従来技術の抗弁に関する研究——実用新案特許権紛争事例
北京林達劉知識産権代理事務所
従来技術による抗弁は、公知技術による抗弁ともいい、侵害被疑者が享有し、特許権者による特許権侵害訴訟における抗弁権を指す。これまでは、関連の行政法規又は司法解釈にのみ若干の規定があったが、今回の「中華人民共和国特許法」(以下、「特許法」という)第3回目の改正により、初めて独立した条文として従来技術の抗弁制度が規定された。すなわち、新「特許法」第62条には、「特許権侵害紛争において、侵害被疑者が、その実施した技術又は意匠が従来の技術又は従来の意匠であることを証明できる場合、特許権侵害に該当しない。」と定められた。そのうち、従来技術の抗弁は発明と実用新案特許権侵害事件に適用され、従来意匠の抗弁は、意匠特許権侵害事件にも適用される。より正確に司法実務における従来技術の抗弁制度の運用を理解するために、本文では、無錫市華戈電力電容器有限公司と江蘇現代電力電容器有限公司との実用新案特許権侵害紛争事件を事例とし、かつ関連法律規定とあわせて、従来技術の意味と範疇、従来技術の挙証及び従来技術の抗弁における比較などについて検討する。
Ⅰ 事件の概要
1.経緯
原審原告江蘇現代電力電容器有限公司(以下、「原告」という)は、2006年7月28日に「双『△』型低圧電力電容器」(コンデンサー、以下、「係争特許」という)実用新案について特許出願し、2007年8月22日に特許権が付与された。係争特許の有効期間内に、原告は、原審被告無錫市華戈電力電容器有限公司(以下、「被告」という)が大量に係争特許の技術的特徴と同一の製品を製造・販売していることを発見した。原告は、被告の行為は原告の特許権を侵害し、かつ原告に重大な経済的損害をもたらしていると判断し、江蘇省無錫市中等裁判所に訴訟を提起した。裁判所は、審理を経て、被告の行為は特許権侵害を構成するので、法的責任を負うべきであるとの判決を言い渡した。被告は、当該判決を不服とし、上訴を提起した。二審裁判所は、審理を経て、上訴を棄却し、原審判決を維持する終審判決を言い渡した。
2.本事件の争点
本事件の争点は、被告が主張する従来技術の抗弁が成立するか否かである。
(1)原告の主張
被告は、大量に係争特許の技術的特徴と同一の製品を製造・販売しており、当該行為は、原告の特許権を侵害し、原告に重大な経済的損害をもたらしているので、被告は権利侵害行為を停止し、侵害製品・製品パンフレットと専用の生産金型を廃棄し、経済損害30万元を賠償すると同時に本事件の訴訟費用を負担することを命ずるよう裁判所に請求した。
(2)被告の主張
被告のコンデンサー製品の生産技術は従来技術であり、被告の製造・販売行為は権利侵害を構成しないので、原告の訴訟請求を棄却するよう主張した。
Ⅱ 裁判所の判決
1.一審判決
一審裁判所は、審理を経て、裁判所が特許権侵害訴訟において、従来技術の抗弁の原則を適用するには、権利侵害被疑技術が従来技術の完全な構成要素に由来し、1つ又は数個の独立した技術的特徴ではなく、権利侵害被疑製品に表れている構成要素が従来技術であることを証明しなければならないが、被告が提出した関連証拠は、権利侵害被疑製品に表れている構成要素が従来技術であることを証明していないので、被告の従来技術の抗弁は成立しないと認定し、かつ、被告は直ちに権利侵害行為を停止し、経済的損害6万元を賠償するよう命ずる判決を言い渡した。
2.二審判決
二審において、被告は、裁判所に10件の新たな証拠を提出することにより、被告が使用している技術が従来技術であることを証明しようとした。裁判所は、審理を経て、被告の提出した新たな証拠について、次のとおり認定した。
証拠1と証拠3、証拠6において開示された構成要素と権利侵害被疑製品における構成要素は異なる。証拠2の公開日は、係争特許の出願日以降であるので、証拠2は、従来技術の抗弁の対比文書として使用できない。証拠4は、国家基準と業界基準であり、完全な構成要素を開示していない。証拠5は、国家知的財産権局特許審判委員会第12517号無効審判審決書であるが、当該証拠は、係争特許の一部が無効であることのみを証明し、侵害被疑技術が従来技術に属することを証明するものではない。証拠7は、製品索引文書であるものの、証拠8は証拠7が特許出願日前に印刷されたことを証明できず、かつ当該製品索引は出版物ではないので、当該両証拠は、公衆が知り得る出版物に該当せず、従来技術の対比文書とすることはできない。証拠9と証拠10は、その真実性を確認できないので、事件に対する判定根拠にならない。
上記をまとめると、被告の提出した関連証拠は、権利侵害被疑製品に表れている構成要素が従来技術であることを証明していないので、被告による従来技術の抗弁は成立せず、上訴を棄却し、原審判決を維持するとする終審判決を言い渡した。
Ⅲ 分析
本事件を通じて、従来技術の抗弁が成立するか否かのキーポイントは、完全に権利侵害被疑者による挙証であることが分かる。しかし、数多いその他の類似事件を調べてみても、権利侵害被疑者が従来技術の抗弁によって勝訴した事件はほとんどない。多くの事件では、権利侵害被疑者の従来技術に対する理解に偏りがあり、かつ、当該侵害被疑者が提出する関連証拠の証明力は強くなく、又は瑕疵を有するため、結局、裁判所に採用されない。本事件において、被告が提出した証拠が裁判所に採用されなかった原因は、いずれも当該証拠に一定の欠陥が有り、一部の証拠が証明しようとするものが被疑技術の構成要素ではなく、若しくは公開日が特許出願日より後であり、又は出版物に属しないからである。したがって、従来技術の抗弁制度について、全面的に理解することが必要である。
1.従来技術の意味と範疇
「特許法」第22条第5項には、「本法にいう従来技術とは、出願日前に国内外において公衆に知られている技術をいう。」と定められている。ここで説明したいのは、「従来技術」は、新「特許法」において明確に導入され、かつ、定義を加えた概念であるが、旧「特許法」第22条に使用されているのは「従来の技術」である。新特許法における「従来技術」の概念は、旧「特許法」における「従来の技術」が覆う範囲(出願日前に国内外の出版物に公に発表され、国内において公に実施又はその他の方法で公衆に知られている技術)より広いものの、本事件における証拠はいずれも出版物であるので、本事件の判決は、旧「特許法」などの法律法規に基づいて言い渡した判決であったとしても、「特許法」における上記の改正は、本事件の判決に対し実質的な影響を与えていない。
新「特許法」の上記の規定に基づき、従来技術は、次の2つの法的特徴を有している。
①「従来技術」とは、現在存在する技術を指すのではなく、「特許出願日前にすでに存在する技術」を指している。したがって、「従来」とは、特許出願行為に対して言っている。これは、明らかに技術が誕生した時点に対する特殊な要求である。従来技術の誕生が特許出願日より遅い場合、当該技術内容の如何にかかわらず、特許審査官又は裁判官は、それを考慮しない。
②当該技術は、公に発表され又は公に使用されるなどにより、公衆に知られている状態にある。ただし、ここでいう「公衆に知られている」とは、次の2つの意味を有する。
a)「公衆」とは、秘密保持義務を負わない非特定の者を指す。秘密保持義務を負う特定の者に知られている場合は、「公衆に知られている」に該当しない。
b)「公衆に知られている」とは、「人々が知ろうとした際に知りえる」条件のみを具備すれば済み、公衆がすでにかかる技術を理解・掌握していることを要しない。
話題を上記の事件に戻すと、被告が二審で提出した証拠2は、公開日が係争特許の出願日以降であるので、従来技術の「従来」という法的特徴に合致せず、従来技術の抗弁の対比文書とすることができない。そして、証拠7と証拠8は、公衆が知り得る出版物に該当しないので、従来技術における「公衆に知られている」という法的特徴に合致せず、従来技術の抗弁の対比文書とすることはできない。
2、従来技術の挙証
(1)挙証責任
従来技術は、特許権者に対抗する抗弁であるので、権利侵害被疑者が提出すべきであり、裁判所は自ら進んで調査する義務を有せず、職権により調査をすることもできない。挙証責任は主張する側にあるとの原則に基づき、従来技術の挙証責任は、権利侵害被疑者が負うが、挙証不能の場合は、不利な結果に対して責任を負わなければならない。
(2)証拠類型
従来技術の抗弁が成立するか否かのキーポイントは、権利侵害被疑者による挙証である。従来技術を証明できる証拠には、出版物、使用による公開事実及び公衆に知られているその他の方法が含まれる。
①出版物
「特許法」にいう出版物とは、技術又はデザイン内容を記載し、独立して存在する伝達担体を指す。しかも、公に発表又は出版された期日を表明し、若しくは証明できるその他の証拠を有しなければならない。上記に合致する出版物には、次の三種類が含まれる。
a)印刷・タイプされた紙文書 たとえば、特許文献、科学技術雑誌、学術論文、専業文献、教科書、技術ハンドブック、正式に公布された議事録又は技術報告書、新聞、製品サンプル、製品目録、広告宣伝パンフレットなど
b)視聴資料 たとえば、圧縮フィルム、ビデオテープ、ディスクなど
c)インターネット又はその他のオンラインデータベース形式で存在する文書などである。
②使用による公開事実
使用による公開とは、使用により構成要素が公開されること、又は構成要素が公衆の知り得る状態に置かれていることを指す。使用による公開の方法には、公衆が知り得る技術内容の製造、使用、販売、輸入、交換、贈与、デモンストレーション、展示などの方法が含まれる。しかし、上記の方法においては、いかなる技術内容に係る説明も提示していないので、当業者は、当該技術の構造及び機能又は材料成分の製品に関する展示を知り得ず、使用による公開に該当しない。
③公衆に知られるその他の方法
公衆に知られるその他の方法とは、主にラジオ、テレビ、映画などを通じて公衆に技術内容を知らせる方法を指す。
上記の事件において、被告が提出した証拠1、証拠3及び証拠6は、出版物中の特許文献に該当するため、証拠自体としては、いずれも何らの瑕疵も有しない。前記の証拠により開示される構成要素と権利侵害被疑製品の構成要素が同一ではないので、裁判所に採用されなかったのである。
④従来技術の抗弁の対比
従来技術の抗弁の重点は、侵害被疑技術と従来技術間の関係に対する考慮にある。当該重点について、最高裁は、2009年12月28日に頒布した「特許権侵害紛争事件の審理における法律適用上の若干の問題に関する解釈」(以下、「司法解釈」という)において、次のように解釈している。
第14条第1項
「特許権の保護範囲に属すると訴えられている全ての技術的特徴が、従来技術の構成要素における対応する技術的特徴と同一又は実質的差異を有しない場合、裁判所は、権利侵害被疑者が実施した技術は特許法第62条に定めた従来技術に該当すると認定すべきである。」
実際上、上記の規定に表れている法律方針は、すでに司法実務において体現されており、上記の事例は当該法律方針を示している。本事件において、裁判所は、権利侵害被疑技術の全ての技術的特徴と従来技術の対応する技術的特徴について対比を行い、それにより権利侵害被疑技術が従来技術に該当しないと認定した。裁判所が判決を言い渡したときには、当該「司法解釈」は未だ公布されていなかったものの、裁判所が従来技術の抗弁について判断する際に採用した対比方法は、完全に「司法解釈」の規定に合致している。当該規定に基づき、従来技術の抗弁の対比を行う際には、次の3つにも注意を払わなければならない。
①当該項における「特許権の保護範囲に属すると訴えられている被告の全ての技術的特徴」とは、権利者が訴えた権利侵害被疑技術の構成要素の技術的特徴をさすが、当該特徴が特許権の保護範囲に入るか否かは、従来技術の抗弁に対する認定に影響を与えない。すなわち、従来技術の抗弁が成立するか否かは、権利侵害被疑技術の構成要素が特許権の保護範囲に入ることを前提として判断するのではなく、権利侵害被疑技術と従来技術を対比することにより判断し、かつ、従来技術の抗弁の成立は、係争特許の有効性に影響を与えない。
②自由裁量権の行使を規範化し、司法尺度を統一するために、「司法解釈」には、権利侵害被疑者の主張する従来技術又は従来意匠の抗弁にて引用する構成要素又は意匠に対しその1つに限定する。すなわち、1つの構成要素又は意匠に該当しないその他の特徴の組合せについては認めない。ただし、これらは、当事者が無効審判手続きにおいて当該証拠に基づいて特許権の無効を主張することを妨げない。これは、「特許審査基準」における特許新規性審査の単独対比原則に類似する。すなわち、従来技術の抗弁の対比を行う際に、権利侵害被疑技術の全ての技術と各従来技術を単独で対比すべきであり、複数の従来技術又は対比書類における多種類の構成要素からなる組合せと対比してはならない。
③発明及び実用新案特許権の侵害訴訟における従来技術の抗弁に対する認定は、特許権の保護範囲に入る技術的特徴と対比を行うのは従来技術における対応する技術的特徴であって、従来技術の構成要素の技術的特徴ではない。すなわち、権利侵害被疑技術の全ての技術的特徴と従来技術の構成要素における対応する技術的特徴が同一又は実質的に同一である場合、権利侵害被疑技術の構成要素が従来技術に該当すると認定する。しかし、従来技術の構成要素と権利侵害被疑技術の構成要素は、同一の技術主題でなければならず、さもなければ、対比する技術的特徴が同一又は実質的に同一であるとしても、これのみにより従来技術の抗弁が成立すると認定することは出来ない。
Ⅳ まとめ
上記をまとめると、裁判所は従来技術と特許技術との比較した後、侵害になるか否かを判断する。従来技術の抗弁権は、権利侵害被疑者の重要な権利であり、権利侵害被疑者は、挙証の際に法律及び司法解釈の関連規定に基づき、有効な証拠を提出し、かつ裁判所に認められる証拠を提出しなければならない。
(2010)