北京林達劉知識産権代理事務所
2010年1月1日から施行された「特許権紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈(法解釈(2009)21号)」(以下、「司法解釈」という。)において、第11条は以下のとおり規定されている。
「第11条
裁判所は、意匠の類否判断を行うとき、登録意匠、侵害被疑意匠の創作の特徴に基づき、意匠の全体の視覚的効果から総合的に判断するものとする。主に技術的機能により決定される創作の特徴、および製品の材料、内部の構造等のような、全体の視覚的効果に影響を及ぼさないものは、考慮すべきでない。
通常、
(1)製品の通常使用時に直接観察されやすい箇所は、その他の箇所と比較して、
(2)登録意匠における公知意匠との相違点となる創作の特徴は、登録意匠におけるその他の創作の特徴と比較して、意匠の全体の視覚的効果に対してより影響がある。
侵害被疑意匠と登録意匠との全体の視覚的効果に相違がない場合、裁判所は両者が同一であると認定するものとする。全体の視覚的効果に実質的相違がない場合、両者が類似すると認定するものとする。」
このように、意匠紛争事件の類否判断に関するそれまでの「全体の視覚的効果から総合的に判断する」という原則は最高裁判所に維持されているが(第11条)、この原則に新しく加えられた内容がある。それは、「登録意匠における公知意匠と相違する創作の特徴は、登録意匠におけるその他の創作の特徴と比較して、意匠の全体の視覚的効果に対してより影響がある」という点である。
この司法解釈の第11条に規定する意匠の類否判断の手法については、侵害被疑意匠が登録意匠における公知意匠と相違する創作の特徴を有するか否かのみによって登録意匠との類否判断を行うことができるのか、公知意匠は裁判官が職権によって提示するのか、それとも当事者が挙証するのか、さらには、全体の視覚的効果から総合的に判断する原則とどのように係わってくるのか、という疑問を持っている関係者は少なくない。以下、これらの疑問点について筆者の見解を述べる。
長期にわたり、意匠の類否判断の手法について、中国の意匠の実務業界では、意匠の主要部位を比較するのか、それとも登録意匠の創作の特徴、換言すれば公知意匠と相違する創作の特徴を比較するのか、という議論は断え間なくが続いている。このような議論は、最初2001年版中国審査基準に確立された「要部判断」の手法に表されている。この議論の中、2002年、あるオートバイの後部の物置箱の意匠に関する侵害及び有効性判断事件において、裁判所と特許審理委員会からまったく逆な結論が出されることになった。このような解釈上の異論があるため、法律の適用が定まっていないという問題があった。そこで、2006年版の中国審査基準において、「要部」という概念が廃止され、「全体の視覚的効果から総合的に判断する」という原則が確立された。この原則は今でも用いられており、裁判所および特許審理委員会を含む中国の意匠の実務業界に受け入れられている。
ただし、登録意匠の創作の特徴、換言すれば公知意匠と相違する特徴が意匠の類否判断を左右する観点は依然として存在していることにも気付いた。例えば、「特許権紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈」の意見募集稿の第12条には以下のように規定されている。
「第12条
裁判所は、意匠の類否判断を行うとき、意匠の全体の視覚的効果に基づき、意匠特許権の権利範囲に含まれたすべての創作の特徴を総合的に考慮するものとする。ただし、製品の技術的機能を実現するために採用できる唯一の意匠の特徴、および製品の材料、内部の構造等のような、全体の視覚的効果に影響を及ぼさないものは、考慮すべきでない。
全体の視覚的効果が、関係公衆に侵害被疑意匠と登録意匠とを混同させる場合、裁判所は侵害被疑意匠が登録意匠に類似すると認定するものとする。侵害被疑意匠が登録意匠の創作の要点を含まない場合、全体の視覚的効果が関係公衆に侵害被疑意匠と登録意匠とを混同させるおそれがないと認定するものとする。
前項にいう創作の要点とは、登録意匠の、従来の意匠と比較して関係公衆に顕著な視覚的影響を与え得る創作の特徴をいう。裁判所は意匠の簡単な説明を参照にして創作の要点を判断することができる。」
上記の規定によれば、「侵害被疑意匠が登録意匠の創作の要点を含まない場合、全体の視覚的効果が関係公衆に侵害被疑意匠と登録意匠とを混同させるおそれがないと認定する」、つまり類似しないと見なされる。換言すれば、類否判断において、ほかの創作の特徴が全体の視覚的効果に与える影響を考慮する必要はない、ということであり、この観点は現在認められている「全体の視覚的効果から総合的に判断する」原則に抵触している。それゆえ、2009年12月末に正式に頒布された司法解釈において、上記規定は削除された。その代わりに、司法解釈第11条には、上述の新しい内容を含む「全体の視覚的効果から総合的に判断する」原則が規定されている。
該司法解釈の意見募集稿の第12条に関する裁判所の修正から、侵害被疑意匠が登録意匠における公知意匠と相違する創作の特徴を有するか否かのみによって、侵害被疑意匠と登録意匠との類否判断を行うことができないことが分かる。
通常、意匠の創作の特徴、つまり登録意匠における公知意匠と相違する創作の特徴は、その他の創作の特徴と比較して、意匠の全体の視覚的効果により影響があるため、より重要視すべきである。ただし、意匠の類否判断における基本的基準は全体の視覚的効果にある。したがって、侵害被疑意匠が、この創作の特徴を有するのみで、登録意匠と類似すると判断することはできず、侵害被疑意匠が、この創作の特徴を有しないことのみで、登録意匠と類似しないと判断することもできず、最終的な判断は、全体の視覚的効果に相違があるか否かによって判断すべきものとなる。
新司法解釈が実施された後、裁判所から若干の判決が出された。判決にかかる侵害行為が改正特許法発効以前のものであるため、上述の判決は依然として改正前の特許法を適用するが、これらの判決から、新司法解釈に確立された類似判断の手法が侵害審理に適用される動向が窺われる。以下、2件の典型的な判例を挙げて分析する。
判例1:福安市博捷電子有限公司と上海栄泰健身科技発展有限公司との意匠権紛争上訴事件(2009)浙知終字第177号
事件の経緯:原審の原告である上海栄泰健身科技発展有限公司(以下、「原告」という。)は2006年12月29日に「マッサージチェア(豪華型)」の意匠(以下、「本件意匠」という。)を出願し、2008年1月9日に意匠権を取得した。意匠権の有効期間において、原告は原審の被告である福安市博捷電子有限公司(以下、「被告」という。)によって製造された豪華多機能マッサージチェア(以下、「イ号製品」という。)が原告の上記意匠権を侵害することを発見し、侵害訴訟を提起した。事件の審理期間において、被告は先行意匠1で国家知的財産権局の特許審理委員会に対して本件意匠の無効請求を行った。特許審理委員会は審理を経て、意匠権は有効であると判断した。裁判所の審理を経て、一審裁判所は被告の侵害行為が成り立つものと判定し、二審裁判所は当初の判決を維持した。
争点:本件意匠の創作の特徴は類否判断に対してどのように影響するのか。
この事件において、特許審理委員会による意匠権の有効性を維持する第13126号審理決定によれば、一般消費者はマッサージチェアを区分するとき、主に慣用設計以外の創作の内容に注目する。慣用設計を除き、本件意匠の公知意匠と相違する創作の特徴は両側の板の形状にある。この創作の特徴は全体の視覚的効果に対して顕著な影響を与えるため、本件意匠が有効であるとされた。
終審裁判所は、「本件意匠と先行意匠との顕著な相違は本件意匠の創作の特徴となる」と判断する。無効審判における当事者の主張および特許審理委員会の認定に基づいて、裁判所は、本件意匠における創作の特徴が「両側の板の形状」にあると認定した。そして、イ号製品と本件意匠の各創作の特徴を比較したうえで、終審判決書においては、「イ号製品の全体の外観、特にその両側の板の形状と本件意匠とは顕著な相違を有せず、一般消費者にとって、混同または誤認しやすいものであり、両者は類似し、イ号製品は本件特許の権利範囲に属すと認定するものとする」と判決した。
この判例から、以下のことが分かる。
1.創作の特徴は全体の視覚的効果に影響を与える重要な要素であるが、意匠の類否判断における基本的基準は全体の視覚的効果にある(イ号製品の全体の外観、特に両側の板の形状と本件意匠とは顕著な相違を有しない)。
2.登録意匠と侵害被疑意匠との類否判断において、当事者が公知意匠を引用する場合、公知意匠と相違する創作の特徴について、当事者が挙証・質証したうえ、裁判所は類似するか否かを認定する。通常、裁判所は公知意匠を職権で引用することなく、または当事者に公知意匠を提出するよう要求することもない。
判例2:仏山市順徳区新生源電器有限公司が上海美欣塑胶製品有限公司を訴える意匠権侵害紛争事件(2007)滬一中民五(知)初字第285号
事件の経緯:原告である仏山市順徳区新生源電器有限公司(以下、「原告」という。)は名称「フォースドファン」の意匠権を有する。原告は、意匠権の有効期間において、被告である上海美欣塑胶製品有限公司(以下、「被告」という。)によって製造されたフォースドファンが原告の意匠製品の外観に一致することを発見し、侵害訴訟を提起した。事件の審理期間において、被告は国家知的財産権局の特許審理委員会に対して本件意匠の無効請求を行った。特許審理委員会は審理を経て、意匠権は有効であると判断した。さらに裁判所では、全体の視覚的効果から、イ号製品は原告の意匠の図面に類似し、原告の意匠権の権利範囲に属すと判決した。
争点:イ号製品は本件意匠の簡単な説明に記載の内容を有しない場合、必ず侵害とならないのか。
本件において、原告の本件意匠の簡単な説明には「本意匠の殻体が透明材質である」と記載されている一方、イ号製品は不透明なプラスチック材質である。それゆえ、被告はイ号製品が本件意匠に類似しないと主張した。裁判所は、類否判断において、本件意匠の図面に示される創作の各構成要素を比較して、イ号製品の意匠が各構成要素上、原告意匠に類似すると認定した。本件意匠の簡単な説明に記載の「本意匠の殻体が透明材質である」が、全体の視覚的効果に対して顕著な特徴を有するという被告の主張について、裁判所は、「簡単な説明は、意匠製品の創作の特徴、省略図、およびかかる色彩などに関する簡潔な記述である。原告の本件意匠の簡単な説明には、「本意匠の殻体が透明材質である」などの内容が記載されているが、両者の各構成要素における類似性を総合的に考慮すると、簡単な説明の記載は、原告意匠製品の図面に類似するか否かの判断に影響を与えない。」と認定した。
この判例から以下のことが分かる。
イ号製品が本件意匠の簡単な説明に記載の内容を含まないとしても、本件意匠に対する侵害となる可能性がある。イ号製品が簡単な説明の記載の内容を有しない場合、全体の視覚的効果から総合的に判断して、相違しているか否かが類否判断のポイントとなる。
以上は、現在施行されている司法解釈の類否判断についての疑問点に関する筆者の見解であり、上述の分析によって、出願人が類否判断の原則をよりよく把握できれば幸いである。
中国は判例法の国ではないため、上述の判例はあくまでも参考事例に止まるものである。意匠権者および一般消費者が意匠権の行使に対してより合理的、明確的に予測できるように、司法部門が司法解釈において意匠侵害事件の判定方針を表す具体的な対比原則をさらに明確にすることを期待する。
(2010)