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中国最高裁判所の裁定からみる無効審判段階の補正方式について


北京林達劉知識産権代理事務所
機械部二部副部長 中国弁理士
沈 顕華

中国『特許審査基準』の第4部第3章の4.6.1には無効審判段階の補正について、「特許書類の補正は特許請求の範囲のみに限られ、その規定は以下のとおりである。(1)原請求項の主題名称を変更してはならない。(2)特許付与された請求項に比較して、原特許の保護範囲を拡大してはならない。(3)原明細書と特許請求の範囲に記載された範囲を超えてはならない。(4)通常、特許付与された特許請求の範囲に含まれていない技術的特徴を追加してはならない。上記の補正の規定を満足させる前提で、特許請求の範囲を補正する具体的方式は、通常、請求項の削除、合併及び発明の選択肢の削除に限る」と規定されている。特許審判委員会は、下記に紹介する判例が出るまでの無効審判の実務において、請求項の補正について「請求項の削除、合併及び発明の選択肢の削除」という3つの方式に限っており、他の方式により請求項を補正することは認めていなかった。しかし、最近の最高裁判所の最高裁判所〔2011〕知行字第17号行政裁定書1では、これまでの厳しい補正要件に突破口を与えてくれた。同裁定に係る事案経過は、以下のとおりである。

登録段階

「アムロジピンとイルベサルタンの複合薬物」を名称とする第03150996.7号特許(以下、「本件特許」という)は、中国国家知識産権局により2006年8月23日に授権公告された。出願日は2003年9月19日で、特許権者は上海家化医薬科技有限公司(以下「家化社」という)であった。

本件特許の登録クレームは以下のとおりである。

【請求項1】活性成分として、重量比が1∶10~30のアムロジピン又はアムロジピンの生理上許容しうる塩とイルベサルタンとからなる医薬組成物であることを特徴とする複合薬物。

【請求項2】前記医薬組成物は各種の医学的に許容しうる経口剤であることを特徴とする請求項1に記載の複合薬物。

【請求項3】軽度又は中度の高血圧の治療薬を製造するための請求項1に記載の複合薬物の使用。

【請求項4】前記薬物は、心血管リモデリングを伴う高血圧患者、腎性高血圧患者、或いは高血圧に腎機能障害又は糖尿病性腎機能障害が伴う患者の治療に適することを特徴とする請求項3に記載の使用。

無効段階

本件特許は、2009年6月19日に特許審判委員会に無効審判請求が提起された。

特許権者は、口頭審理において補正後の特許請求の範囲を提出し、登録請求項1における比率「11030」を「130」に補正した

2009年12月14日付の14275号無効審決において、特許審判委員会は、「補正後の発明特定事項が、当初の特許請求の範囲及び明細書に記載された事項の範囲を超えており、当初の特許請求の範囲及び明細書から直接的かつ一義的に導き出すことができない」と認定した。そして、具体的な理由として、「登録請求項1における『1∶10~30』を『1∶30』に補正し、・・・当該補正は、連続的な比率の範囲から特定の比率を保護の対象として選択したことになり、当初の特許請求の範囲及び明細書のいずれにおいてもこの比率の関係が明記されておらず、当初の比率の範囲からこのような選択をすることも導き出されていない。本件特許の明細書には、アムロジピン1mg/kgとイルベサルタン30mg/kgの組合せが記載されているが、これは薬物の具体的な分量の組合せを示しているだけで、比率の関係までは導き出せない。また、本件特許の明細書の第10頁には、薬物の具体的な分量について、『本発明に用いられるアムロジピンとイルベサルタンの複合薬物の分量の範囲は、アムロジピン∶イルベサルタン=2~10mg∶50~300mgである』と明記されている。したがって、1∶30という比率を満たす任意の組合せについても、この組合せと同様の効果を奏することを特定できない」と示した。

また、特許審判委員会は、「この比率の関係を反映する構成要件に対する補正は、無効審判段階において許されるものではない」とも指摘した。

特許審判委員会は、上記2点を鑑みて、「この補正を認めることはできず、本件無効審判請求の審決の審理対象は、本件特許の登録公報(比率が「1∶10~30」である原請求項1)とする」と認定した。

さらに、特許審判委員会の上記審決の根拠として、「中国『特許審査基準』の第4部第3章4.6に規定されている、『無効審判手続において、特許請求の範囲の補正は当初の特許請求の範囲及び明細書に記載された事項の範囲を超えてはならず、かつ特許請求の範囲を補正する具体的方式は、通常、請求項の削除、合併及び発明の選択肢の削除に限る』」という規定がある。

一審段階

特許権者(原告)は、特許審判委員会(被告)の無効審決を不服として、北京市第一中等裁判所に審決取消訴訟を提起した。

北京市第一中等裁判所は2010年6月18日、無効審決を維持する (2010)一中知行初字第1364号判決を下した。同判決は、「本件特許の明細書にはアムロジピン1mg/kgとイルベサルタン30mg/kgの組合せが記載されており、この組み合せは1:30の比率関係を満たしているが、薬物の具体的な分量の組合せを示しているだけで、比率の関係まで導き出すことはできず、1∶30という比率を満たす任意の組合せについても、この組合せと同様の効果を奏することを特定できない。したがって、原告は原請求項1の比率の範囲『1∶10~50』を『1∶30』という1つの値に補正し、かつこの値は当初の特許請求の範囲に記載されていないため、この比率の関係を反映する構成要件に対する補正は、当初の特許請求の範囲及び明細書に記載された事項の範囲を超えており、当初の特許請求の範囲及び明細書から直接的かつ一義的に導き出すことができない」と認定しているが、無効審決における「この比率の関係を反映する構成要件に対する補正は、無効審判段階において許されるものではない」ということについては、評価していない。

二審段階

原告は、北京市第一中等裁判所(2010)一中知行初字第1364号行政判決を不服として、上告人として北京市高等裁判所に上訴を提起した。

北京市高等裁判所は2010年12月20日、(2010)高行終字第1022号判决を下し、無効審決及び一審判決における「請求項1の補正は許されない」という認定を否定し、具体的に次のように認定した。

「家化社は、無効審判手続の口頭審理において、請求項の補正書を提出し、本件特許の請求項1における『1:10~30』を『1:30』に補正した。この補正は、本件特許の権利範囲を拡大しても、当初の特許請求の範囲に記載された事項の範囲を超えてもおらず、本件特許の登録されたクレームに含まれていない構成要件を追加してもいない。特許審判委員会及び一審裁判所は、当初の明細書には、『1∶30』という比率の関係を満たすアムロジピンとイルベサルタンの組合せがすべて同様の技術効果を奏することが記載されていないと認定したが、補正後の請求項が明細書により裏付けられているかどうかということは、家化社による本件特許の請求項に対する補正が当初の権利範囲を超えているかどうかという問題ではなく、特許法第26条第4項に規定する要件を満たしているかどうかという問題なのである。したがって、家化社による本件特許の請求項に対する補正が許されないという特許審判委員会の第14275号審決及び一審判決における認定には、根拠がないので、本裁判所としてそれを是正する。特許審判委員会は、家化社が口頭審理において提出した本件特許の補正書に基づいて、無効審判請求人である李平が提出した関連無効理由について審理すべきである」と認定した。

最高裁判所の裁定段階

特許審判委員会は、二審審決を不服として、最高裁判所に再審請求をした。

最高裁判所は2011年10月8日、最高裁判所〔2011〕知行字第17号行政裁定を下し、特許審判委員会の再審請求を却下した。裁定書において、「明細書には、アムロジピン1mgとイルベサルタン30mgの組合せが明記されており、かつアムロジピン1mg/kgとイルベサルタン30mg/kgを分量の最適な比率とし、錠剤調合の実施例においても、1:30という比率の関係を満たす組合せについても記載されている。当業者にとって、1mg/kgと30mg/kgは、単なる固定の分量の組合せを表すのではなく、二成分の比率の関係を表している。したがって、1:30の比率の関係は明細書に記載されていると認められるべきである。1:30の比率は特許権者が当初の明細書にて明確に薦めている最適な分量比であり、請求項を1:30に補正することは、当初の明細書及び特許請求の範囲に記載された事項の範囲を超えておらず、当初の権利範囲を拡大することもなく、関連法の規定により制限された補正方式でもない。特許審判委員会の見解のように、補正方式の要求を満たしていないから認められないと判断すれば、本件において補正への制限は特許権者の請求項作成における不適当な点に対する処罰となり、合理的ではない。なおかつ、「特許審査基準」には、関連する補正原則を満足するのを前提として、補正方式は通常、上記3種類に限ると規定されているが、その他の補正方式を完全に除外するわけではない。よって、二審判決において、補正が『特許審査基準』の規定を満たしていると認定することは、妥当であり、特許審判委員会の『特許審査基準』の無効段階の補正要件に対する解釈は厳しすぎて、その申立理由は支持できない」と認定した。

これまでの経過からすれば、

①「1:30」への補正は新規事項の追加に該当するのか

②「1:30」への補正は『特許審査基準』に規定する無効段階に許される請求項の補正方式であるのか

という2点が争点として考えられる。

130」への補正は新規事項の追加に該当するのかについて

特許審判委員会と北京市第一中等裁判所は、特許法第33条「発明特許及び実用新案の出願書類への補正は、当初の明細書及び特許請求の範囲に記載された事項の範囲を超えてはならない」により「1∶30」への補正が許されるかどうかについて判断し、「アムロジピン1mg/kgとイルベサルタン30mg/kgの組み合せから『1:30の比率の関係』を得ることができず、1∶30という比率を満たす任意の組合せについても、この組合せと同様の効果を奏することを特定できないという理由で、当初の明細書及び特許請求の範囲には「1∶30」が記載されていない」と認定した。

また、北京市高等裁判所の判決では、「1:30」が当初の明細書に記載された範囲を超えているかどうかについて言及されておらず、実際に採用した法的条文は、特許法実施細則第69条「無効審判請求の審査過程において、発明特許又は実用新案の特許権について、特許請求の範囲を補正することができるが、原特許の権利範囲を拡大してはならない」であった。特許法実施細則第69条の文言からすれば、補正が新規事項の追加に該当するかどうかについて言及されていない。しかし、『特許審査基準』第4部第3章4.6.1における特許法実施細則第69条に関連する部分には、「(3)当初の明細書及び特許請求の範囲を超えてはならない」と規定されている。したがって、「1:30」への補正が当初の明細書及び特許請求の範囲を超えているかどうかを考慮していないという北京市高等裁判所のやり方は妥当ではないところがあるように思われる。

その後、最高裁判所は、請求項を1:30に補正することは当初の明細書及び特許請求の範囲に記載された事項の範囲を超えていないと明確に認定し、特許審判委員会と北京市第一中等裁判所による「1:30」への補正が新規事項の追加に該当するという認定を完全に覆した。

当業者の観点からすれば、本件特許の明細書の表5の「A1I30」という記載は、「1mg/kg」と「30mg/kg」の具体的な組合せではなく、確かに「1:30」の比率と理解すべきであると考えられる。この理解は、出願人の保護を第一に考えても一致する。したがって、特許審判委員会と一審裁判所の認定は、法律規定の文言に拘りすぎており、最高裁判所の認定は合理的であると考えられる。

130」への補正は「特許審査基準」に規定する無効審判段階に許される請求項の補正方式であるかどうかについて

無効審決において、特許審判委員会は、「1:30」への補正が「特許審査基準」に規定する無効審判段階に許される請求項に対する請求項の削除、合併及び発明の選択肢の削除という3つの補正方式の何れにも該当しないと認定している。一審において、北京市第一中等裁判所は「1:30」への補正が上記3種類の補正方式に該当するかどうかについての認定を回避している。また、二審において、北京市高等裁判所は、「1:30」への補正は本件特許の権利範囲を拡大しておらず、「特許審査基準」に規定する無効審判段階の補正原則のもとに、「1:30」への補正は「特許審査基準」に規定する3つの補正方式に該当しないが、この補正も許されるものであると側面から認めている。そして、最高裁判所の裁定段階において、二審判決の認定を支持し、「特許審査基準」には、関連する補正原則を満足させることを前提として、補正方式は通常、上記3種類に限定されると規定されているが、その他の補正方式を完全に除外するわけではないことを明確にした。

最高裁判所の裁定は、「特許審査基準」に規定する3種類の補正方式の制限を超えており、今後、特許権者がある場合において、より主動的な方式により他人の無効審判請求に対応することができ、ある程度、発明特許権と実用新案権の安定性を高めることができることが予想される。ただし、最高裁判所の裁定からすれば、「請求項の削除、合併及び発明の選択肢の削除」以外の補正方式は具体的にどのような補正を含むのかをまだ確定することができない。この点について、これからの無効審判実務の検証や関連官庁の法的解釈の公布などによって徐々に明らかになると思われる。

現在の段階では、最高裁判所の上記裁定から、その他の補正方式の具体的な場合を特定できないが、特許権者、無効審判請求人、出願書類を作成する出願人は今後、許される可能性があるその他の補正方式を十分に重視すべきである。

無効審判案件の特許権者の立場で考えると、現段階では当該裁定について慎重に考え、やはりできるだけ「特許審査基準」に規定する3種類の補正方式に従って補正を行うのが最も妥当であると思われる。もし、「請求項の削除、合併及び発明の選択肢の削除」により、関連特許の無効化を回避することができないような場合、特許権者は、本件の最高裁判所の裁定の内容に基づいて、その他の方式で補正することで、窮地に追い込まれそうな案件に対しても最後の打開策となる可能性がある。

例えば、明細書及び特許請求の範囲に記載された事項の範囲を超えておらず、かつ特許の権利範囲を拡大していない場合、請求項の数値範囲をこの数値範囲のある境界値に補正することが考えられる。この補正方式は、特許審判委員会に認められる可能性が比較的高い。なぜなら、このような補正は上記事案の状況に明らかに対応しているため、最高裁判所の裁決の司法指導意味を考慮して、特許審判委員会が反対の決定を出す可能性は低くなるからである。

また、明細書及び特許請求の範囲に記載された事項の範囲を超えておらず、かつ特許の権利範囲を拡大していない場合、明細書のみに記載された構成要件を請求項に追加して請求項の権利範囲を減縮することが考えられる。この補正は、実体審査段階の補正要件に近いが、特許審判委員に認められない可能性が高い。もし、このように補正が可能になれば、「特許審査基準」における無効審判段階に許される3種類の補正方式に関する規定の意味がなくなり、特許権者にとっては補正により権利の安定性を維持することに有利であるが、無効審判の審理対象としての発明の構成が不安定となり、無効審判請求人にとって特許権を無効化にすることが難しくなり、合議体の判断においても困難になるからである。

また、無効審判請求人の立場で考えると、特許権者が、本件裁定に従って「請求項の削除、合併及び発明の選択肢の削除」以外の方式により補正して、元の無効理由を回避する可能性があることを十分に考慮すべきである。

そして、現在出願書類を作成する出願人の立場で考えると、特に実用新案の明細書を作成する出願人にとって、無効段階の特定の場合に、明細書に基づいて「請求項の削除、合併及び発明の選択肢の削除」以外の方式により請求項の権利範囲を減縮するチャンスを確保し、かつ明細書の内容に基づいて権利範囲を減縮した請求項に対して進歩性などの反論ができるように、明細書の具体的な実施例の記載の仕方を改善することを重視すべきである。
 
(2012)

ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
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