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「明細書の開示不十分」と「実施可能要件違反」 ――特許関連翻訳の心得


北京林達劉知識産権代理事務所
特許法律部
日本語責任者 陳 潔
 
特許関連の翻訳・通訳を担当している私は、中国の特許用語と日本の特許用語との対応関係に非常に興味深いですので、いろいろと勉強してきました。その中でも特に面白いと思って自分の経験を皆様と分かち合いたいものは、「実施可能要件」です。「実施可能要件」は日本の弁理士や知財部員の方々にとってごく普通な特許用語であり、全然面白くないかもしれませんが、私にはこの用語に関する翻訳について大切な心得があります。

これまでの仕事の中では、拒絶理由通知の中国語から日本語への翻訳はかなり高い割合を占めていました。4年前に中国特許庁による拒絶理由通知で初めて日本の「実施可能要件違反」に相当する拒絶理由を見たとき、どのように翻訳すればよいか分からなくて、その中国語表記(「説明書公開不充分」)をそのまま「明細書の開示不十分」へと直訳しました。それに、その後のかなり長い間に、私は論文の翻訳やセミナーの通訳においても、「明細書の開示不十分」というまずい訳し方を何回も使いました。当時は、法律の勉強などは、ただの翻訳・通訳者にすぎない私とあまり関係ないと思い込んでいましたので、「明細書の開示不十分」の意味もよく理解しておらず、「実施可能要件」という用語の存在も知りませんでした。

2008年のある日、日本の特許事務所からのお問い合わせメールに「実施可能要件」という言葉がありました。その時も中国の「明細書の開示不十分」を連想できず、「実施可能要件」をまた漢字そのままで中国語へ直訳しました。そして、私の中国語訳を読んだ弁理士さんが、「この実施可能要件とは、明細書の開示が十分であるかどうかを判断するための要素のことでしょうか」と私に聞きました。その質問を聞いた私は、目からうろこが落ちるような感じで、「その意味を調べて教えます」と慌てて答えました。

そこで、中国特許法と日本特許法でそれぞれ調べたところ、日本特許法第36条第4項には、「前項第3号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。1.経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」という記載があり、中国特許法第26条第3項には、「明細書には、発明又は実用新案について、その技術分野に属する技術者が実施することができる程度に、明瞭かつ完全な説明を記載しなければならない。」という記載がありました。上述した「明細書の開示不十分」という拒絶理由の法的根拠は中国特許法第26条第3項ですので、条文の文言からすれば、確かに両者は対応しています。さらに審査基準で調べたところ、日本の審査基準には、「(4) 条文中の『その(発明の)実施をすることができる』とは、請求項に記載の発明が物の発明にあってはその物を作ることができ、かつ、その物を使用できることであり、方法の発明にあってはその方法を使用できることであり、さらに物を生産する方法の発明にあってはその方法により物を作ることができることである。」という記載があり、中国の審査基準にも、「『その技術分野に属する技術者が実施することができる』とは、その技術分野に属する技術者が明細書の記載に基づき、その発明または考案を実施することができ、その技術的課題を解決して所望の技術的効果を奏することができることをいう。」という記載があります。文言は異なっていますが、その基本的な意味は一致しているといえるでしょう。ここまで調べたら、中国語の「説明書公開不充分」は、日本語の「実施可能要件違反」に翻訳すべきであり、日本語の「実施可能要件」は中国語の「説明書公開充分的要求」に翻訳すべきであると分かりました。
「実施可能要件」の件から、文言そのものさえ理解すれば翻訳できるというわけではなく、適切な翻訳文を作るために、特に専門用語については、必ずその由来、背景、趣旨などを調べてから初めて翻訳できることを悟りました。それ以来、「意味をよく理解していないままの直訳は禁止」といつも自分に言い聞かせながら、翻訳時にいろいろと調べたり伺ったりしてきましたので、翻訳が上達しただけではなく、中日の特許制度に関する知識もたくさん身につけました。

このような経験を他の翻訳者たちと分かち合いたいと思って、去年から所内で勉強会を開いてきました。勉強会において、「このように一々調べて翻訳すると、効率が非常に悪くなるのではないでしょうか」と質問されました。私は、「最初は確かに、調べる必要がある言葉が多くて、効率が悪くなった段階がありました。しかし、調べて身につけた知識がますます多くなるにつれて、調べなくても自信を持って翻訳できる言葉も多くなり、文章を早く理解することができるようになってきましたので、効率が以前よりも高くなっただけではなく、翻訳の品質もだいぶ良くなりました。」と答えました。このような勉強会を通して、翻訳者たちは皆、法律の勉強及び調査の重要性を十分に認識できました。これからはみんなと一緒に、ただの翻訳者ではなく、特許分野の専門家を目指して頑張っていきたいと思います。
(2011)

ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
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