一つの判例に基づく優先権と新規性の判断基準の相違点についての一考察
北京林達劉知識産権代理事務所
化学部 中国弁理士
于 萌(Meng YU)
特許実務において、新規性を有する否かを判断するのは常に必要で、優先権を享有できるかどうかを判断する必要のある案件は少ない。本稿では、北京市高級人民法院(2019)京行終2543号の行政判決書から優先権の判断基準を検討してみる。
Ⅰ.判例概要
先願特許及び係争特許それぞれの記載の要約は下記のとおりである。
先願の特許請求の範囲と明細書の記載 |
係争特許の請求項の記載 |
硫酸ナトリウム(または明礬石、ミョウバン、硫酸アルミニウムなどの反応により生成される硫酸ナトリウム)を沈静剤とし、カリウムを含むアルミン酸ナトリウム溶液から酸化カリウムを分離する。硫酸ナトリウムを入れる前または明礬石を入れた後に、アルミン酸ナトリウム溶液の温度を20℃~70℃に下げる必要がある。 |
2.カリウムを含むアルミン酸ナトリウム溶液から酸化カリウムを分離する方法であって、カリウムを含むアルミン酸ナトリウム溶液から酸化カリウムを析出する過程の温度を20℃~70℃まで冷却することを特徴とする請求項1に記載の方法。 |
硫酸ナトリウムを入れた後、カリウムを含むアルミニン酸ナトリウム溶液の濃度がNa2Ok180g/L~280g/Lとなる。 |
3.カリウムを含むアルミン酸ナトリウム溶液から酸化カリウムを分離する方法であって、カリウムを含むアルミン酸ナトリウム溶液から酸化カリウムを析出する過程においてNa2Okの濃度を170g/L~280g/Lに制御することを特徴とする請求項1に記載の方法。 |
溶液から酸化カリウムを析出する過程において、120~210分間で撹拌し反応させる必要がある。 |
4.カリウムを含むアルミン酸ナトリウム溶液から酸化カリウムを分離する方法であって、カリウムを含むアルミン酸ナトリウム溶液から酸化カリウムを析出する過程において120~210分間で撹拌し反応させる必要があることを特徴とする請求項1に記載の方法。 |
上訴人の主な観点:拒絶査定不服審判審決には、請求項2~4が先願の優先権を享有できないと判断したものの、先願を用いて請求項2~4の新規性を評価したことは矛盾している。
北京市高級人民法院の判決:新規性と優先権の判断基準には矛盾がないため、上訴を棄却し、原審判決を維持する。
Ⅱ.本件判例に関する法律規定について
1.特許法及び審査指南における優先権の判断基準に関する規定
特許法第29条第2項には、先願と後願とが「同一の主題」について特許出願するときは、優先権を享有することができると規定されている。
審査指南第二部第八章第4.6.2節には、同一の主題に属するか否かについての判断基準が明確に規定されている。つまり、後願の各請求項に記載の発明が、上述の先願の出願書類(要約を除く明細書及び特許請求の範囲)に明確な記載があるか否かである。また、審査指南の関連規定から、いわゆる明確な記載とは、その記載が完全に一致しているのみならず、「当業者が先願から後願に記載の発明を直接的且つ一義的に確定できる」という状況も含むと解読できる。
2.特許法及び審査指南における新規性の判断基準に関する規定
特許法第22条第2項に規定される新規性を有する条件の一つとしては、「いかなる単位又は個人により出願日以前に国務院特許行政部門に出願されて、且つ出願日以降に公開された特許出願書類又は公告された特許書類に同一の発明又は考案が記載されているものがない」ということである。
審査指南第二部第三章第3.1節には、同一の発明又は考案とは、「技術分野、解決された課題及び発明が予期される効果と実質的に同じである」と明確に規定されている。
Ⅲ 係争特許についての分析
上訴人の判断根拠(ロジック):拒絶裁定不服審判審決には、係争特許が先願の優先権を享有していないと認定されたので、係争特許の発明が先願発明とが同一ではないと証明できる。当該同一でない発明に基づき、係争特許が新規性を有しないと認定し、すなわち、先願発明が係争特許の発明とは実質的に同じであると認定したことは前後に矛盾している。
明らかのように、上訴人は、優先権の判断基準における「技術分野、解決しようとする課題、、採用された技術方案及び予期できる技術効果が同一である」と、新規性の判断基準における「技術分野、解決しようとする課題、採用された技術方案と予期できる効果が実質上同一である」とを混同してしまった。
審査指南第二部第三章には、新規性の審査基準に関する具体的な(下位)概念と一般的な(上位)概念、慣用手段の直接の置き換え及び数値範囲などが明確に列挙されているので、実務において明確な判断基準があるとは言える。しかしながら、優先権の有無についての審査基準は、審査指南に参照できる具体的な事例が示されていない。
ただし、前述の判決書から、下記のような優先権の有無に関する具体的な判断基準を明確にすることができる。
係争特許の請求項2に温度を下げる前の工程(上記表1の波線部分)が記載されていないのは、温度を下げる前の工程について何の限定もないものに該当する。よって、後願には先願から直接的且つ一義的に確定できない内容が含まれ、先願と後願の発明はそれぞれ同一ではないと見なされ、係争特許の請求項2は優先権を享有できない。
同じように、係争特許の請求項3及び請求項4と先願との相違はいずれも、先願が狭い数値範囲を開示したのに対し、係争出願の請求項3及び請求項4はより広い数値範囲を開示したことにある。そのため、係争特許の請求項3及び請求項4も優先権を享有できない。
上記の判断基準は、優先権の有無に関する具体的な判断における上位・下位概念、慣用手段の直接の置き換えなどの判断までに広げることができる。つまり、実務には、「すべての発明が先願から直接的且つ一義的に確定できるかどうか」という判断方法がより便利であり、優先権の判断基準は新規性の判断基準よりも厳しいものであると考えられる。
Ⅳ.出願人へのアドバイス
1.後願が先願に基づく優先権の主張を希望する場合、先願発明を後願に「そのまま記載」をしなければならない。「そのまま記載」とは、①先願で開示された技術用語のみを利用すること;②上位的な概括もなければ、先願に大まかに記載された構成要件に関する詳細な記載もないこと;③数値範囲は、先願で開示されたものと同一であること;④後願に記載の発明は、先願に記載の内容をつづり合わせるものではないこと;…
2.先願の出願書類を作成する際に、できるだけ複数の具体的な実施例を挙げたほうがよい。一方、これらの具体的な実施例に基づき合理的な保護範囲を概括すること(例えば上位概念を利用して概括するなど)により、出願人の貢献に対する最大限度での保護が図られる。この点は最高人民法院による行政裁定書(2015)知行字第82号の判例から読み取れる。この判例では、先願に「光透過性材料」を特徴とする記載があるが、後願に記載された相応する特徴は「加工対象物」である。結果として最高人民法院は「加工対象物」が「光透過性材料」の上位概念であると認定し、後願の加工対象は先願の加工対象とは同一ではなく、後願が先願に基づく優先権を享有できないと判断した。
3.出願人が先願に基づき後願の保護範囲の拡大を希望する場合、①まず、先願発明を完全に独立して後願に記載すること。②次に新たに追加した発明を並列発明として後願に記載することという2つの書き方が考えられる。
(2020)