拒絶理由通知における「技術常識」の指摘への対応について
北京林達劉知識産権代理事務所
機械部 弁理士
王 春チョウ
中国では、特許出願の実体審査において、審査官が拒絶理由通知でクレームの若干の構成要件を「技術常識」と認定して進歩性を否定することは少なくない。このような認定は主に、構成要件に関する審査官の主観的な心証によるものであるため、応答時にピンポイントで反論して審査官を説得することは困難であり、無力感を覚える場合が多い。
このような場合の対策について、筆者はこれまで担当した案件の経験から、心得を述べたいと思う。
1. 改訂審査基準に基づいて、審査官に証拠を提示するよう求めることは有効である。
審査官は拒絶理由通知において、何らかの証拠も提示せずに、結論のみを記載するかまたは非常に簡単な説明のみをして「技術常識」の認定をすることがある。
筆者がこれまで担当した案件では、このような拒絶理由が数多く見られた。一方、特許出願の実体審査や不服審判における「技術常識」の判断基準と、登録後の例えば無効審判における「技術常識」の判断基準とは、大きな違いがあるように思われる。権利化段階では、通常、「技術常識」の認定は、審査官の判断だけで行われるため、証拠が一切なくてもそのまま成り立つことが可能である。一方、無効審判では、通常、「技術常識」の認定は、無効審判請求人が詳細な書証などに基づいて主張してから、特許権者の証拠調べを受けたりして、3名の審判官からなる合議体により最終的に判断されることになる。筆者の実務経験からすれば、無効審判では、非常に明白な「技術常識」を証明するためにも、十分な証拠を提出する必要があり、また、合議体は「技術常識」の認定を慎重に行う傾向にある。このため、「技術常識」に関して、特許出願の実体審査と登録後の無効審判、中国特許庁の審査部と審判部とでは、判断基準が異なっており、運用上の実質的な差異があった。
このような判断基準のバラツキを認識したためか、中国特許庁は2019年11月に審査基準を改訂し、特に、実体審査における「技術常識」の認定について、「審査官が拒絶理由通知において引用した当業界の技術常識は確実なものでなければならない。出願人が審査官の引用した技術常識について異論を述べた場合、審査官はそれに関する証拠を示して証明するか又は理由を説明しなければならない。拒絶理由通知において、審査官は、課題の解決に寄与する請求項中の構成要件を技術常識として認定する場合、通常、証拠を示して証明しなければならない。」と明確に規定した。
この規定のおかげで、審査官が証拠を提示せずに「技術常識」の認定をしてしまうという問題に対して、出願人としてはようやく、対抗できる「武器」があるようになった。例えば、「技術常識」と認定された構成要件について、まず、課題の解決に寄与するものであるかどうかを判断し、肯定の答えなら、この事実を審査官に説明した上で「技術常識」の認定に関する証拠を提示するよう審査官に求めることができる。筆者の経験によれば、証拠の提示を求めた場合、ほとんどの審査官は証拠を提示するか、または元の「技術常識」の認定を放棄する。
ただし、この規定は、上記のような場合には、審査官が「通常」、証拠を示して証明すべきであるという程度だけのものである。「通常」というような柔軟な用語があるため、審査官としては、証拠の提示が必須ではなく、例えば、構成要件が「技術常識」であることは明らかであり、証拠を提示する必要がないと判断した場合、証拠を提示せずに理由のみ説明することも問題はない。この場合、他の観点から審査官に反論することが考えられる。
2. 特許文献が「技術常識」の証拠として適格ではないと反論することができる。
構成要件が「技術常識」に該当することを証明するために、審査官は先行特許文献を証拠として引用する場合がある。しかし、このような特許文献は、「技術常識」の証拠として適格であるとはいえない。
中国の審査基準における「技術常識」に関する規定によれば、技術常識の証拠として使用できるものは、技術辞典、技術マニュアル、教科書などである。特許文献が技術常識の証拠として用いられるという規定はない。
また、特許文献を「技術常識」の証拠として使用した審査官は、実は「先行技術」と「技術常識」の概念を混同してしまったと思われる。裁判所の判例にも、技術常識の証拠としての特許文献の使用を否定した例がある。例えば、北京知的財産裁判所による(2016)京73行初2378号審決取消訴訟判决の第13頁には、「技術常識は、当業界の何らかの課題を解決するための慣用手段であるか、又は教科書やレファレンスブックに記載されている一般的な解決手段であるため、技術常識の範囲は先行技術の範囲より遥かに狭いものである。先行特許文献に開示されているものは、先行技術であるとはいえるが、…先行特許文献が技術常識に等しいとすると、特許又は実用新案の進歩性のハードルは、手が届かないほど高くなってしまう…」と記載されている。したがって、特許文献の開示内容は、「技術常識」を含む可能性はあるが、そのまま「技術常識」に該当するとは言えない。
筆者はこれまで担当した案件において、特許文献を「技術常識」の証拠として使用した審査官を上記のような理由により説得した結果、審査官が「技術常識」の認定を諦めたことがある。
3. 技術常識を組み合わせる動機付けがないと反論することができる。
仮に構成要件が「技術常識」であるとしても、「技術常識」を引用文献に組み合わせる動機づけについては、拒絶理由通知には説明がないか、または簡単な結論しかないことは少なくない。この観点からも反論することができる。
進歩性の判断において、引用文献と技術常識の組み合わせにより進歩性を否定する場合、このような組み合わせに関する示唆があるか否かを総合的に判断する必要があると思う。具体的には、以下のように判断すべきである。
(1)引用文献の発明の目的、発明の思想全体から、「技術常識」と組み合わせる技術的基礎があるか否かを判断する。
請求項と引用文献との相違点が「技術常識」であっても、引用文献にはこのような手段の採用を回避する意図があったり、このような手段を採用すると、引用文献の発明の目的が達成できなくなったりする場合がある。この場合、相違点が「技術常識」であっても、当業者が創意工夫をせずともこの「技術常識」を引用文献に組み合わせることに想到し得るとは言えない。
(2)「技術常識」に関する従来の認識から、この「技術常識」の適用には想到できないというような事情があるかを検討する。
従来の認識では、請求項と引用文献との相違点が「技術常識」として既知の欠点を有し、このような欠点の存在が所望の効果の達成を妨げる場合がある。この場合、当業者は創意工夫をしないと、この「技術常識」を引用文献に適用する合理的な動機付けはない。
(3)引用文献と「技術常識」との組み合わせは、本願発明の目的、本願発明における相違点に係る構成の効果を達成できるか否かを判断する。
本願発明の目的は、従来の技術に存在していた課題を解決するためである。目的を達成できるか否かは、発明全体における相違点に係る構成と他の構成との組み合わせによる効果により決められる。他の構成と組み合わせないと、単純な「技術常識」としては上記効果を達成できないのであれば、「技術常識」と引用文献との組み合わせにより同じ効果を奏し得るとは限らない。
(4)請求項と引用文献との複数の相違点が「技術常識」に該当する場合、それらの組み合わせの関連性を検討する必要がある。
発明の進歩性を判断する際に、各構成要件を抽出して各先行技術と個別に比較するのではなく、発明の各構成要件の組み合わせによる効果を全体的に考慮すべきである。複数の相違点が「技術常識」に該当する場合、各相違点を発明全体と切り離して各先行技術と比較してその効果をそれぞれ評価するのではなく、これら相違点の組み合わせも「技術常識」に該当するか否かを考慮し、このような組み合わせによって本願発明の効果を達成できるか否かを検討すべきである。
小括
本稿では、実体審査における「技術常識」の指摘への対応方法をいくつか紹介したが、実務ではケース・バイ・ケースで事情はそれぞれ異なり、法律の解釈や適用も時代の発展に伴って変わっていくため、同じ対応方針でもさまざまな変化があり得る。弁理士としては、実情に応じて、最適な対策を見出す能力が求められている。
(2021)