中国特許審査基準の改訂によるバイオ医薬分野での追試提出及び進歩性判断への 影響についての一考察
北京林達劉知識産権代理事務所
中国弁理士
劉 賀
2020年12月14日、中国特許庁は公式サイトにて「特許審査基準の改訂に関する中国特許庁の公告(第391号)」を発表した。同公告に係る中国特許審査基準の改訂は、2021年1月15日から施行されている。
今回の改訂は主として、下記7点の内容を含む。
(I)追試実験データの判断に関する改訂
(II)組成物クレームに関する改訂
(III)化合物の新規性に関する改訂
(IV)化合物の進歩性に関する改訂
(V)生物材料寄託機関に関する改訂
(VI)モノクローナル抗体のクレームの書き方に関する改訂
(VII)バイオ関連発明の進歩性に関する改訂
そのうち、(I)、(V)、(VI)及び(VII)の改訂は、バイオ医薬分野の特許に特に関係している。
バイオ医薬分野の明細書作成、審査及びOA応答は、一般分野との共通性を有しつつ、固有の特徴及び法則も有する。特に、バイオ分野の遺伝子工学、タンパク質工学、抗体やワクチンなどに関する発明の場合、明細書作成、審査及びOA応答においては、この分野ならではの留意点がある。以下、筆者の実務経験に基づいて、今回の中国特許審査基準の改訂におけるバイオ医薬分野の追試実験データ及び進歩性判断に関する規定を整理してみる。
1.追試の判断基準に関する改訂によるバイオ医薬分野への影響
改訂後の中国特許審査基準の第二部第十章3.5には、追試実験データの判断基準として、「出願日より後に出願人が特許法第22条第3項、第26条第3項などの要件を満足するために追加で提出した実験データについて、審査官は審査するものとする。」と明確に規定され、さらに、「医薬品特許出願の追試実験データ」の審査例が追加された。その審査例によると、当初の明細書には効果に関する実験データの記載がなく、実施可能要件違反と指摘した場合、出願人が提出した追試実験データにより証明される効果は、当業者が特許出願書類の記載から明確に把握できるものであれば、明細書は実施可能要件を満足すると判断できる。また、「当該追加実験データは進歩性の審査においても審査する」と強調されている。
上記改訂は、実施可能要件違反の拒絶理由を解消するための追試提出が有効であることを示していると思われる。一方、筆者の実務経験では、中国の審査官は実際の審査において、追試データにより証明される効果と、当初の明細書に記載の効果データとの関係を慎重に検討するのが一般的であり、出願人は追試データにより証明される効果が当初の明細書から把握できることを十分に証明できなければ、追試を提出しても実施可能要件違反に関する審査官の判断は容易に変わらない。
中国現在の特許審査実務において、判断基準及び審査方針の調整に従い、審査官の審査の重きは、発明の進歩性への考察に置かれている。発明の進歩性が疑われる場合、追試実験データを提出することは、出願人として採用できる有効な対策である。出願人が進歩性不備を解消するために提出する追試は通常、本発明と、最も近い先行技術(例えば、審査官が引いた引用文献)との効果データの比較を示すものであり、クレーム発明に対応するものである。追試実験データの形態は上記に限らないが、追試実験データの採用可否は原則、当初の明細書の記載に基づいて判断される。
今回の改訂は、一見して実施可能要件に関する運用を緩和するように見えるが、バイオ医薬分野では、ほとんどの特許出願は依然として十分な実験証拠による発明への裏付けが必要である。実際の出願に際して、出願人は、ノウハウと、実施可能要件を満足するための明細書の記載との関係を適切に整理すべきである。また、バイオ医薬分野の予測可能性が他の分野よりも低いことから、特許出願において十分な実験データを示すことにより発明の進歩性を証明することも重要であると思われる。
2.バイオ関連発明の進歩性判断に関する改訂
改訂後の中国特許審査基準第二部第十章9.4.2には、バイオ関連発明の進歩性に関する審査の原則が追記され、「遺伝子」、「組換えベクター」、「形質転換体」、「モノクローナル抗体」などに関する発明の進歩性の判断基準がより詳細に定められているとともに、「ペプチド又はタンパク質」に関する発明の特定の場合における進歩性判断基準が追記された。
上記改訂は、バイオ医薬分野における重要なカテゴリーの進歩性判断基準を明確化した。改訂審査基準では、「格別予想外の効果」の重みが弱くなり、「3ステップ法」で進歩性を判断するという大原則が強調されている。バイオ医薬分野の進歩性判断については、改訂審査基準では「発明と先行技術との構造の差異、遺伝的関係の近さ及び効果の予想可能性などを考慮する必要がある」と明示されている。
筆者の実務経験からすれば、今回のバイオ関連発明の進歩性判断に関する改訂は、実はすでに近年の実務運用に反映されている。今回の「モノクローナル抗体」に関する改訂を例に言えば、改訂前の中国特許審査基準第二部第十章9.4.2.1の(5)は、ハイブリドーマでモノクローナル抗体を特定することがメインであった昔の技術水準を背景に定められたものであったが、シーケンシング技術の進歩に伴い、多くの特許出願は配列構造の特徴によりモノクローナル抗体を特定するようになった。今回の改訂は、モノクローナル抗体の進歩性判断基準をより明確かつ適正に定めた。改訂後の規定は、より一層、審査の現状に適するものである。
生体高分子化合物であるモノクローナル抗体の場合、その構造自体の特徴は、想到容易性の評価において最優先して考慮されるべきである。発明に至ることが容易であるかについての判断は、当業者の立場から、先行技術の状况及び発明の効果を総合的に考慮して行うべきである。具体的な配列(例えば抗体の重鎖の可変領域におけるCDR配列3個及び軽鎖の可変領域におけるCDR配列3個)により特定されるモノクローナル抗体の場合、クレームに係る発明は明確な構造を有する抗体である。先行技術には、先行技術と同等の効果で明らかに異なる構造を有するその他の抗体に関する教示がなければ、当業者には先行技術の抗体の構造を最適化する動機づけはない。また、当業者は、モノクローナル抗体のスクリーニング方法にランダム性があることを知っている。先行技術の一般的なスクリーニング方法により得られるモノクローナル抗体の構造及びその生物学的機能は予見し難い。そのため、具体的な配列により特定されるモノクローナル抗体は、当業者が容易に想到できるものではない。この場合、クレームに係るモノクローナル抗体が有利な効果を奏し得ることさえ証明できれば、発明が格別の実質的特徴及び顕著な進歩を有して進歩性を有するといえるため、クレームに係るモノクローナル抗体が格別予想外の効果を有することは求められない。
2021年1月15日から施行された中国特許審査基準は、2020年2月1日から施行された中国特許審査基準をさらに改訂したものであり、追試実験データの判断基準を明確にするとともに、バイオ分野における各種発明の進歩性判断基準を詳細化した。今回の改訂は、出願人が出願前に発明の進歩性を一応判断する上で役立つものであり、出願人の進歩性主張にもインスパイアを与え、医薬品関連特許出願の審査及びバイオ医薬分野のイノベーション発展に深い影響を及ぼすと思われる。
以上
(2021)