【要約】本稿では、中国抵触出願制度と欧州、日本、米国特許法における同様の制度とを比較研究した上で、中国抵触出願制度と各国の抵触出願関連制度との差異を示し、外国出願人が中国への出願を検討する際に自己衝突を防ぐために取るべき対策を提案する。
キーワード:抵触出願;欧州;日本;米国
まえがき
立法の趣旨からすれば、世界各国の特許法は目的が共通している。一方、それぞれの実情によって、各国の特許法には細かい違いがある。場合によって、これら細かい違いは、同一の出願が権利化できるかを決定してしまう。新規性は、特許出願の権利化に影響を与える重要な判断基準の一つである。中国の特許実務において、抵触出願制度は、新規性を判断する際に考慮される重要な制度である。以下には、中国の抵触出願制度と欧州、日本、米国の特許法における同じような制度との比較研究を行うことにより、中国の抵触出願制度と各国の抵触出願関連制度との異同を検討する。
1. 中国の抵触出願制度と他の国・地域の抵触出願関連制度
1.1 中国の抵触出願制度
中国特許法及び審査基準の規定によれば、抵触出願とは、下記(i)~(iii)を条件に、先行の出願(以下、「先願」という。)の公開公報又は登録公報に記載された発明・考案と同一の発明・考案に係る後行の出願(以下、「後願」という。)を排除する制度である。
(i)発明者、出願人を問わず、先願が中国出願であること。
(ii)出願の出願日が後願の出願日より前であること。
(iii)先願が後願の出願日以後に公開・公告されたこと。
なお、先願がPCT出願の場合、中国への国内移行を条件とする。
1.2 欧州の抵触出願関連制度
欧州特許条約(EPC)における抵触出願についての規定は、中国の規定とほぼ同じである。
欧州特許条約第 54条第3項は、欧州特許条約における「抵触出願」についての記載であると考えられる。欧州の抵触出願制度は、欧州特許条約第54条第3項によれば抵触出願が先行技術に含まれているのに対して、中国特許法第22条第5項に規定する先行技術には抵触出願が含まれていない点で中国と異なる。このような違いはあるものの、欧州特許条約第56条には、進歩性の有無を判断する際に抵触出願が考慮されないとの明確な規定があり、中国特許法第22条第3項にも、進歩性の有無は抵触出願を考慮せず、先行技術と比較して判断するとの規定があるため、両者は実質的には同じである。
なお、欧州特許条約第153条第2項及び第4項によれば、PCT出願は欧州への国内移行を前提に欧州の抵触出願となり得る。
1.3 日本の拡大先願制度
日本特許法には、中国抵触出願制度と近似する制度があり、日本審査基準では「拡大先願」と呼ばれているが、日本の拡大先願制度と中国の抵触出願制度には若干の違いがある。
中国の抵触出願制度の条件(i)について、日本の拡大先願制度では、先願と後願の発明者が同一でないことおよび後願の時点で両出願の出願人が同一でないことを条件とする。
中国の抵触出願制度之条件(ii)及び(iii)について、日本の拡大先願制度では、先願が後願の出願の日前に出願され、後願の出願後に公開・公告されたことを条件とする。
ただし、中国の抵触出願制度では、「後願の出願日より前に中国特許庁に出願され、後願の出願日以後(出願日を含む)に公開・公告された」という条件は「出願日」を基準に判断する(中国特許法、特許法実施細則及び審査基準における他の判断基準と一致する)のに対して、日本特許法では、拡大先願の「後願の出願後に公開・公告された」という条件は、「出願時」を基準に判断する。日本の審査基準にはこの点に関する明確な記載がある。したがって、中国特許法とは違い、日本の拡大先願の判断では、条件(iii)については原則として「出願日」ではなく、「出願時」が基準となる。
なお、PCT出願は日本への国内移行を前提に日本の拡大先願となり得る。
1.4 米国の抵触出願関連制度
米国特許法改正法 (Leahy-Smith America Invents Act。以下、「AIA」という。)では、明確な抵触出願制度は現実に存在せず、米国では「抵触出願」という概念もない。AIAにおいて、中国の「抵触出願」と類比できる制度は、AIAの102条(a)(2)に記載がある。
102条(a)(2)の規定は、中国の「抵触出願」に近似するものを含む。102条(a)のタイトルが「新規性;先行技術」となっていることから、AIAでは102条(a)(2)に該当する抵触出願が先行技術(prior art)に含まれていると考えられる。
このように、AIAにおける先行技術の概念は大体、中国特許法の先行技術と抵触出願(自己衝突は除外)との合わせ(例外有り)に相当し、新規性判断に使用できる。
また、AIAの103条は進歩性に関する規定であるが、進歩性についても先行技術という概念のみ言及されている。そのため、AIAの先行技術は進歩性判断にも使用できる。つまり、米国では、新規性か進歩性かを問わず、先行技術を基準に判断すると考えられる。
以上より、AIAでは、中国の「抵触出願」に相当する先願は、新規性判断の基準のみならず、進歩性の判断にも使用できる。一方、米国では、先願と後願の間で、発明者が完全に一致すれば、先願は先行技術とならない。
また、AIA102条(a)(2)では、米国特許公報、米国公開公報、米国を指定国に含む国際公開公報が先行技術となる。外国特許文献は、102条(a)(2)の先行技術にならない。
なお、米国を指定国に含む国際公開公報は、公開の言語や米国への国内移行の有無を問わず、先行技術となり得る。したがって、中国とは違い、米国への国内移行がされていないPCT出願も、米国の「抵触出願」(先行技術)となり得る。
1.5 各国の抵触出願関連制度の比較
表1は、中国、欧州、日本、米国の制度間の比較を示す。
上記比較から、日本及び米国に比べて、中国及び欧州の抵触出願制度では、先願の出願人が「何人」であってもよく、つまり自己衝突が発生することが分かる。したがって、日本、米国の出願人は、中国、欧州に特許出願する際、自分自身の先願が後願に対して抵触出願とならないように留意すべきである。
2.2008年の法改正で抵触出願に関する条文が改正された原因
中国の抵触出願制度において先願の出願人が「他人」から「何人」に変更されたのは、2008年の中国特許法第3回改正時である。このような改正は、ダブルパテントをより厳しく禁止し、ダブルパテント属否をより容易に判断するためである。
具体的には、法改正前では、同一出願人による複数の出願の場合、ダブルパテントを防ぐために、先願のクレームと後願のクレームを比較する運用であったが、法改正後では、先願の出願書類全体と後願のクレームを比較する必要がある(つまり新規性の基準で判断する)。
中国特許庁が出版した「中国特許法第3回改正の解読」によれば、上記2つの判断手法は主に、①判断の難易度からすれば、新規性の基準は世界各国の特許法に定められている基準なので、より容易に運用できる点、②ダブルパテント防止の効果からすれば、新規性の基準がより厳しいので、ダブルパテントをより確実に防止できる点で相違している。
3. 上述の比較から認識すべきこと
3.1 中国での自己衝突問題の防止策
自己衝突が存在しない日本、米国等の出願人は、中国に特許出願する際に、中国では自己衝突が発生し得ることをなるべく早く認識すべきである。自己衝突を防ぐために、関連性を持つ出願(優先権を主張する場合は優先権出願をいう。以下、一括して「最初の出願」という。)をできるだけ同日に行うべきである。
しかし、日本や米国等の出願人にとって、最初の出願時に、関連性を持つ出願を同日に行うことは確かに困難である場合も多い。このような場合には、出願人としては、中国において自己衝突が発生する可能性について特に留意すべきである。例を挙げて説明する。
【例】発明Aに係る出願Xと、発明Bに係る出願Yは、同一出願人により異なった日に出願された2件の出願である(米国又は日本の出願人が米国特許商標庁又は日本特許庁に出願したものであり、いずれも最初の出願である)。内容からすれば、出願Xは出願Yに対して抵触出願の要件を満足する。仮に、出願Xの公開日が出願Yの出願日から1年後であるとする。
図1 各出願の出願状況
中国において自己衝突が発生することを防ぐために、米国又は日本の出願人は時期段階に応じて異なる対策を取ることができる(非PCT出願を例に説明する)。
①出願Xは願書提出済で、出願Yは願書未提出である段階
対策 出願Xを自発的に取下げ、そして出願Yを行う予定の日に、発明Aを含む新たな出願X’を出願Yと同日に行うか、または発明AとBの両方を含む新たな出願Zを行う。中国に出願する際に、パリルートにより、出願X’、Yの優先権をそれぞれ主張する中国出願C1、C2を行うか、または出願Zの優先権を主張する中国出願C3を行う。
利点 上記の対策を取ることにより、中国出願C1及びC2又は出願C3に含まれる発明Aと発明Bは、優先日が同日になるため、自己衝突の問題を完全に解決できる。
欠点 発明Aの出願日は遅くなる。
②出願Yは願書提出済で、時点P(出願Xの優先権期間の満了日)はまだ過ぎていない(時点Pの日を含む)段階
対策 パリルートにより、出願X及びYの両方の優先権を主張する中国出願C4を行うことによって、発明A、Bの両方を同一の中国出願C4に含む。
利点 出願Xの出願日は変わらず、自己衝突の問題は大体解決できる。
欠点 以下の特定の場合には自己衝突の問題が存在する可能性がある。
発明AとBが密接に関連する場合、通常、単一性の問題はないので、このような発明A及びBを同一の中国出願C4に記載すれば、自己衝突の問題は存在しない。ただし、審査官が先行文献を調査して、発明AとBを関連付ける技術的特徴が先行文献に開示されていることを発見した場合、単一性違反を指摘する可能性がある。この場合、単一性違反を解消するために、例えば優先権Yに基づく発明Bを子出願として分割出願すると、優先権Xに基づく発明Aの親出願はこの子出願に対して抵触出願となる可能性がある。
③時点P(出願Xの優先権期間満了日)より後(時点Pの日を含まず)、時点Q(出願Yの優先権期間満了日)以前である(時点Qの日を含む)段階
対策 パリルートにより、発明AとBの両方を含む中国出願C5を行う。出願C5は出願Yの優先権を主張する。
この場合、発明Aは優先権を享受できず、発明Bは優先権を享受できるため、上記②の対策と似たような問題が残る。
④時点Q(出願Yの優先権期間満了日)より後(この日を含まず)、出願Xの公開日より前である段階
対策 パリルートにより、発明AとBの両方を含む中国出願C6を行う。出願C6はいずれの優先権も主張しない。
利点 自己衝突の問題を完全に解決できる。
欠点 発明A、Bはいずれも中国での出願日が遅くなる。
3.2 中国審査官に自己衝突と指摘された場合の対策
上記例では、出願人が防止策を全く講じずに、パリルートを通じて、出願Xの優先権を主張する中国出願CXと、出願Yの優先権を主張する中国出願CYを行った場合、自己衝突に関する中国審査官の拒絶理由を受けた際に、下記の方法で対応することができる。
対応方法Ⅰ 出願CXに対して新規性を有するように出願CYの請求項を補正する。
備考 対応方法Ⅰは、出願Xに発明Bに関する記載が少ない場合には有効である。出願Xに発明Bが詳しく記載されている場合には、出願CYの請求項を補正することによって新規性欠如を解消することができない(対応方法Ⅰは有効ではない)可能性がある。
対応方法Ⅱ 上述の対応方法Ⅰが適用できない場合、すなわち、出願Xに発明Bが詳しく記載されている場合、出願CXに基づいて分割出願できる時期、または出願CXの自発補正が可能な時期であれば、出願CXに基づいて発明Bの分割出願DXを行うか、または出願CXの自発補正を行うことにより発明Bの権利化を図る。
備考 分割出願にせよ、自発補正にせよ、審査官は新規事項追加を厳しく審査するので、この対応方法Ⅱの効果はあまり良くない可能性がある。
したがって、実務において上述した対応方法ⅠとⅡのいずれでも解決できない場合があり得る。例えば出願Xに発明Bに関する下位概念が記載されており、出願Yでは発明Bに関する上位概念を権利化したい場合がある。このような場合には、方法Ⅰで出願CYの請求項を補正して新規性問題を解消することもできず、方法Ⅱで出願CXまたはその分割出願DXにより発明Bに関する上位概念の権利化を図ることもできない(新規事項追加の問題がある)。その結果、出願人として発明Bを放棄するか、あるいは方法Ⅱにより発明Bに関する下位概念の権利化を図るしかない。
このような場合は出願人には非常に不利になるので、上述した防止策を講じることにより自己衝突の発生を避けたほうが良いと思われる。