無視できない「問題地図」の使用によるコンプライアンスリスク
上海魏和劉法律事務所
中国弁護士 劉 海生
地図は人々によく知られており、且つ日常の仕事や生活においてよく使われる実用的なツールであり、科学性と芸術性を兼ね備え、強い政治性を有する国家領土の主な表現方式であり、国家主権及び領土保全を示している。人々の日常の仕事や生活において、中国地図は各種サイト、刊行物、映画・テレビ、広告、製品マニュアルなどの至る所で見受けられる。国務院は、地図使用を規範化し、国家領土の意識を強化するために、2015年に『地図管理条例』を公布した。
しかし、現実において、中国領土が勝手に変形されたり、中国の重要な島嶼の表示が漏れていたり、国境線が間違って引かれていたり、ひいては台湾を独立国家と表示していたりするような重大な間違いがある「問題地図」が、多くの企業の地図使用の過程において出現している。企業による「問題地図」の使用をひとたび発見したら、誰でも関連の主管部門に通報できる。筆者はこの2年間で、「問題地図」の使用によって行政通報事件を引き起こしたクライアントの案件を何件か取り扱い、さらに最近、多くのクライアントから関連する問い合わせを受けた。そのために、本稿では「問題地図」の使用によるコンプライアンスリスクに対して、読者の皆様の注意を喚起すべきであると考え、注目を集めた判例及び筆者自身の取り扱った実務経験とを結びつけて 、参考となるアドバイスをさせていただければと思う。
I. 「問題地図」に該当する問題点
「問題地図」の使用を回避するには、まず、「問題地図」の問題点が何であるかを知らなければならない。弊所が取り扱った案件及び検索した関連行政処罰案件を整理することで、「問題地図」によくある、又は同時に存在している問題点を以下のとおりまとめた。
1.中国の略図がひどく変形し、且つ完全ではない。
2.アクサイチン地域の国境線が間違って引かれている。
3.南チベット地域の国境線が間違って引かれている。
4.台湾省の色が中国大陸の色と一致せず、「一つの中国」原則に違反している。
5.中国尖閣諸島、赤尾嶼(大正島)の表示が漏れている。
6.中国南海諸島の表示が漏れている。
7.「台湾」「香港」「マカオ」などの地域が「中国」「日本」「韓国」などの国家と同一のフォント、活字のポイントで同列に使用されている。
8.法律に基づいて地図審査手続を履行して公開して掲載していない。
9.承認番号を表示していない。
II. 「問題地図」の使用によって『地図管理条例』に違反する情況及びその罰則
『地図管理条例』第8条には、地図に以下に掲げる内容を表示してはならないと規定されている。
1.国家統一、主権、領土保全に危害を及ぼす内容。
2.国家の安全に危害を及ぼし、国家の栄誉及び利益を損なう内容。
3.国家秘密に該当する内容。
4.民族団結に影響を与え、民族の風俗習慣を損なう内容。
5.法律、法規規定に表示してはならないその他の内容。
『地図管理条例』第15条には、「国家は地図審査制度を実施する。社会に対して公開する地図は、審査権のある測量製図地理情報行政主管部門に申告し、その審査を受けなければならない。ただし、観光地図、市街図、地下鉄路線図など内容が簡単なものは除く。地図審査には費用を徴収してはならない。」と規定されている。
『地図管理条例』第24条には、「いかなる組織及び個人も、国家の関連基準や規定と合致しない地図を出版、展示、掲載、販売、輸出入してはならない。また、国家の関連基準や規定と合致しない地図を持参して出入国してはならない。」と規定されている。
また、『地図管理条例』の規定によれば、規定に違反して「問題地図」を使用した場合、以下に掲げる行政処罰を受けなければならない。
1.是正を命じる。
2.警告を与える。
3.地図又は地図図形が付されている製品を没収する。
4.違法所得がある場合、違法所得を没収する。
5.情状に応じて10万元以下、又は10万元以上20万元以下の罰金を科す。
6.情状が深刻な場合、社会に通報する。犯罪に該当する場合、法律に基づいて刑事責任を追及する。
以下に、天津某貿易会社が2022年9月に、『地図管理条例』に違反したことで天津市規画自然資源局に行政処罰された案件を紹介する。
●案件概要:天津某貿易会社は、自社公式サイトに掲載した地図を審査権のある測量製図地理情報行政主管部門に申告しておらず、承認番号を記載していなかった。中国領土の図において中国尖閣諸島、赤尾嶼、南海諸島などの重要な島嶼の表示が漏れていただけでなく、世界領土の図において中国尖閣諸島、赤尾嶼、南海諸島などの重要な島嶼の表示が漏れていて、アクサイチン地域、南チベット地域の国境線を間違って引いていた同社の違法行為は、『測絵法』第38条、『地図管理条例』第15条、第24条の規定に違反している。天津市規画自然資源局は『測絵法』第62条、『地図管理条例』第49条の規定に基づいて、上記違法行為に対して警告を与え、3.5万元の罰金を科す処罰を下した。
III. 「問題地図」の使用によって『広告法』に違反する情況及びその罰則
『広告法』第9条の規定には、「広告は国家の尊厳又は利益を損なってはならない」と規定されている。例えば広告において、尖閣諸島、赤尾嶼、南海諸島などの重要な島嶼の表示が漏れていたり、アクサイチン地域、南チベット地域の国境線が間違って引かれていたりするなどの「問題地図」を使用することは、『広告法』第9条に禁止されている情況に該当する。上記に紹介した案件において、天津某貿易会社が自社公式サイトに地図を掲載した行為は広告的な性質を有していなかったため、『広告法』を適用して処罰されなかったが、企業は特定のメディア及び形式によって、促販の商品又はサービスを直接又は間接的に紹介するビジネス広告において、「問題地図」を使用する場合、『広告法』の規定に違反することになる。『広告法』違反に該当する場合、市場監督管理部門が処分し、その処罰も重くなる。
『広告法』第57条の規定によれば、『広告法』第9条に違反する場合、市場監督管理部門が広告掲載の停止を命じ、広告主に対して20万元以上100万元以下の罰金を科し、情状が深刻な場合、営業許可証を取り上げることができ、広告審査機関が広告審査承認文書を取り消し、1年以内その広告審査申請を受理しない。広告取扱業者、広告媒体業者に対しては、市場監督管理部門が広告費用を没収し、20万元以上100万元以下の罰金を科し、情状が深刻な場合、営業許可証を取り上げ、広告掲載登記証明書を取り上げることができる。
実務において、企業に「問題地図」を使用する故意があったか否かにかかわらず、非正規の地図を不注意で間違えて使用したり、インターネットからダウンロードした「問題地図」を使用したりすることで、『広告法』第9条に違反し、関連の法律責任を負わなくてはならないリスクが存在する可能性があることに注意することが必要である。
以下に上海某乳業会社が2020年9月に、『広告法』に違反したことで上海市市場監督管理局に行政処罰された案件を紹介する。
●案件概要:2018年6月8日から2020年4月9日の間、当事者である上海某乳業会社は公式サイトを通じて、「中国地図」を含む「2016~2020年の当社の戦略計画」という動画広告を配信した。上海某乳業会社は当該動画広告の製作を上海某文化メディア有限会社(別件処理)に依頼し、その費用として70,000元を既に支払っている。上海市規画自然資源局は、当該乳業会社が配信した広告に使用された中国地図は、中国領土を完全、且つ正確に表示していないことを確認した。上海市市場監督管理局は、同広告の配信範囲が限られており、事件が発覚した後に当事者は違法行為を深く反省し、タイムリーに是正し、積極的に調査に協力したことを考慮し、『広告法』第57条第1項及び『行政処罰法』第27条第1項第4号の規定に基づいて、当事者に対し広告配信の差止めを命じ、罰金30万元を科した。
このほかに社会的関心を集め、高い罰金が科されたもう一つの類似案件がある。2022年5月9日、江南某服飾会社は、自社の公式サイトにおいて間違った地図を使用し、当該ページがインターネット広告に該当し、『広告法』第9条第4項の「国家の尊厳又は利益を損なってはならない」という規定に違反するとして、杭州市西湖区市場監督管理局から80万元の罰金を科された。鑑定の結果、同社公式サイトの「about us」のページに掲載されている地図の図は、中国地図の境界線が完全に表示されておらず、台湾島、海南島及び南海諸島のいずれもはっきり見えず、アクサイチン地域、南チベット地域の国境線も間違って引かれていた。
IV.地図使用の規範化
地図を公開使用する場合、『測絵法』『地図管理条例』『地図審査管理規定』の関連規定を厳格に遵守しなければならない。2021年、上海市政府も国家が公布した法律法規に基づき、『上海市地図管理弁法』を制定し、発表した。実務において、地図を規範的に、正確に使用するために、以下のいくつかの点に注意しなければならない。
1.地図の作成、測量製図の資質のある機関に地図を製作してもらうこと。
2.地図作成が完了したら、測量製図地理情報行政主管部門に申告し、地図の承認番号を取得してから地図を使用すること。
3.出版物の承認番号を奥付の目立つ場所に表示しなければならず、ニュース報道又は宣伝ポスターの承認番号を地図の下部の目立つ場所に表示しなければならないこと。
もちろん、大部分の企業にとって、特別な要求がない情況で地図を使用する場合、上記のような複雑な要求にしたがって地図を作成して、申告する必要はなく、国家が配布する標準地図をダウンロードして直接使用すればよい。ただし、使用の際にダウンロードした地図の承認番号をそのまま残すか、又は目立つ場所に表示しなければならない。標準地図の取得方法について、自然資源部サイト(http://bzdt.ch.mnr.gov.cn/index.html)及びそのWeChat公式アカウントが標準地図のダウンロードサービスを提供しており、そこから中国、世界及びテーマ地図をダウンロードできる。また、省クラスの自然資源主管部門の公式サイトも社会公衆に無料ダウンロードサービスを提供しており、そこから正確な省クラス行政区域地図をダウンロードできる。これらの標準地図には承認番号が付されており、その承認番号をそのまま残して地図を使用しなければならず、地図をカット、拡大したり、内容を追加したりして使用する場合、改めて申告して、新たな承認番号を取得しなければならない。また、確かに地図を作成する必要がある場合、自然資源部サイトで測量製図資質を取得した地図作成機関を検索して、その資質を有する機関に地図の作成を依頼することが考えられる。
下図は自然資源部サイトの標準地図サービスシステムからダウンロードした中国地図(承認番号:GS(2022)4309号)である。
V.「問題地図」の使用で通報、苦情申立された場合の対応策
「地図管理条例」第46条には、「いかなる組織及び個人も本条例に違反する行為を発見した場合、通報する権利を有する。通報を受けた人民政府又は関連部門は法律に基づいてタイムリーに処理し、且つ通報者の秘密を保持しなければならない。」と規定されている。また、『広告法』第53条にも、「いかなる組織又は個人も、市場監督管理部門及び関連部門に、本法に違反する行為の苦情申立て、通報を行う権利を有する。苦情、通報を受けた部門は、苦情を受けた日から7営業日以内に処理を行い、且つ苦情申立人、通報者に告知しなければならない。関連部門は苦情申立人、通報者の秘密を保持しなければならない。」と関連内容が規定されている。
これは、いかなる人も他人が「問題地図」を使用しているのを発見した場合、関連部門に通報、苦情申立てをすることができることを意味している。実務において、「問題地図」の使用に関する行政処罰案件も基本的に通報、苦情申立によって発見され、且つ通報者、苦情申立人が違法広告を理由として被通報者、被苦情申立人の所在地の市場監督管理局に直接通報又は苦情申立を行うことが多くなっている。「問題地図」の使用がひとたび違法広告と認定された場合、市場監督管理局は相応する処罰を科す。もし、市場監督管理局が「問題地図」の使用を広告的な使用に該当しないと認定した場合、その案件は現地の規計画自然資源局に移管され、処理される。
筆者チームは、以下のような案件を取り扱ったことがある。あるクライアント会社は、自社公式サイトで上記「問題地図」によく見られる誤りが含まれる「問題地図」を使用した。「問題地図」の使用行為が『広告法』に違反しているとして、同社は他人によって市場監督管理局に通報された。市場監督管理局は、同社の関連行為は明らかな広告的な性質を有していないと認定し、その案件を現地の規画自然資源局に移管し、処理させた。その後、法執行官は同社に現地の面談会に参加するよう通知し、且つ「違法行為差止命令通知書」を送達した。その間、弊所は当該クライアント会社とスクラムを組み、積極的に調査を展開し、社内でタイムリーに自己点検、改善作業を行うと共に、改善報告書を提出した。最終的には、規画自然資源局は同社の積極的な改善態度、採用した措置及び初犯に該当し、明らかな危害を及ぼしていないなどの要素を考慮し、同社に対する立件処分を免除することを決定した。
このことから分かるように、企業は「問題地図」の使用によって通報、苦情申立されたら、法執行部門と積極的に意思疎通を図り、社内で合法的で効果的な対応措置を講じることが極めて重要であり、案件の処分結果に直接影響する可能性がある。本稿で紹介した関連行政処罰案件の結果の差異から見れば、法執行部門が責任及び罰金額を認定する際に、一定の自由裁量権を有する。したがって、企業は「問題地図」の使用によって通報、苦情申立された場合、以下の手段を講じて積極的に対応することを提案する。
1.社内において、例えば公式サイト、WeChat公式アカウント、微博(ウェイボー)及びその他の各種宣伝資料、商品マニュアル、動画資料などのオフライン、オンラインの「問題地図」の使用情況に対する全面的な調査を行い、「問題地図」の出所を整理し、タイムリーに削除又は廃棄する。
2.社内において、従業員を組織し、地図のコンプライアンス使用をテーマにした研修会を行ったり、会社の法務部員又は社外弁護士より説明したり、議事録をきちんと作成したりすることで、国家領土の意識教育を強化する。積極的な改善態度及び実際に講じた有効な措置を証明するよう、その議事録を証拠として法執行部門に提出することができる。
3.法執行部門の調査活動に積極的に協力し、法執行部門との意思疎通及びコミュニケーションを保持し、法執行部門の要求によって改善を行い、書面による改善報告書又は情況説明書を作成して提出し、法執行部門の審査を受けることで、できる限り立件処分が免除又は軽減されるよう努力する。
4.その後の地図使用に対し、できる限り標準地図をダウンロードして使用するか、又は確かに特別なニーズがある場合、事前に作成資質のある測量製図機関に地図を作成してもらい、申告し、承認番号を取得したら対外的に正式に使用できる。
5.社内において、できるだけコンプライアンス部門を設立したり、コンプライアンスチームを作ったり、社外弁護士と提携したりして、会社公式サイトに掲載する内容及び商品マニュアル、宣伝資料などの内容を事前に審査するなどして、法律規定に違反するリスクがないか、又はリスクが低いことを確認してから、対外的に発表する。
要するに、地図自体が政治性、厳格性を備えているため、企業はビジネス活動において地図を規範的に使用する重要性を無視できない。特に外資系企業は、ひとたび「問題地図」の使用などの違法行為にかかわると、その外国側投資家という身分や背景などの敏感な要因によって、政府及び社会公衆の注目を集めやすく、少しでも油断したら「熱捜」(ホットワード検索)になる恐れがあり、重大な行政処罰を受けることになるだけでなく、企業の信望に良くない社会的な影響をもたらし予想できない 商業的損失を引き起こす可能性もある。また、実務において、「問題地図」の使用が違法広告に該当すると認定されることが多く、広告のコンプライアンス問題が地図の使用だけに限らず、他の多くのビジネス要素にも関連していることに鑑み、法執行部門は「問題地図」による通報事件の処理過程において、企業がその他の広告内容の違法行為にかかわっていることを発見した場合、それらの法律規定違反行為に対して、法律に基づき合わせて処理することになる。そのため、「問題地図」だけでなく、企業は作成、配信する広告に含まれる全てのコンテンツ及び要素の合法性、真実性を確保し、必要に応じて、社外弁護士などの専門家の力を借りることで、広告作成、広告配信の過程におけるコンプライアンス性を保証しなければならない。