実用新案の権利行使における若干の問題に関する一考察
北京林達劉知識産権代理事務所
中国の特許制度(中国では「専利」という)は、発明特許だけではなく、実用新案と意匠も含んでいる。特許制度の一部分として、実用新案は権利化が簡単で、審査・許可の期間が短く、実用性が比較的強いという独自の特徴を有する。
中国の実用新案制度は、1985年に施行された特許法により確立され、2008年に第3次特許法及び関係法律改正の際に一定の改正と改善がなされた。
本稿は主に、中国実用新案の権利行使の現状、権利行使の方法及び実用新案の権利行使に密接な関係を有する特許権評価報告制度などについて紹介・分析する。中国の実用新案制度の現状に対する理解に少しでも役立てば、また実用新案権を行使する際の参考になれば幸いである。
I. 中国における実用新案の権利行使の現状
1. 中国における実用新案の出願・受理及び権利化状況
国家知識産権局が発表した最新の統計データによれば、ここ20余年以来、中国の実用新案の年間出願件数は持続的に増加している。1997年から中国の実用新案の出願件数は韓国を追い越し、世界一となっている。2010年12月までの統計によれば、中国の実用新案出願総量の累計はすでに241万件を超えている。下表によれば、実用新案の出願件数は、3種の特許(発明特許・実用新案・意匠)のなかで最も多く、特許出願総量の34.31%を占めている。このうち、実用新案件数の大部分は国内出願人(企業又は個人)が出願したものであり、その比率は実用新案出願件数の99.3%を占める。これに対し、国外出願人が出願した実用新案の比率は、僅か0.7%である。
表1 国内外3種の特許出願・受理及び権利化累計状況(1985年4月-2010年12月)
類別 |
発明特許 |
実用新案 |
意匠 |
合計 |
件数 |
比率 |
件数 |
比率 |
件数 |
比率 |
件数 |
比率 |
国内 |
出願件数 |
1,429,648 |
61.5% |
2,397,523 |
99.3% |
2,173,289 |
94.6% |
6,000,460 |
85.3% |
権利化件数 |
336,134 |
46.6% |
1,699,467 |
99.2% |
1,348,877 |
92.2% |
3,384,478 |
86.8% |
国外 |
出願件数 |
895,364 |
38.5% |
16,801 |
0.7% |
124,949 |
5.4% |
1,037,114 |
14.7% |
権利化件数 |
385,619 |
53.4% |
13,639 |
0.8% |
113,623 |
7.8% |
512,881 |
13.2% |
合計 |
出願件数 |
2,325,012 |
100.0% |
2,414,324 |
100.0% |
2,298,238 |
100.0% |
7,037,574 |
100.0% |
権利化件数 |
721,753 |
100.0% |
1,713,106 |
100.0% |
1,462,500 |
100.0% |
3,897,359 |
100.0% |
表2 3種の特許出願件数における実用新案出願の比率
類別 |
発明特許 |
実用新案 |
意匠 |
合計 |
出願件数 |
2,325,012 |
2,414,324 |
2,298,238 |
7,037,574 |
比率 |
33.04% |
34.31% |
32.65% |
100% |
2. 企業による実用新案の運用状況
国家知識産権局が2006年に発表した『全国企業特許状況調査報告』によれば、中国企業の実用新案の89%は、権利譲渡、実施許諾、及び自社実施のかたちで運用化されており、発明特許の運用率70.7%より高かった。そのうち、中小企業の運用率は大企業より高かった。つまり、中国企業の特許運用において、実用新案は特に中小企業と個人の創業者によく利用されている。多くの発明創造の技術レベルが低く、製品寿命も比較的短いかもしれないものの、市場価値を有するので、適切な保護を必要とする。実用新案がよく利用されているのは、迅速な審査・許可、容易な権利化、低廉な費用などの特徴が、中小企業の技術発明と技術転換を実現し、かつ、企業経済効果・利益を勝ち取るための有効な手段となっているからである。
表3 企業における実用新案の運用情况(1985-2005年)
類別 |
権利譲渡
(比率) |
自社実施+実施許諾(比率) |
実施許諾のみ(比率) |
自社実施のみ
(比率) |
未実施
(比率) |
発明 |
0.6% |
3.2% |
1.1% |
65.8% |
29.3% |
実用新案 |
0.4% |
2.0% |
0.6% |
86% |
11% |
3. 中国の実用新案権侵害紛争及び詐称特許取締状況
知的財産各関係部門は、近年来、適時に専門活動を展開することにより、権利侵害・偽造行為に対して集中的に取り締まりを行うと同時に、自己の職能と結合して日常の法律執行を強化することで、大いに知的財産の保護を推進している。2009年を例にすれば、全国各地方の知識産権局は、合計937件の特許侵害紛争事件と詐称特許事件を受理した。そのうち、実用新案に係る件数は445件であり、3種特許の受理件数の47.5%を占め、地方知識産権局が最も多く受理した侵害紛争事件である。
表4 実用新案権侵害紛争及び詐称特許取締状況(2009年)
類別 |
合計(件) |
発明特許 |
実用新案 |
意匠 |
受理 |
937 |
151 |
445 |
341 |
終結 |
741 |
133 |
313 |
295 |
4. 中国実用新案権侵害紛争の訴訟状況
最高裁判所が公布した『中国裁判所知識産権司法保護状況(2010年)』白書によれば、2010年に裁判所が新たに受理した特許事件は5,785件で、前年同期比で30.82%増加している。
上記の特許事件統計データは、具体的な特許事件類型までは細分化されていないものの、2006年から2010年までの間に、インターネット上で公開された実用新案権紛争事件の判决書の件数は、増加している。
表5 インターネット上に判決書を公開した実用新案権民事紛争事件及び行政事件の統計
(2006-2010年)
年度
類型 |
2006 |
2007 |
2008 |
2009 |
2010 |
民事紛争事件 |
128 |
71 |
278 |
338 |
332 |
行政事件 |
92 |
72 |
116 |
81 |
321 |
II. 実用新案の権利行使の手段
通常、発明創造者が発明創造について特許出願する目的は、権利の取得及び行使のためであり、さらにこれらによって経済利益を得ることにより、特許製品の研究開発における自己の支出を回収し、予期した利益を得るためである。したがって、特許権の行使は、特許権自体に包含されている経済価値を実現する有効な手段である。
実用新案と発明特許の間には多くの相違が存在するものの、両者はいずれも特許法により保護される対象である。つまり、これは権利行使の場面において、実用新案が発明特許と大した区別を有さず、かつ、いずれも特許法の平等な保護を受けていることを意味する。
プラクティスでは、特許権者の正当な権利活用形態として、次の5種類が挙げられる。
(1) 特許権者は特許を実施しない。
(2) 特許権者は自ら特許を実施する。
(3) 特許権者は特許権を譲渡する。
(4) 特許権者は他人に対して特許の実施を許諾する。
(5) 特許権者は侵害者に対して特許権を行使する。
(1)から(4)までの活用は、いずれも世界的に通用されている。そこで、本章においては、主に(5)の特許権の侵害者に対する特許権(特に実用新案権)の行使について紹介する。
特許権者は、自己の特許権が侵害されていることを発見した際、通常3つの措置を取ることができる。すなわち、交渉、行政取締と訴訟である。これらの措置は、それぞれのメリットとデメリットを有するが、実情に応じて最適な手段を採用すべきである。
1.交渉
行政摘発または訴訟を提起する前に、特許権者は、被疑侵害者に警告状を発送することにより、相手方に対して、侵害を停止し、損害を賠償するよう要求することができる。警告状を発送した後、特許権者は、被疑侵害者と協議及び交渉を行うことができる。さらに、権利者は協議と交渉により、被疑侵害者の考え方などを把握した上で、実情に応じて自己の要望と策略を調整することができる。
メリット
① 交渉の前に証拠を十分収集する必要がない。
② 相手方と直接交流し、相手方の真実の考え方を把握できる。
③ 交渉により相手方にプレッシャーをかけることができ、さらに、警告書を発送することにより、相手方に自ら侵害行為を停止させることができる。
④ 相手方との協議によって、事件の解決方法を模索できる。
デメリット
① 長期間に亘る交渉を経ても、合意に達せないこともある。
② 相手方は表面的には交渉に同意しても、密かに関係証拠を隠ぺいすることもあり得る。
2.行政取締の請求
特許法の規定によれば、特許権侵害行為について、特許権者又は利害関係者は、当地の特許業務管理部門に取締を請求することができ、そして特許業務管理部門は、侵害を認定した場合に侵害行為を停止するよう命じることができる。また、賠償金額について、特許業務管理部門に調停を請求することができ、和解にならない場合、当事者は、別途裁判所に賠償訴訟を提起することができる。
特許侵害事件などを管理する行政主管機関は、地方知識産権局である。権利者又は利害関係者は、侵害行為などを発見した後、実際の状況に応じて、侵害行為実施地、侵害結果発生地の地方知識産権局に取締・調停を請求することが可能である。
『特許行政執法弁法』によれば、請求条件を満たす場合、地方知識産権局は、請求書を受け取った日から5~7就業日内に立件し、かつ、請求人に通知した後、該特許権侵害紛争処理を担当する3人以上(奇数)の担当官を指定する。請求が請求条件を満たさない場合、地方知識産権局は、請求書を受け取った日から5~7就業日内に請求人に受理しない旨を通知し、その理由を説明する。
また、担当官は、関係規定に基づき、立件日から1週間以内に現場検証を行わなければならない。実務上、立件の条件を満たし、地方知識産権局長の許可を得た後、担当官の都合に応じて、その翌日又は翌々日に現場検証を手配することもある。
現場検証において、地方知識産権局の担当官は、被疑侵害者の企業を訪問し、被疑侵害品の在庫、金型、販売高に係るデータなどを調査・記録する。当該記録は有力な証拠となる。侵害に該当すると判断した場合は、記録済の金型と在庫を廃棄することもできる。
メリット
① 訴訟に比べ、時間と費用がそれほどかからない。
② 訴訟に比べ、証拠に対する要求がそれほど厳しくない。
③ 現場検証により、有力な証拠を入手できる。
デメリット
① 侵害となるか否かに関する関係主管機関の判断は、行政取締のキーポイントである。先方の企業が現地で一定の影響力を有する場合は、地方保護主義の影響を受け得る。
② 通常、地方知識産権局はなるべく調停で解決するが、長期間経っても結果が得られない場合もある。
3.侵害訴訟の提起
裁判所に訴訟を提起することは、特許侵害紛争を解决する最も主要な方法である。
実用新案権者は、侵害訴訟を提起する前に十分な準備をしなければならず、主に次に挙げることから着手すべきである。
(1) 侵害証拠の收集
特許権者は、侵害者又は侵害企業に対する初歩的調査を行うことにより、侵害者が侵害製品を生産・販売していることを証明する証拠を収集することができる。たとえば、侵害製品の生産・販売を発見した後、侵害製品に対する公証付購入により実物証拠を入手する。インターネットでの侵害製品の販売を発見した場合も、公証機関にインターネット上のウェブサイトに対する公証を依頼することにより、証拠保全を行うことができる。
(2) 特許権評価報告の請求
実用新案権者は、訴訟を提起する前に、国家知識産権局に特許権評価報告の発行を請求することができる。該報告における分析と結論に基づき、行使しようとする実用新案権について評価を行い、実用新案権の安定性を正確に認識することによって、侵害訴訟の戦略をより確実に定めることができる。
特許権評価報告は、訴訟を提起するための必要条件ではないものの、一部の裁判所はこの評価報告の提出を要求している。しかも、特許権評価報告は、訴訟を停止するか否かについて、一定の影響をもたらす。具体的には後で説明する。
(3) 裁判所の選択
実用新案権に基づき、権利侵害訴訟を提起した場合は、侵害行為地又は被告住所地の裁判所が管轄する。侵害行為地として、被疑侵害製品の製造、使用、販売の申し出、販売、輸入などの行為の実施地、および上記の侵害行為の侵害結果発生地が挙げられる。
また、特許紛争に係る第一審事件については、各省、自治区、直轄市政府所在地の中等裁判所と、最高裁判所の指定した中等裁判所とが管轄する。すなわち、第一審特許事件の裁判管轄は中等裁判所に限るとともに、一部の中等裁判所のみ特許事件に対する管轄権を有する。ただし、試験場所として、北京海淀、江蘇崑山及び浙江義烏という3ヶ所の基層裁判所は、一定金額範囲内の実用新案権と意匠権に関する訴訟を審理することができる。
(4) 訴訟の時効
『特許法』第68条の規定に基づき、特許権侵害訴訟の提訴時効は2年である。その期間は、特許権者又は利害関係者が侵害行為を知った日又は知り得る日から起算する。
したがって、訴訟時効の経過による敗訴を避けるために、特許権者は侵害行為を知った日又は知り得る日から2年以内に訴訟を提起すべきである。
メリット
① 訴訟を提起することにより、先方企業に強いプレシャーをかけることができる。先方企業が自ら和解を求めたり、侵害行為を停止したりする場合もある。先方企業が侵害を認めない場合でも、裁判所に判決を求めることができる。
② 裁判所が先方企業の権利侵害行為を認めた場合、判決書が法的強制力を有するので、先方企業が判決書に要求される義務を履行しなければ、強制執行を申請することもできる。
デメリット
時間と費用がかかる。
III. 権利行使中にあり得る抗弁
権利行使において、通常、被疑侵害者は抗弁を行う。抗弁の理由として、提訴時効の抗弁、特許権消尽の抗弁、自有権利の抗弁、無効審判請求の抗弁、公知技術の抗弁、及び先使用権の抗弁などが挙げられる。本章において、主にプラクティスにおいてよく見られる3つの抗弁理由、すなわち、無効審判請求の抗弁、公知技術の抗弁及び先使用権の抗弁について紹介・検討する。
1. 無効審判請求の抗弁
被疑侵害者が最もよく利用する抗弁の理由は、特許権の無効抗弁である。この抗弁は、特に方式審査のみで登録される実用新案権の場合に更によくみられる。しかし、特許無効審判の請求は、特許審判委員会にしか提起できず、裁判所又はその他の行政機関に請求することができない。これは、特許審判委員会こそ特許の有効性についての審理を行う権限を有するからである。
『特許紛争事件の審理における適用法律の問題に関する最高裁判所の若干の規定』第9条の規定によれば、裁判所が受理した実用新案権紛争事件について、被告が答弁期間内に実用新案権の無効審判を請求した場合、裁判所は訴訟を停止する。したがって、被疑侵害者が特許審判委員会に無効審判を請求した後、通常、侵害訴訟は停止されることとなる。
しかし、被告が特許審判委員会に特許権者の係争特許について無効審判を提出した場合、特許権者は、係争特許のクレームに対して一定の補正を行うことにより、係争特許の安定性を強化することができる。司法実務において、無効審判段階に権利者の補正を経て実用新案権の一部のみ無効にされたケースが多くある。
行政取締おいて、被疑侵害者が特許審判委員会に特許権の無効審判を請求したことにより、該行政取締が停止されるか否かについて、未だ明確な規定はない。実務では、地方知識産権局も実情に応じて取締手続きを停止するか否かを決めることができる。
2. 公知技術の抗弁
近年来、特許侵害紛争において、公知技術の抗弁は被告に広く利用されている。2008年に改正された『特許法』には公知技術の抗弁制度が規定されている。すなわち、被疑侵害者が自己の実施した技術が公知技術に該当することを証明する証拠を有する場合は、特許権侵害にならない。特許侵害紛争において、被疑侵害者はよく、自己の実施した被疑侵害技術が公知技術であることを理由に非侵害を主張する。
公知技術の抗弁の重点は、被疑侵害技術と公知技術間の関係を考察することである。最高裁判所が2009年12月28日に公布した『特許権紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈』第14条第1項には、「特許権の権利範囲に属すと訴えられたすべての構成要件が、1件の公知技術の構成要件とそれぞれ同一、又は実質的相違がない場合、裁判所は、侵害被疑者が実施した技術は、特許法第62条にいう公知技術に該当すると認定する。」と規定されている。
3. 先使用権の抗弁
被疑侵害者が先使用権の抗弁を主張することもあり得る。いわゆる「先使用権の抗弁」は、特許権者の特許権と同一内容の発明を実施した場合であっても、特許出願日前にすでに独立して同一内容の発明を完成させた企業、または合法的に技術を知得した企業に対して引き続き該技術を使用させることができることである。被疑侵害者は、侵害訴訟において先使用権の抗弁ができるものの、先使用権の成立の要件は比較的厳格である。
『特許法』の規定によれば、特許出願日前にすでに同一製品を製造し、同一方法を使用し、又はすでに製造・使用の必要準備を完成し、かつ従来範囲内でのみ引き続き製造・使用する場合は特許権侵害とならない。すなわち、特許権が付与された後、先使用者が従来範囲内で製造・使用する行為は特許権侵害行為と見なされない。
司法実務上、先使用権の抗弁を主張する事例は多い。しかし、多くの事例において、被告の先使用権の抗弁は裁判所に認められなかった。その主な原因は、先使用を証明できる証拠が不足し、完全に立証できないからである。したがって、先使用権の抗弁の難点は証拠の収集及びその真実性の確保にある。
IV. 実用新案の権利行使と密接な関係を有する特許権評価報告制度
1. 特許権評価報告の歴史的沿革
『特許法』には実用新案出願について方式審査のみを行い、実体審査は行わないと規定されているので、権利付与された実用新案の法的安定性はそれほど高くなく、無効にされる可能性も大きい。この問題を解決するために、2000年の『特許法』改正時に「実用新案特許検索報告制度」が導入された。
2009年の法改正は、特許権検索報告制度に対して改正・改善を行うと同時に、「特許権検索報告」の名称を「特許権評価報告」に変更した。
2. 特許権評価報告の概述
(1) 国家知識産権局に特許権評価報告の発行を請求する時間
2010年に改正された『特許法実施細則』第56条第1項は、請求時期について更なる規定をした。すなわち、実用新案権又は意匠権付与決定が公告された後、『特許法』第60条に規定する特許権者又は利害関係者は、国務院特許行政部門に特許権評価報告の作成を請求することができる。
(2) 特許権評価報告の作成を請求する主体
2010年『特許法実施細則』第56条第1項の規定に基づき、特許権者又は利害関係者は、国家知識産権局に特許権評価報告の作成を請求することができる。そのうち、利害関係者とは、『特許法』第60条の規定に基づき、特許侵害紛争について、裁判所に訴訟を提起し、又は特許業務管理部門に取締りを請求する権利を有する者をいう。たとえば、独占実施許諾契約の被許諾者、特許権者に権利行使の権利を付与された通常実施許諾契約の被許諾者などが挙げられる。当該規定は、被疑侵害者が『特許法』に規定する「利害関係者」に該当しないことを意味する。
請求人が特許権者又は利害関係者でない場合、その特許権評価報告請求は未提出と見なされる。実用新案権が共有に係る場合、請求人が共有者全員でなく一部の共有者だけであってもよい。
(3) 特許権評価報告に係る内容及び作成方式
2008年版『特許法』において、以前の実用新案のみに係る検索報告は、実用新案と意匠の両方に係る特許権評価報告に改正されたが、当該改正は、報告の名称を変更しただけではなく、報告に係る特許権の類型も拡大し、かつ報告に係る内容を追加した。『特許法』には、国家知識産権局は検索・分析と評価を行ったうえ、特許権評価報告を作成すべきであると規定している。
『特許法』及び『特許審査指南2010』の規定によれば、特許権評価報告は、引例と本件特許との関連度を示す表部分と、本件特許が『特許法』及びその『実施細則』に規定する登録要件を満たすか否かに関する説明部分とを含む。実用新案権の評価報告において、その表には公知文献調査の分野、データーベース及び使用した基本的な検索要素と表現形態(キーワードなど)、調査で見つけた公知文献及び公知文献と出願主題との関連度などが明確に記載される。説明部分には特許権評価の結論が記載される。『特許法』及びその『実施細則』に規定する登録要件を満たさない実用新案については、具体的な評価説明が記載されて結論が明示されるとともに、必要に応じて公知文献が引用される。たとえば、新規性及び/又は進歩性を有しないクレームについて、審査官は、逐一に評価すべきであり、多数項従属クレームについては、異なるクレームに従属する場合の組合せ考案についてそれぞれ評価し、選択肢を含むクレームについては、各選択肢による考案についてそれぞれ評価すべきである。
(4) 特許権評価報告の性質と役割
『特許法』第3回改正前には検索報告制度を規定していたが、検索報告の性質を明確にしなかったので、多くの紛争が生じていた。これは、主に次の2つの考え方が存在していたからである。1つは、報告が国家知識産権局の発行した行政決定に該当するという考え方であり、もう1つは、報告が一種の証拠にすぎないという考え方であった。したがって、2008年に改正された『特許法』には特許権評価報告は「特許侵害紛争を審理・処理する際の証拠となる」と明確に規定された。
しかし、特許侵害紛争を審理・処理する証拠となる特許権評価報告は、特許権の有効性を判断する証拠ではない。これは、中国現行の特許制度によれば、特許権の有効性を疑う際には、国家知識産権局の特許審判委員会に無効審判請求を提起するしかないからである。
特許権評価報告の役割は、①評価報告により、特許権者が自己の特許権の有効性について初歩的判断ができ、特許権の法的安定性について正確に認識できるため、侵害訴訟を提起すべきかどうかをより確実に把握できる点、②権利侵害訴訟の裁判において、専門技術知識の観点から作成された実用新案権評価報告は裁判所の審理のの参考になる点、③最も重要な役割として、被疑侵害者が答弁期間内に特許権の無効審判請求をした場合、裁判所又は特許業務管理部門が侵害紛争の審理又は調査を停止すべきか否かを判断するための根拠となる点、という3点である。
『特許紛争事件の審理における法律適用の問題に関する最高裁判所の若干の規定』第9条には、「裁判所が受理した実用新案権、意匠権の侵害紛争事件において、被告が答弁期間内に当該権利について無効審判を請求した場合、裁判所は訴訟を停止しなければならない。ただし、次に掲げる事情の一に該当する場合は、訴訟を停止しなくてもよい。(1)原告が提出した検索報告に、実用新案の新規性、進歩性を喪失させる技術文献がない場合。…」と規定している。確かに2009年に最高裁判所は、新たな司法解釈を公布したが、上記規定については改正又は補足をしていないので、上記規定は今でも適用できる。ただし、2009年の特許法改正の関係で、上記規定を適用する際に適宜調整すべきである。すなわち、特許権評価報告において、特許権者に不利な意見が提示されていない場合、上記規定に基づき、特許侵害紛争を審理する裁判所は裁判を停止しなくてもよい。
(5) 特許権評価報告の請求手続
上記の内容に基づき、実用新案権者又は利害関係者は、国家知識産権局に特許権評価報告の発行を請求することができる。特許権評価報告を請求する際に提出すべき資料は次の通りである。
①特許権評価報告請求書
この請求書は国家知識産権局の定めたフォームで作成する。
②関係証明書類
請求人が利害関係者である場合に提出する。たとえば、請求人が特許独占実施許諾契約の被許諾者である場合は、特許権者と締結した特許実施許諾契約又はその写しを提出する。
③授権委任状
特許権者が特許代理機構に依頼して請求する場合は、授権委任状を提出し、かつ委任権限を明記すべきである。
実務上、1件の実用新案について特許権評価報告を請求する場合の官庁手数料は2400人民元であり、請求日から1ヶ月以内に納付すべきである。請求書を受け取った後、国家知識産権局は2ヶ月以内に特許権評価報告を発行する。
V. 「特実併願」による実用新案の権利行使に対する影響
「特実併願」とは、同一出願人が同日(出願日のみ)に同一発明創造について、実用新案出願と発明特許出願の両方を行うことをいう。中国において、現在、「特実併願」の取扱い方には主に次の2つある。1つは、出願人が発明特許出願のクレームを、すでに登録された実用新案の登録クレームと異なるように補正するという方法である。もう1つは、発明特許出願について審査官が特許査定可能と判断した際に、出願人がすでに取得した実用新案権を放棄し、特許権を受けるという方法である。
「特実併願」で出願することは一定の利点を有する。実務上、1件の発明特許の出願から権利化までの時間は非常に長く、通常、3年以上の時間を要するのに対し、実用新案の出願から権利化までの時間は比較的短く、通常、1年ぐらいである。両者を同時に出願する場合、実用新案は早期に権利化されるので、かかる発明創造は早期に法的保護を受けることができる。その後、発明特許出願が許可された場合は、実用新案権を放棄し、更に安定性がよく、かつ権利期間が長い発明特許を取得することができる。
権利行使の際に、知的財産に係る訴訟又は行政取締において、通常、1つの事件において1つの権利しか主張できない。発明特許、実用新案の同日出願(特実併願)において、実用新案が先に登録される。先に取得した実用新案権で提訴した後に発明特許権も登録された場合、法律上2つの権利に該当するため、訴訟中に訴訟対象として登録発明特許を追加することができず、該発明特許権に基づく訴訟は、別途提起するしかない。
また、同日に出願した発明特許と実用新案のクレームが同一であれば、実用新案権を放棄しないと特許は登録できず、つまり実用新案権の存続期間において特許は存在せず、そして特許が権利化された時点では実用新案権は存在しなくなった。
一方、実用新案権に基づく訴訟を提起した場合、該訴訟の対象は実用新案権の存続期間内に発生した侵害行為である。発明特許権に基づく訴訟を提起した場合、該訴訟の対象は特許が権利化された以降の侵害行為である。
したがって、先に取得した実用新案権に基づいて訴訟を提起した後、後に登録された発明特許権に基づいて訴訟を提起する場合は、単に訴訟を別途提起するだけでは足らず、侵害の証拠を改めて収集・確保しなければならない。理由は、実用新案権に基づく訴訟において確保した証拠は、発明特許登録前の侵害行為に係る証拠であり、以降の発明特許侵害訴訟に利用することができないからである。したがって、後に登録された発明特許権に基づいて訴訟を提起する場合は、発明特許権登録以降の侵害証拠を改めて確保する必要がある。
なお、実用新案権に基づく訴訟を提起した後、発明特許権に基づく訴訟を提起し、両訴訟とも損害賠償金を請求した場合は、それぞれの権利存続期間内における侵害行為に対して損害賠償金をそれぞれ計算しなければならない。
VI. 実用新案の権利行使に係るリスク
実用新案権に基づく訴訟を提起した後に、第3者から無効審判を請求され、無効審決が確定した場合、権利者が逆に損害賠償を求められるリスクがあるか否か、特許と比較してリスクが大きいか否かなどは、権利者が実用新案権で権利行使をする際の懸念点になっているであろう。
実用新案権に基づく訴訟を提起した後に、無効審決が確定した場合、権利者が逆に損害賠償を求められるリスクは存在するものの、実務上、それほど大きくない。しかも、特許と比べて言えば、そのリスクはほとんど同様である。
中国『特許法』第47条によれば、特許権(実用新案を含む)に基づく訴訟を提起した後に無効審決が確定し、特許権者の悪意により他人に損害をもたらした場合は賠償しなければならない。すなわち、理論上、権利者の悪意を証明することができる場合は、損害賠償金を求めることができる。しかしながら、実務上、悪意に関する立証が難しく、かつ、裁判所も非常に慎重に扱うので、訴訟を提起した後に実用新案権が無効にされた場合でも、被疑侵害者に損害賠償金を支払うリスクはそれほど大きくない。
権利者の悪意の証明として、現在、明確な法的根拠はないものの、北京高等裁判所による『特許侵害判定意見募集稿』には次のような状況が挙げられている。すなわち、国家標準、業界標準などの技術標準に記載されたものを特許出願し、かつその特許権に基づいて権利行使した場合と、ある地域で広範に製造又は使用されている製品を、その製造又は使用を知り得る権利者が特許出願し、かつその特許権に基づいて権利行使した場合とが挙げられている。
北京高等裁判所の『特許侵害判定意見募集稿』は司法解釈に該当せず、上記の内容も正式に施行するものではなく、募集稿にすぎない。ただし、上記のような考え方は、現在の理論分野における主流の見解として、今までの司法実務上の判断と一致するので、参考する価値はある。
今まで、特許権侵害訴訟の権利基礎となる特許(実用新案、意匠を含む)が無効になった後、被疑侵害者が元権利者に対して損害賠償請求訴訟を提起した事件は数件あるものの、権利者の悪意についての立証ができなかったため、損害賠償金の請求はほとんど認められなかった。特例として、(2003)寧民三初字第188号判例において、損害賠償金請求は認められた。
上記事例の概要は下記のとおりである。
*判例の紹介
事件名称 袁利中が通発社、通発工場を訴えた実用新案侵害事件
事件番号 (2003)寧民三初字第188号
裁判所 江蘇省南京市中等裁判所
事件経緯
原告は、2001年2月8日に国家知識産権局に実用新案出願し、2001年12月12日に権利を取得した。その登録番号はZL01204954.9である。原告は、被告の行為が実用新案権侵害に該当するとして、訴訟を提起した。被告が答弁期間に特許審判委員会に無効審判を請求したので、裁判所は訴訟の審理を停止した。
原告の実用新案権が無効審決により無効にされたので、裁判所は引き続き訴訟の審理を行った。被告は、上記訴訟中に原告に対して損害賠償金請求の反訴を提起した。裁判所は、被告の損害賠償金の反訴と本件訴訟が関連性を有すると認定し、2つの事件を合併して審理した。
裁判の結果
被告に対する原告の侵害差止請求を棄却する。
原告は、被告に対して経済損失21500元を賠償する。
裁判所の認定
本件実用新案の技術に関連する国家標準は1998年に公表され、1999年から実施されているので、本件の実用新案権の出願日までは約2年間実施されていた。原告は、1977年から本件実用新案に係る業界に従事し、当該業界での専門家として関係国家標準に詳しいはずである。原告がその技術に係る国家標準がすでに公開されていることを知っていながら、中国の実用新案無審査制度を利用して本件実用新案を出願し、かつ、その実用新案を利用して本件の被告を訴訟に巻き込ませた行為は悪意訴訟に該当するため、他人にもたらした損失を賠償しなければならない。
要するに、実用新案に基づく訴訟を提起した後に無効審決が確定した場合、権利者には損害賠償のリスクが生じるものの、特別な事情がなければ、権利者の訴訟の悪意は証明しかねるので、このリスクはそれほど大きくない。しかも、悪意について判断する際は実用新案か発明特許かを問わないので、実用新案のリスクと発明特許のリスクはほとんど同じである。
VII. 事例の分析
シュナイダー電気低圧(天津)有限公司と正泰集団股份有限公司との実用新案権侵害紛争上訴事件について
事件の概要
正泰集団股份有限公司(以下「正泰集団」という)は、1999年3月11日に遮断器の実用新案権を取得した。正泰集団は、シュナイダー電気低圧(天津)有限公司(以下「シュナイダー天津社」という)が生産・販売している型番C65Nの遮断器が自社の実用新案権を侵害したとして、2006年8月2日に浙江省温州市中等裁判所に訴訟を提起し、シュナイダー天津社などに対して、直ちに侵害行為を停止し、侵害製品を廃棄し、かつ損害賠償金3.348億元を支払うことを命じるよう請求した。正泰集団が訴訟を提起した後、シュナイダー天津社は、実用新案無効及び公知技術などを理由に抗弁した。
一審裁判所は、侵害製品の構成が係争実用新案の権利範囲に属し、侵害に該当すると判断するとともに、シュナイダー天津社の提供したデータに基づき、2004年8月2日から2006年7月31日までの間に侵害製品を販売することにより得た営業利益が3.559億元であると確認した。一審裁判所は、2007年9月26日にシュナイダー天津社に対して、直ちに侵害行為を停止し、かつ正泰集団に損害賠償金3.348億元を支払う旨の判決を言い渡した。シュナイダー天津社はそれを不服として上訴した。
浙江省高等裁判所は、二審を経て、数回の調停を行い、かつ、2009年4月15日に公に開廷審理を行った。シュナイダー天津社及びその親会社であるフランスシュナイダー社と正泰集団はグローバル的な和解に達成した。そして、本事件において、シュナイダー天津社は、係争実用新案を尊重する下で、正泰集団と法廷で和解合意書を締結し、シュナイダー天津社が調停書の発効日から15日以内に正泰集団に補償金人民幣1.575億元を支払い、仮にシュナイダー天津社が指定期間内に指定金額を支払えない場合、正泰集団は一審判決の執行を請求する権利を有することを認めた。2009年4月24日、シュナイダー天津社は、自ら調停書における全ての事項を履行した。
分析
該事例は、最高裁判所が公布した2009年中国裁判所知的財産司法保護事件TOP10の1つであり、世界的に比較的大きな反響を起こした。長時間にわたった該実用新案紛争事件において、正泰集団の護符は、ハイテクの発明特許ではなく、比較的簡単な実用新案である。この事件の結果は、人々が以前から持っていた「実用新案は小発明にすぎず、技術程度も低く、安定性も比較的弱く、大した価値を有しない」という偏見を覆したともいえる。
本事件において、シュナイダー天津社は、裁判所に管轄権異議を申し立てた。さらに、無効審判請求することにより訴訟の停止を請求したり、自由技術の抗弁を行ったりしたが、いずれも裁判所に認められなかった。2006年8月28日、シュナイダー天津社は、国家知識産権局の特許審判委員会に無効審判請求した。その無効審判において、正泰集団はクレームの補正を行い、クレーム1とクレーム2を組み合わせて一つのクレームにした(独立クレーム)。
特許審判委員会が2007年4月25日に有効審決をした後、シュナイダー天津社は審決取消訴訟を提起したが、最終的に北京市高等裁判所は、その実用新案の有效性を維持する判決を言い渡した。一審裁判所がシュナイダー天津社に対して3.349億元の賠償金を支払う旨の判決を言い渡した後、シュナイダー天津社は浙江省高等裁判所に上訴した。
上記の訴訟過程の全般からすれば、シュナイダー天津社は、利用可能な正当手段をできる限り利用して抗弁したものの、最終的には依然として巨大な損害賠償を命じられた。したがって、実用新案も同様に権利者の有力な武器であり、その権利行使は重要な意義を有するといえる。
VIII. 総括
以上をまとめると、実用新案は、権利行使の場面において、発明特許とは大した区別を有さず、両者とも『特許法』により保護される対象である。しかも、中国の実用新案制度は、小発明、小創造を奨励し、審査・許可が簡単かつ迅速で、費用も低いので、特に中小企業の発明成果を保護する上で有効である。
事実上、実用新案制度は発明特許制度を補完するものである。特許は、排他性を有し、通常、登録されない限り、権利行使できない。発明特許は、実体審査を受けるので、権利化されるまでは相当の時間がかかるのに対して、実用新案は比較的迅速に行われる。したがって、必要に応じて、まず実用新案出願することにより、技術開発の成果を早期保護することが考えられる。なお、一部の企業においては、製品寿命が比較的短いので、時折、製品が3年から5年までの間に市場から淘汰されることもある。この場合、実用新案出願することにより、製品をより効果的に保護することができる。
実用新案の保護においても、侵害に対する有効な措置がさまざまあるものの、前述のとおり、実用新案権者が実用新案権を行使する際、又は侵害者に対する対抗措置を取る前に、先ず国家知識産権局に特許権評価報告の発行を請求したほうがよい。このようにすれば、評価報告の分析と結論から、行使しようとする実用新案権を見直し、その法的安定性を正確に認識することにより、権利行使の方策をより確実に定めることができる。
(2011)