人工知能アルゴリズムに関する発明の保護対象問題についての検討
北京林達劉知識産権代理事務所
中国弁理士
張 文慧
国家知識産権局が2019年12月31日に発表した最新改訂版の「特許審査指南」は、2020年2月1日より施行されている。改訂版の「特許審査指南」の第二部第九章には、中国特許法及び特許法実施細則の規定に基づき、人工知能、「インターネット+」、ビッグデータやブロックチェーンなど、アルゴリズム又はビジネスルール・方法を含む発明特許出願の特殊性に着目して特に定めをするための「アルゴリズム要件またはビジネスルール・方法要件を含む発明特許出願の審査に関する規定」という第6節が追加された。
実際には、今回の審査指南改訂案の意見募集段階、ひいてはそれ以前から、国家知識産権局は、人工知能分野のアルゴリズムに関する発明特許出願に対して、中国特許法及び特許法実施細則に基づき、今回の改訂審査指南の第二部第九章第6節の規定どおりの運用を取ってきた。筆者は、ここ2年間に取り扱った人工知能アルゴリズムに関する発明特許出願のいくつかの事例を通して、改訂審査指南における中国特許法第2条第2項に基づく審査に関する規定を検討するが、読者の皆様のお役に立てれば幸いである。
中国特許法第2条第2項における特許保護対象の審査について、改訂審査指南には、以下の規定がある。
「アルゴリズム要件またはビジネスルール・方法要件を含む請求項が技術的ソリューションに該当するかどうかを審査する際に、請求項に記載のすべての要件を全体的に考慮する必要がある。当該請求項には、解決しようとする技術的問題に対して自然法則を利用した技術的手段を採用し、かつこれにより自然法則に合う技術的効果を奏したことが記載されている場合、当該請求項に係るソリューションは、特許法第2条第2項に記載の技術的ソリューションに該当する。例えば、請求項において、アルゴリズムに関わる各ステップが、解決しようとする技術的問題と緊密に関連しており、例えばアルゴリズムで処理されるデータが、技術分野において確実な技術的意味を持つデータであり、アルゴリズムの実行が、自然法則を利用してある技術的問題を解決する過程を直接反映し、かつ技術的効果を奏した場合、通常、当該請求項に係るソリューションは、特許法第2条第2項に記載の技術的ソリューションに該当する。」
この規定は、アルゴリズム要件を含むクレームをどのように書けば、特許法第2条第2項に規定する「技術的ソリューション」の要件を満たすかをさらに説明して明確化するものである。出願人及び弁理士としては、この規定から、人工知能アルゴリズム分野のアルゴリズム要件を含む発明特許出願の作成に関するより詳しい方針を把握することができる。これまで、クレームに含まれるアルゴリズムステップ及びその適用分野については曖昧な認識があり、汎用のアルゴリズムでも権利化できる可能性があると思って出された特許出願も多かったが、このような僥倖を望む心理は上記規定により効果的に抑制されている。また、この規定によれば、人工知能アルゴリズムに関する発明特許出願の特許請求の範囲を作成する際に、アルゴリズムの各ステップが、解決しようとする課題と「緊密に関連している」ことを明確に示すべきである。
「緊密に関連している」とは、簡単に言えば、①当該アルゴリズムで処理されるデータが、抽象的なデータ概念ではなく、確実な技術的意味を持つデータでなければならないこと、②処理過程は、当該データに対して自然法則に合う処理を行ったことを反映しなければならないこと、③当該アルゴリズムで処理された出力データも、抽象的なデータ概念ではなく、確実な技術的意味を持つものでなければならないこと、④アルゴリズムの実行が一定の技術的問題を解決できかつ技術的効果を奏することを意味している。クレームにおけるアルゴリズムステップが、解決しようとする課題と「緊密に関連している」かどうかについてどのように判断すべきかについては、以下の3つの事例を通して検討してみよう。
事例1―「緊密に関連している」例
畳み込みニューラルネットワークCNN特徴の処理方法
【解決しようとする課題】 CNN特徴の処理による画像の認識及び検索精度の向上。
【対象クレーム】
複数の画像グループを畳み込みニューラルネットワークに入力して得られた特徴画像を処理する畳み込みニューラルネットワーク特徴(CNN特徴)の処理方法において、
前記複数の画像グループの各画像グループをそれぞれニューラルネットワークモデルにおける対応するサブニューラルネットワークに入力し、各画像グループの視覚特徴ベクトルを取得するステップと、
取得された視覚特徴ベクトルに基づいて原画像における各特徴画像の分布を算出するステップと、
原画像における各特徴画像の分布に基づいて、原画像の各要素に対応する特徴ベクトルを抽出するステップと、
前記原画像の注目領域に対して、当該注目領域内のすべての要素の特徴ベクトルを加算し、前記注目領域に対応する特徴ベクトルを取得し、画像特徴抽出モデルを取得するステップとを含むことを特徴とする畳み込みニューラルネットワーク特徴(CNN特徴)の処理方法。
【コメント】
この発明は、畳み込みニューラルネットワーク特徴の処理方法である。クレームにおいて、各ステップで処理されるデータがすべて、画像データ、または画像データから取得される特徴的な表現であることが明示されている。また、各ステップの実行は、どのように原画像データに基づいて原画像の注目領域の特徴ベクトルを徐々に取得するかを反映している(入力データ、中間処理データ及び出力データは上記下線部を参照)。この畳み込みニューラルネットワーク特徴の処理アルゴリズムは、画像情報処理と緊密に関連している。この発明は、画像の認識及び検索精度を向上させるという技術的問題を解決し、自然法則に合う技術的手段を採用し、技術的効果を奏する。このクレームの記載は、上記①②③④との4つの観点において「緊密に関連している」要件を満たしているため、この発明は、中国特許法第2条第2項に規定する技術的ソリューションに該当し、中国特許法の保護対象である。
事例2―「緊密に関連してい」ない例
人工ニューラルネットワークに基づく特徴選択方法
【解決しようとする課題】特徴選択の効率向上。
【対象クレーム】
人工ニューラルネットワークに基づく特徴選択方法において、
選択される特徴及び出力目標に基づいて入力層、中間層及び出力層を有する人工ニューラルネットワークを構築するステップと、
トレーニングセットを利用して前記人工ニューラルネットワークをトレーニングし、前記人工ニューラルネットワークの各層と上下層の接続関係を決定するステップであって、トレーニングするときに使用される最適化関数は、前記各層を選択する項目を含み、前記接続関係に応じて選択される特徴を間接的に取得するステップとを含むことを特徴とする人工ニューラルネットワークに基づく特徴選択方法。
【コメント】
この発明は、人工ニューラルネットワークに基づく特徴選択方法であるが、特徴選択は、多くの技術分野に適用できるデータ処理方法である。特徴選択自体は、数学アルゴリズムである。その処理されるデータは、任意のデータであってもよいからである。特徴選択を具体的な技術分野に適用する場合のみ、技術的問題を解決し、技術的効果を奏する具体的な技術的ソリューションとなる。この方法で処理される入力データは、「選択される特徴」であり、抽象的な概念であるため、当該概念は、具体的な技術分野と結び付かないと、確実な技術的意味を持つものではない。当該「選択される特徴」に対する当該アルゴリズムの処理過程は実際には、汎用アルゴリズムを説明するものであるが、確実な技術的意味を持つデータに対して自然法則に合う処理を行っていない。そして、明細書にいう「特徴選択の効率を向上させる」ことは、本願に記載のアルゴリズム自体が従来の特徴選択アルゴリズムを改良したことによる効果であり、技術的効果ではない。このクレームの記載が上記①②③④という4つの「緊密に関連している」要件を満たしていないことは明らかである。したがって、当該発明特許出願のソリューションは中国特許法第2条第2項に規定する技術的ソリューションに該当しないため、中国特許法の保護対象外である。
事例3―それほど緊密に関連していない例
構成要素欠落データの時空間データ列を復元する処理方法
【解決しようとする課題】時空間序列データの欠落データの復元精度の向上。
【対象クレーム】
空間次元及び時間次元のデータ列において欠落している構成要素データに対して補完処理を行って完全な時空間データ列を取得するための構成要素データの欠落データを復元する処理方法において、
求められる点の複数の空間周辺点に基づいて、前記求められる点の空間次元データを算出するステップと、
求められる点の複数の時間周辺点に基づいて、前記求められる点の時間次元データを算出するステップと、
前記空間次元データ及び前記時間次元データに基づいて、前記求められる点の構成要素データを算出するステップとを含むことを特徴とする構成要素データの欠落データを復元する処理方法。
【コメント】
この発明は、構成要素欠落データの時空間データ列を復元する処理方法である。明細書の記載によれば、解決する問題は、欠落時空間データのパディングであり、この問題は、特定の分野の技術的問題ではない。その採用する手段は、求められる点の空間次元データ及び時間次元データに基づいて欠落している求められる点のデータを推定するという手段であり、具体的な技術分野に関係するものではなく、自然法則に合う技術的手段ではない。また、その奏する効果も、欠落しているデータ値を取得することに過ぎず、技術的効果ではない。
出願人は、処理される欠落データを「構成要素データの欠落データ」に限定することにより、その適用する技術分野を明確にしようとしたが、発明全体からすれば、アルゴリズムのステップで処理されるデータが構成要素分析分野における確実な技術的意味を有しないという事実は変わっていない。実際には、当該アルゴリズムで処理されるデータは、その分野における構成要素データの特徴を利用したものではなく、構成要素データの欠落データの求められる点の空間次元データ及び時間次元データを利用したものであり、これは、他の分野のデータにも共通するデータ特徴であるため、当該アルゴリズムで処理されるデータは、確実な技術的意味を持っておらず、当該アルゴリズムは実質上、汎用アルゴリズムに該当する。そして、明細書に記載の「時空間序列データの欠落データの復元精度を向上させる」という効果は、本願に記載のアルゴリズム自体が従来の欠落時空間データのパディングのアルゴリズムを改良したことによる効果であるが、技術的効果ではない。
仮に、アルゴリズムのステップで処理されるデータを「構成要素データの欠落データ」に限定し、出力データを「求められる点の構成要素データ」に限定したことが、上記①及び③の「緊密に関連している」要件を満たしたとしても、当該アルゴリズムの処理過程は、構成要素データ自体の技術的意味に関連する中間データに触れておらず、構成要素データに対して自然法則に合う処理を行ったことも反映していない。これは少なくとも、上記②の「緊密に関連している」要件を満たしていないため、この発明は、解決しようとする課題とそれほど緊密に関連していない。
よって、この発明は、中国特許法第2条第2項に規定する技術的ソリューションに該当しないため、特許の保護対象外である。
上記3つの事例から明らかなように、アルゴリズム要件を含む発明が中国特許法第2条第2項に規定する技術的ソリューションに該当するかどうかを判断するにあたって、直感的な判断手法としては、技術的ソリューションにおけるアルゴリズムのステップが特定の技術分野に緊密に関連するかを考察する。すなわち、アルゴリズムで処理されるデータが具体的な分野における確実な技術的意味を持つデータであるか、アルゴリズムの実行が、自然法則を利用して一定の技術的問題を解決する過程を直接反映しているか、そして技術的効果を奏するかを検討する。具体的な分野との関連性が不明な場合、このアルゴリズム発明が中国特許法第2条第2項に規定する技術的ソリューションに該当せず、中国特許法の保護対象外であると判断される可能性は高い。
(2020)