拠がないことで反論する。裁判所も法廷審理の際に原告に対し、当該訴訟請求の事実及び法的根拠を説明するよう要請する。

上記のように、当該訴訟請求の主張が、侵害停止という民事責任の具体的な負担方式に基づく場合、かかる問題が容易に起こりやすくなる。すなわち、在庫及び金型を廃棄することは、侵害停止にとって必要な負担形式であるか否かということである。在庫が販売されたり、金型が権利侵害製品の製造に用いたりさえしなければ、在庫及び金型自身の存在は、権利侵害とはならないため、権利侵害製品の製造及び販売を停止することを命じさえすれば、侵害を停止するのに十分であり、在庫及び金型を廃棄する必要はない。これは、多くの裁判所が在庫及び金型の廃棄に係る訴訟請求を認めない重要な原因となっている。

筆者は、関連する訴訟事件を代理した際に、在庫及び金型の廃棄に係る訴訟請求について、裁判所により法的根拠の説明を要請された場合、主に在庫及び金型の廃棄について、権利侵害リスクを排除するための必要手段であると主張してきた。その法的根拠は、「民法通則」第134条である。具体的な主張としては、専用の金型及び設備は、権利侵害製品の製造のみに用いられる以外には、その他の用途がない。当該金型及び設備が存在して初めて、侵害者は随時侵害製品を製造することができる。在庫についても同様で、在庫は販売されなければ、何の価値もなく、在庫を廃棄しなければ、侵害者は、随時侵害製品を販売することができる。すなわち、権利侵害のリスクは、いつまでも存在しているわけで、権利侵害リスクを排除するためには、在庫及び金型を廃棄する必要があり、かつ同時に未販売の権利侵害の在庫については回収して、廃棄処分するよう訴訟請求する必要がある。

最高裁判所は、(2010)民提字第189号判決において、上記の筆者主張を認めた。つまり「本事件の権利侵害製品BT98型番タイヤの製造には専用の金型を必要とし、当該金型は権利侵害製品の製造に用いる以外には、その他の用途がなく、杭廷頓社もこれを認めている。したがって、当該専用金型を廃棄すれば、更なる権利侵害のリスクが排除される。……権利侵害製品が販売ルートへ進入することを防ぐため、当該金型を破棄することができる。……杭廷頓社が販売店まで出荷したが、エンドユーザーにはまだ販売していない権利侵害製品を有する場合、侵害者に対し販売店から当該在庫を回収するように要請することで、侵害リスクを低下することができ、権利侵害製品をビジネスルートから徹底的に排除し、生産者の負担を過度に増やさず、かつ侵害の停止に必要とする条件下において、認めることができる」というものであった。

上記事件においては、最高裁判所が原告による在庫及び金型の廃棄に係る訴訟請求を認めたが、司法実務においては、多くの地方裁判所が上述したさまざまな理由によって、原告の訴訟請求を棄却しているのは、現状である。具体的な事件において、かかる訴訟請求が認められるように、原告が裁判官に対して、侵害の事実並びに在庫及び金型の廃棄に係る必要性を十分説明しなければならない。

V. 侵害停止の執行

侵害停止という民事責任の負担形式は、裁判所の支持を得られやすいにもかかわらず、執行には、かなりの問題が残っている。とりわけ被告が判決における義務を履行しない場合、原告が如何にして被告に侵害停止の責任を履行させるかということは、知的財産権の維持にとって、大きな課題となっている。

1.強制執行の手段

被告が判決における義務を履行しない場合、原告は、裁判所に対し強制執行を申し立てることができる。しかしながら、実務において強制執行は、金銭及び物品に対しては、比較的有効であるが、行為とりわけ不作為に対する執行の可能性に対しては困難である。侵害停止は通常、製造しない、販売しない、使用しないなどという不作為という形式である。裁判所は、常に被執行人の行動を監督することはできない。現実において、裁判所が採用している執行方式は、執行裁判官と被執行人による話し合いを通して、裁判官が被執行人に対して、被疑侵害製品を継続して製造、販売又は使用してはならないことを重ねて言明し、被執行人に談話メモに署名して誓約することなどを要請するものである。

2.未だに発生している侵害行為

被告による侵害行為がなお発生していることを証明することができる証拠のある場合、発生中の侵害行為に対する証拠調べを行うことができる。前述した曹建明氏は発言において、「侵害停止に係る判決が発効され、かつ執行措置が講じられた後、侵害者が相変わらずその侵害行為を継続している場合、権利者は、法により別途起訴して、その新たに発生した行為に係る民事責任を追及することができる。審理を経て、侵害者が一審判決により認定されたその侵害行為を継続して実施していることが確定された場合、裁判所は、実情に基づいて、公安、検察機関と共に法により判決又は裁定の履行拒否罪にて、その刑事責任を追及しなくてはならない」と言及した。

上記の発言に基づき、なお侵害を継続しているという証拠を収集した場合、更なる行動を取ることができる。一つには、別途起訴して、その刑事責任を追及できるし、もう一つには、これに基づき相手と交渉し、侵害行為を確実に停止するよう命じ、さもなければ、その刑事責任を追及することもできる。

しかし、現実では、被疑侵害者は、敗訴後に元からあった侵害製品を継続して販売するのではなく、権利侵害製品にいろいろ手を加える。その結果、手直しされた後の製品について、ある製品は権利者の権利保護範囲に該当しなくなるが、なお依然として侵害となっている製品もある。しかし、製品が手直しされた後、その変化が顕著な場合、侵害となるか否かについて、裁判所は、新たに判断する必要がある。この場合、一審により認定された侵害行為ではないため、判決又は裁定の履行拒否罪として、その刑事責任を追及することは難しい。

3.金型及び在庫の廃棄に係る執行

実務において、製造及び販売の停止は、一種の不作為の形態とし、その執行及び監督も難しくなっている。これに対し、金型及び在庫の廃棄は、一種の行為であり、相対的に比較的操作しやすい。また、通常、金型及び専用設備を廃棄した場合、再度権利侵害製品を製造するにはそのコストが大きくなる。したがって、多くの権利者は、在庫及び金型、特に金型の廃棄については、侵害停止を適切に保証することができる方式を採用することを願う。しかしながら、実際において、金型及び在庫の廃棄を実行することは、さほど容易なことではない。

通常、判決の際に原告は、在庫及び金型に係る状況を把握できていないため、在庫及び金型を実際にコントロールすることができない。被告が金型及び在庫を廃棄したか否かについて、これを確認し難いのが現状である。仮に裁判所に強制執行を申し立てたとしても、被告からの協力がなければ、裁判官としては、係争侵害製品に係る在庫及び金型を見つけることができないため、廃棄することも実現することができない。

広東省深圳市中等裁判所は、(2009)深中法民三初字第69号民事判決において、原告による金型廃棄の訴訟請求に関して、「杜川華が許諾を得ることなしに係争特許製品を販売したため、鄭偉琳の特許権を侵害した。鄭偉琳が杜川華に対し、権利侵害を停止し、特許製品を製造する専用の金型の廃棄を求める請求は、法律規定に適合するので、一審裁判所は、これを認めるべきである」と認定した。

しかしながら、原告は、二審において金型の廃棄よりも損害賠償を強く請求した。 (2010)粤高法民三終字第292号判決書における記載によれば、原告は、二審において、「鄭偉琳は、2007年に何人もの権利侵害者を起訴して、深圳中等裁判所、広東省高等裁判所のいずれも、権利侵害者は上訴人に対し、10万元の経済的損失を賠償するという判決を言い渡し、かつ権利侵害者に対して金型を廃棄するよう命じたが、金型の廃棄について、現在まで執行していない。杜川華が事件毎に10万元を賠償したとしても、鄭偉琳の損失を補償するのに十分でない」と主張した。

上記の金型廃棄が現在まで執行されていないことは、特例ではなく、むしろよくあることであると言える。司法実務において、通常在庫及び金型の廃棄を執行する場合、裁判所が講ずる執行措置は、Ⅴ.1.強制執行の手段の項目で述べた通りである。つまり、被告と話し合って、被告に廃棄を要請し、被告から廃棄済みという声明が出されなければ、裁判官もその真否を判断することができないため、そのまま終結してしまうことになる。

金型の廃棄を認める判決は、非常に稀であり、かかる廃棄が成功裏に執行されたケースは、なおあり得ない。アルファラバル社(Alfa Laval Corporate AB, Company)と江陰恒力制冷設備有限公司による特許侵害紛争の執行に関わる事件は、今まで唯一の成功例として、業界で一時注目を集める話題となった。

かかる事件において、アルファラバル社は2005年5月、上海市第二中等裁判所に対して特許侵害の訴訟を提起した。裁判所は、審理した結果、恒力社がZL50D及びZL95A板式熱交換器を販売する行為によって、アルファラバル社が有する特許番号がZL94192808.X及びZL96198973.4である2件の発明特許を侵害したことを明らかにし、法により恒力社に対して、侵害を停止して、経済損失としてアルファラバル社に30万元を賠償するという判決を言い渡した。さらに、アルファラバル社は、恒力社に対して、権利侵害製品を製造する金型を廃棄するように請求したが、その後も恒力社が上記の権利侵害製品を継続して製造販売している状況に鑑み、裁判所は、「民法通則」の関連規定に基づき、「恒力社がZL50D及びZL95A板式熱交換器を製造する金型を押収し、かつ執行局に移送して、強制執行3を実行する」という民事制裁決定を下した。

執行裁判官は、事件を引き受けた後、数回か江蘇省江陰市にある恒力社において調査を行い、関連の侵害金型を差し押さえ、かつかかる押収行動のため関連の準備作業を実施した。その際再三にわたる検討を行い、合議廷が最終的に押収行動に係る実施計画を確定した。執行裁判官、鑑定専門家及びアルファラバル社派遣代表は2007年5月25日、江蘇省江陰市において、恒力社の侵害金型2セットを回収して廃棄した。実施計画に基づき、執行現場に到着後、司法警察が現場秩序を整え、その後恒力社の法定代表者に現場への到着を通知し、裁判所委託の鑑定専門家及び外部代表が共に、裁判所が先に差し押さえた金型の現場を照合確認した後、廃棄する金型を押収し、かつ裁判所が事前指定した廃棄業者の担当者が実際に権利侵害の金型の廃棄を実施した。

当該事件において、金型をスムーズに廃棄することができた経験について検討する価値がある。もちろん金型を廃棄ができるか否かのポイントは、裁判所による有力な支持が不可欠である。

執行部門の裁判官にとっては、生活常識及び通常の業務経験によって、権利侵害金型を正確に判断することは難しい。本件において、執行担当者は、①以前審理段階で司法鑑定を担当した技術専門家に、現場における権利侵害金型の確認を任せたこと、②押収前に、鑑定専門家と一緒に恒力社において、関連する権利侵害金型に対する現場比較作業を行い、確認した上で差し押さえたこと、③押収金型の写真を撮って、アルファラバル社に確認してもらったこと、④金型押収の際に再度鑑定専門家とアルファラバル社代表に要請し、共同で差し押さえた金型について検査確認を実施したことなど一連の作業を行った。

上記の作業は、被告との話し合いによる執行方式よりかなり複雑である。大多数の執行裁判官は、かかる作業をここまで実施せず、或いはかかる作業方式が能率的で広く普及される方式ではないため、大半の事件において、裁判所がこれほど力を入れて廃棄を執行することは、あり得ない。
全体的からみれば、金型及び在庫の廃棄を執行するには、製造販売停止を執行するのと同様に困難である。権利者が金型及び在庫の廃棄をあまりにも注目することは、必ずしも権益を保護するのに有利とは言えない。

結び

本稿では、知的財産権訴訟において、侵害停止という民事責任の負担方式に関わる難点及び焦点となっている問題を紹介した。

司法実務において、大部分の権利者は、損害賠償に対し、侵害停止による実際的な効果をより重視している。しかしながら、現実には、侵害を繰り返すという現象は少なくない。侵害者が起訴された後、形だけを変えて侵害行為を継続するという事例は至るところで起こっている。したがって、多数の権利者は、中国では、訴訟によって侵害者が侵害停止という民事責任を負うということが、保証されていないため、知的財産権訴訟の意義がないと悲観した見方をしている。

このようなマイナスの現象の存在について、確かに否定することはできないが、中国における知的財産権の保護環境は徐々に整備されつつある。立法から執行に至るまで、ますます権利者の合法的な権益の保護を重視している。知的財産権訴訟を通じて、合法的な権益が保護され、市場における地位を確保している実例は、増加の一途にあり、主流を占めるに至っている。

また、権利者は、中国の知的財産権保護に対し、信念を固めている。自らの合法的な権益を最大限に保護するため、権利者が現行の司法体制下において、自己の訴訟請求をできるだけ完全なものにし、及び自己に有利な訴訟結果を得られるようにしている。その一方で、訴訟は、結果ではなく、あくまで手段に過ぎないことを認識することが必要である。訴訟手段を通じて侵害者にプレッシャーをかけ、最終的に和解に合意するのも一つの解決方法である。実際侵害者が侵害を停止する意思のある場合に限り、侵害を確実に停止することが保証される。しかしながら、侵害者に自らの意思で侵害を停止させるには、十分な強行手段を利用してプレッシャーをかけ、侵害者に侵害を継続することによる深刻な結果を認識させなければならない。このような結果を実現させるため、権利者及び弁護士は、共に努力し、権利侵害現象を軽々しく放任させないようにすることが肝要である。
 

1 一審事件番号(2001)閩知初字第4号、二審事件番号(2008)民三終字第8号
2 最高裁判所「現在の経済情勢下における知的財産権裁判の大局支持に係る若干の問題に関する意見」法発【2009】23号第9条
3 (2005)滬二中民五(知)初字第156号
(2012)


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