北京林達劉知識産権代理事務所
機械部 特許弁理士 宋永傑
【要約】発明の進歩性は「課題の解決手段」に由来することもあれば、「課題提起」に由来することもあると考えられる。進歩性を判断する際に、「課題の提起が自明であるか」を重要な要素として考察する必要がある。
1.最高裁判所による判例
2021年2月、中国最高裁判所の知的財産法廷は『最高裁判所知的財産法廷裁判要旨(2020)』を発表した。同要旨に第23号の判例として記載された【(2020)最高裁知行終183号 上訴人である深セン市大疆霊眸科技有限公司と被上訴人である中国特許庁、原審の第三者である杜文文との実用新案無効審判審決取消事件】において、中国最高裁判所は「課題提起」による進歩性判断に対する影響について、今後の参考となる判断方針及び見解を明かした。
本件において、上訴人は、被上訴人である中国特許庁、原審の第三者との実用新案無効審判審決取消事件における北京知的財産裁判所の一審判決を不服として、中国最高裁判所に上訴した。
上訴人は、上訴の理由の一つとして、「本考案は先行技術において認識されなかった課題を発見・解決し、有利な効果を達成したため、進歩性を有する。具体的には、本考案に係るPTZ機構は、非動作状態においてピッチ軸又はロール軸上のモータが自由に動くことを防ぐためのロック機構をピッチ軸又はロール軸上に設けることによって、非動作状態における確実な位置固定を確保するものである。上記の構造上の巧みな設計により、PTZ機構の非動作時に固定ができなかったり、固定用構造が複雑であったりするという従来技術の問題を解決でき、PTZ機構の保管や使用者による携帯及び使用が容易になる。本考案の公開前に、上述した手段の適用を開示した技術資料等は一切なかった。そのため、本考案は新規性及び進歩性を有する。」という主張をした。
中国最高裁判所は以下の判断を示した。
進歩性判断において新たな課題の提起や従来技術の欠点の発見について考察すべきかは、ケースバイケースである。通常、課題の提起や発見は発明創作の動機及び出発点であり、技術的手段の形成と「課題提起」との間には直接的な因果関係がある。「課題の提起や発見が比較的容易であり、解決手段の見出しが比較的困難である場合は多いが、「課題の提起・発見」が「課題の解決」よりも重要であるという特定の場合もあることは否定できない。技術進歩の難しいところが課題の発見にある場合もある。このような場合には、解決すべき課題が決まると、当業界の慣用手段の組み合わせ、近い分野間の技術転用、論理的な推理や数通りの試験等によって課題の解決手段を見出すことができる。この特定の場合、進歩性判断において「課題提起が当業者にとって自明であるか」を考察しないと、後知恵の判断となる可能性がある。
本件の場合、PTZ機構がモータ調整角度範囲外の「非動作状態」にある場合、このようなPTZ機構に存在する「自由に揺動し、保管、携帯及び使用が容易ではない」という欠点は明白であり、直接発見可能である。この欠点について、当業者はもちろん、PTZ機構の使用者でも、これが「非動作状態」のPTZ機構のロック不能に起因する問題であると簡単に認識できる。本件実案の進歩性判断において、「課題提起」に関しては先行技術に示唆があると判断すべきである。
2.審判例について
上記第23号の判例における最高裁判所の判示から、下記2点を学ぶことができる。
(i)「課題提起」は進歩性判断において検討すべき要素であり、特に、課題の提起が課題の解決よりも重要である場合、「課題提起」が第一の検討要素である。
(ii)「課題提起」が進歩性をもたらしたかについて、ケースバイケースでその自明性を判断すべきである。
上記2点について、さらに以下のとおり整理することができる。
進歩性判断に関して、中国の審査基準には、「①最も近い先行技術を選択し、②相違点、及び発明の実質上解決する課題を認定し、③クレーム発明が当業者にとって自明であるかを判断する【1】」という、実施しやすい汎用の「3ステップ法」が記載されている。
文言上からすると、「3ステップ法」には「課題提起」に関する言及がないため、「課題提起」が「3ステップ法」から独立して存在する補助的な判断基準であるかという疑問もあり得る。この点について、「課題提起」は「3ステップ法」から独立して存在する補助的な判断基準ではなく、「相違点、及び発明の実質上解決する課題を認定する」という「3ステップ法」のステップ2において考察すべき要素であると思われる。
相違点、及び発明の実質上解決する課題を如何にして認定するかについて、中国の審査基準には以下の説明がある【1】。
「まず、クレーム発明と最も近い先行技術を比較して、どのような相違点があるかを検討し、そして、クレーム発明における当該相違点に係る構成により得られる効果から、発明の実質上解決する課題を認定する。この意味では、発明の実質上解決する課題とは、よりよい効果を得るために最も近い先行技術を改良すべき技術的任務を指す。」
「審査において、審査官が認定した最も近い先行技術と、出願人が明細書に記載した先行技術とは異なる可能性があるため、最も近い先行技術に基づいて改めて判断された当該発明の実質上解決する課題は、明細書に記載された課題とは異なる可能性がある。この場合、審査官が認定した最も近い先行技術に基づいて、発明の実質上解決する課題を改めて判断すべきである」。
このように、発明の課題は、必ずしも出願書類に記載されたものではなく、何の根拠もないものでもなく、「発明が実質上解決する課題」という客観的なものである。すなわち、発明の課題は、当業者が「3ステップ法」に従って最も近い先行技術との相違点を判断した上で、発明全体における当該相違点に係る構成の作用効果から判断したものである。この判断において、「課題提起」に関する考察は必要となる。発明への十分な理解、当業界の技術常識及び従来の技術への十分な把握、従来技術の欠点及び問題への適切な考察をしておかないと、発明の進歩性に対する「課題提起」の貢献度を客観的かつ合理的に判断することはできない。
発明の解決しようとする課題は明細書に記載されているのが一般的であるが、審査官はクレームに記載された発明と最も近い先行技術との相違点及び当該相違点に係る構成の作用効果のほうに注目しやすく、そして当該作用効果から課題を推定する場合が多い。その結果、課題自体は無視されやすく、「課題の提起」が自明であるかということよりも、「課題の解決手段」が自明であるかということが審査のポイントとなりやすい。
実際には、「課題提起」は技術改良の出発点である。発明の完成に至るまでは、従来技術の欠点の発見、欠点に基づく課題提起、課題解決を目指した手段の探し出しを経るのが一般的である。課題の存在を認識できないと、改良の方向なしに発明を創出することは困難である。そのため、課題の解決手段が自明であるかということだけでなく、「課題提起」も従来技術に対する発明の実質的貢献の一つとして考察すべきである。
一方、「課題提起」は必ずしも進歩性をもたらせるとは限らない。「課題提起」が当業者にとって自明であるかを考察する必要がある。
技術改良の一般的な方向から提起・発見可能な課題の場合、通常、当業者はこのような課題を探求する動機付け及び能力がある。当業界の技術常識、論理的な分析・推理や数通りの試験によって課題を発見できれば、「課題提起」は自明であると考えられる。
例えば、上記第23号の判例において、中国最高裁判所は、「自由に揺動し、保管、携帯及び使用が容易ではない」という課題は当業者が容易に発見し得るものであるとして、クレームの進歩性を否定した。
これに対して、先行技術には課題の存在自体についての示唆が一切なく、当業者の通常の認識では発見・提起できない課題の場合、当業者は最も近い先行技術に接しても、技術改良の方向を決定することはできず、さらに、課題解決を目指して手段を探す動機付けが生じない。このような場合には、「課題提起」は非自明であると考えられる。
例えば、下記2つの審判例において、合議体は、「課題提起」を非自明なものとして、クレームの進歩性を認めた。
【例1】【2】
【事件の経緯】
本件特許の請求項1は、
「冷凍ユニット(4)を収容するための本体(2)と、前記本体(2)に取り外し可能に接続される補助体(3)とを備え、・・・家庭用・専用のアイスクリーム製造機において、前記補助体(3)は、前記混合・冷却ユニット(5)を取り囲むとともにそれと一体に形成される中空空間部(9)と、・・・を備え、前記混合・冷却ユニット(5)を取り囲んだ前記中空空間部(9)は、前記冷凍ユニット(4)によって冷却される冷却回路(10)と流体連通するか、又は前記冷凍ユニット(4)と流体連通し、前記中空空間部(9)の流体連通は、前記中空空間部(9)における冷却剤を離間するように設計されたクイックカップリング弁(13)を少なくとも2つ備えるクイックカップリング装置を移動可能に用いることにより行われる、ことを特徴とする家庭用・専用のアイスクリーム製造機。」というものである。
不服審判請求人は、「本願の技術的思想は、中空空間部(エバポレータ)と補助体(つまり、コンテナ)とを一体にするとともに、クイックカップリング弁を介して本体から取り外し可能にするというものである。これにより、エバポレータ内の冷却剤による冷却の強化が確保され、アイスクリームが入ったコンテナが本体から脱出されていても低温に保つことができる。取り外し可能なコンテナを設けるとともに中空空間部をコンテナに固定させることは当業者が引用文献1から容易に想到し得ることではない。」と主張した。
拒絶査定をした審査官は前置審査において、「アイスクリームは低温に保ち続けないと、長時間保存することができない。また、食べやすくするために、当業者はアイスクリームの製造後にコンテナの周りに冷却剤を添加して保存可能期間を長くすることに容易に想到できる。当業者は家庭用の小型アイスクリーム製造装置においてもコンテナと本体との分離が可能であることを知っている。したがって、請求項1に係る発明は当業者が引用文献1から容易に想到し得るものである。」として、拒絶査定を維持した。
【合議体の判断】
進歩性判断において、発明の構成を考察するだけでは不十分であり、発明、課題及び効果を一つの全体として考察すべきである。課題提起は場合によっては実質上の意味がある。課題の存在に関して先行技術から示唆が一切得られない場合、課題解決のために相違点に係る構成を先行技術に組み合わせて一つの完全な発明にする教示も得られない。そのため、新たな課題を解決するために相違点に係る構成を組み合わせてなる発明は非自明である。
本件の場合、アイスクリームが溶けやすく、早く食べなければならないことは知られているものの、この事実は一般に受け止められ、解決策としては、例えば、コールドチェーンを延ばしたり、できるだけ早く食べたりするなど、保存、輸送及び消費の形態が調整されている。アイスクリームの食用段階において冷却力を供給するという技術的思想は提案されなかった。一方、請求項1の構造はほとんど引用文献1に開示されているが、同文献では冷却力の発生及び供給はアイスクリームの製造及び保存の段階にとどまっている。そのため、アイスクリームの食用段階において冷却力を供給するという課題は、当業者であっても、このような先行技術からは容易に想到し得ないものである。
【例2】【3】
【事件の経緯】
本件実案の請求項1は
「クランク室通気管路システムが切断されているかを検出するための、導電性回路メカニズムに基づく管路切断検出システムであって、・・・、主管路及び少なくとも一つの接続端子に固定された切断検出回線を備え、・・・、前記切断検出回線の両端にそれぞれECUユニットの電源端子と接地端子が接続され、ECUユニットの電源端子に接続され、切断検出回線に発生する電源短絡及び接地短絡を診断するための抵抗ユニットが前記切断検出回線に設けられている、ことを特徴とする管路切断検出システム。」というものである。
無効審判の両当事者とも、「ECUユニットの電源端子に接続され、切断検出回線に発生する電源短絡及び接地短絡を診断するための抵抗ユニットが前記切断検出回線に設けられている」という構成を本件実案の請求項1と証拠1との主な相違点として認めた。
上記相違点について、権利者は、「課題の発見が本考案による貢献である。課題の解決手段に関して先行技術から示唆が得られることについては異論はない」とした。一方、請求人は「切断検出回線に短絡が発生する可能性があり、切断検出回線に短絡が発生すると、クランク室通気管路が切断されているかが判断できなくなることは当業者に知られている。証拠2、4~7には短絡の検出について示唆がある。」とした。
【合議体の判断】
従来技術を改良するための動機付けの発生は、課題の存在を認識できることを前提としている。従来技術における解決すべき課題の存在を認識できないと、当該課題の解決を目指して手段を探す考えは生じにくい。
本件の場合、クランク室通気管路の切断の検出は当業界の一般的な技術であるが、出願日より前に、当業者にはクランク室通気管路の切断検出回線に短絡が発生すると、通気管路の完全性の診断が影響されることについて認識があることを示す証拠はない。本件実案の明細書によれば、本件実案による従来技術に対する貢献は、クランク室通気管路の切断検出回線に短絡が発生すると、検出結果が不正確になるという課題の発見にある。当該課題を発見した本考案者は、切断検出の正確性を向上させるために、一般的な短絡検出技術を参考にした上で、ECUユニットの電源端子に接続された抵抗ユニットを切断検出回線に設けることを考案した。
クランク室通気管路の切断検出回線に短絡が発生すると、通気管路の完全性の診断が影響されることが当業者に知られているか、又はこれが当業界の一般的な課題であることを示す十分な証拠が提示されていない場合、短絡検出の手段を開示した他の証拠があっても、証拠1に当該検出手段を導入する動機付けは生じない。
3.コメント
実務において、「課題提起」を主な理由として進歩性を主張することは困難である。特に、発明が簡単で相違点に係る構成が公知技術である場合、相違点に係る構成により実質上解決される課題は容易に発見し得るものであると判断されやすい。
この場合、以下のように対応することが考えられる。
(i)当業界の一般的な課題が何であるかを判断した上で、「これら一般的な課題と本発明の解決しようとする課題とは異なる」旨を証拠の提示を伴って主張する。さらに、最も近い先行技術の発明や、従来技術における欠点の発生原因の発見しにくさ、産業発展水準による制約等の観点から、課題提起の難しさを説明する。例えば、以下の方針が考えられる。
(ア)最も近い先行技術の発明と本発明との違いにより、「本発明の課題は最も近い先行技術に存在しないものや発見しにくいものであり、当業者は最も近い先行技術に接しても、本発明の課題を出発点として最も近い先行技術を改良することに想到できないか、又は想到しにくい」旨を主張する。
(イ)「従来技術の欠点を容易に認識できたとしても、当業者は上記欠点を解消するために、原因A、B、Cを技術改良の方向とするのが一般的であるのに対して、本発明は原因A、B、Cとは異なる原因Dを技術改良の方向としたものである。また、本発明は従来技術よりも優れた効果を奏した」旨を証拠の提示を伴って主張する。
(ウ)技術が成熟した分野の場合、「当業界では、構造や方法はほぼ決まっており、機能も成熟しているため、更なる改良により効果、簡易性、コストなどの両立及び全般的な改善を図ることは困難になっている。そのため、技術の成熟に伴って製品や方法の欠点が少なくなり、改良の余地が狭くなったことを背景に、課題の発見及び解決は難しくなった」旨を主張する。
(ii)中国の審査基準には、「審査官はクレームにおける課題の解決に貢献する構成を技術常識として認定する場合、証拠を提示すべきである」という規定がある【4】。そのため、進歩性が主に「課題提起」にある発明において、証拠の提示なしに課題提起が容易であると判断された場合、審査官にその判断を裏付けるための証拠の提示を求めることが考えられる。
さらに、弁理士としては、出願書類の作成において、技術の説明書には「課題提起」の難しさに関する言及がなくても、課題の発見が難しいかを究明するために積極的に発明者と話し合い、出願書類に「課題提起」の難しさを詳しく記載すべきである。このようにすれば、以下のメリットがある。「課題提起の非自明性」が出願書類に明確に記載されているため、進歩性判断において考察すべきであるという主張の説得力は高くなる。これに対して、「課題提起の非自明性」が出願書類に明確に記載されていない場合、実体審査、無効審判や審決取消訴訟等において初めて上記理由を主張すると、この主張は出願人又は特許権者が権利化又は権利の維持を図るために無理矢理に作ったものであるとされて、クレームは進歩性を有しないと判断される可能性がある。
一方、出願書類には「課題提起の非自明性」に関する明確な記載がない場合でも、本発明及び引例への検討、資料調査、発明者との意見交換などにより、突破口の一つとして「課題提起」を主張できる可能性を模索することも考えられる。課題提起が非自明であることを証明できる十分な理由及び/又は証拠があれば、進歩性主張に使用できる。
参考文献:
【1】中国特許審査基準(2019版)第二部第四章の3.2.1.1
【2】第201110265469.4号発明特許出願に係る第89880号不服審判請求の審決
【3】第201721143411.1号登録実用新案に係る第46106号無効審判請求の審決
【4】中国特許審査基準(2019版)第二部第八章の4.10.2.2
(2021)