外国企業が投資・建設する工場の規模がますます増大するのに伴い、外国企業は、中国における特許権の権利行使に注目するようになってきている。それと同時に、企業間の特許侵害紛争事件もしだいに増加してきている。特許侵害で訴えられると、多くの企業は、対象特許について特許審判委員会に無効審判を請求することにより反撃する。このように、侵害が主張された特許権を無効にするのは、侵害訴訟を回避するための有力な武器となっている。このような状況において、中国の無効審判手続きを如何に運用するかという課題は、各企業の大きな関心事となっている。外国企業が中国における特許の無効審判手続きについてより深く理解することができるように、本稿では中国における特許無効審判手続きの注意点を簡単に説明する。
I. 無効審判請求人の主体資格
中国特許法第45条により、いかなる組織または個人(特許権者も含む。ただし、無効審判請求人が特許権者である場合には、審査基準に限定要件が規定されている。すなわち、「特許権者が自己の特許権につき自ら無効審判を請求し、かつ特許権の全部について無効審判を請求している場合、提出された証拠が公開出版物でない場合、または、請求人が共同特許権者の全員でない場合、特許審判委員会はこれを受理しない(中国審査指南第四部分第三章3.2節))も、ある特許権について、特許審判委員会に無効審判を請求することができる。したがって、特許法には、無効審判請求人の主体資格について制限されていない。民事主体資格を有する自然人、法人、およびその他の組織はいずれも請求人になり得る。
経営活動において、各企業はライバルにもなれば、パートナーにもなる。現実的には、自社の製造・販売予定または製造・販売中の商品が、他社の特許権の権利範囲に含まれており、侵害訴訟を提起されるおそれがある場合、ほとんどの会社は、第三者の名義で当該特許権について無効審判を請求する。そのメリットとして、特許権者から侵害訴訟を提起され、裁判に陥ることを防止できる点、また、特許権を無効にすることができなかった場合には、商品の設計変更や製造中止など、侵害訴訟が提起される前に、自ら対策を講ずることができ、それにより侵害を回避できる点が挙げられる。
II. 無効審判請求の理由について
特許法実施細則第64条第2項により、無効審判請求の理由は、主にクレームの新規性、進歩性および産業上の利用可能性の欠如、重複登録、明細書またはクレームの記載要件違反(必須要件の欠如、サポート要件違反、明細書の開示不十分など)、特許請求の範囲および明細書の補正要件違反(補正が出願当初の記載範囲を超えること)、または特許法第5条(社会道徳に違反し、または公共の利益を害する)、第25条(除外項目)の規定に属するか、または第9条(先願)の規定により特許権を取得することができないことなどである。
無効審判を請求する際には、上記条項に掲げられた理由のうちのどれを無効理由にするか、どのクレームが無効理由を有するかを明示の上、なぜそのクレームが当該条項に適合しないかを具体的に説明する必要がある。中国特許審査基準によれば、請求人が無効審判請求理由を具体的に説明していない場合、証拠を提出したものの証拠のすべてに応じて無効審判請求理由を具体的に説明していない場合、または、各理由に対応する証拠を明示していない場合、特許審判委員会は、その無効審判請求を受理しない。
例えば、請求人がある特許について特許法の条項Xに適合しないと主張するだけで、その他の説明をしていない場合、または、分析もせずに、クレームが証拠1と証拠2に対して進歩性を有しないと主張するだけの場合、特許審判委員会は、その無効審判請求を受理しない。たとえ受理したとしても、そのような請求は審査手続きにおいて審理されず、直接却下される。
また、請求人は、無効理由の根拠となる事実を指摘するだけではなく、条項を結びつけて分析・論証しなければならない。具体的には、無効審判請求理由に関する説明は、①どのクレームを無効とするよう請求するか、②どの条項が法的根拠になるか、③なぜ上記クレームが上記条項に適合しないか、を含む必要がある。少なくとも、なぜ上記クレームが上記条項に適合しないかを、当該分野の技術常識を有し、かつ特許知識も身に付けているような人に十分理解してもらえる程度まで詳しく説明する必要がある。
もちろん、無効審判請求理由に関する説明をどこまで詳しく記載するかは、具体的な状況により、ケースバイケースである。無効理由も証拠も十分にあり、対象特許を無効にすることができる可能性が高い場合には、詳しければ詳しいほど好ましい。一方、無効理由がそれほど十分ではない場合には、あまり詳しい説明をするとかえって特許権者に有利になるおそれがある。
III. 無効審判手続きにおける理由または証拠の補充
無効審判の理由または証拠の補充については、特許権者がクレームを補正した場合に、請求人が補正後のクレームについて指定された期間内に無効審判の理由または証拠を補充できるが、このような一定の例外を除いて、無効審判の請求人は、無効審判の理由または証拠を補充しようとするときは、無効審判を請求した日から1ヶ月以内に行わなければならない。そして、次に掲げるようなケースも無効審判の理由または証拠の補充として取り扱われるので、注意しなければならない。
1. 請求人は、無効審判を請求する際に、クレーム1の構成要件Aは不明瞭であり、特許法実施細則第20条第1項に規定する要件を満たしていない、と主張した。無効審判を請求した日から1ヶ月経過後(例えば、口頭審理の際に)、請求人はまた、クレーム1の構成要件Bも不明瞭である、と主張した。特許審判委員会は、「クレーム1の構成要件Bが不明瞭である」という主張は理由の補充に該当すると判断し、それを考慮しなかった。
2. 請求人は、無効審判を請求する際に、クレーム1の構成要件のすべてが証拠Xの部分Aに開示されているので、新規性を有しない、と主張した。無効審判を請求した日から1ヶ月経過後(例えば、口頭審理の際に)、請求人はまた、クレーム1の構成要件のすべてが証拠Xの部分Bにも開示されているので、新規性を有しない、と主張した。特許審判委員会は、部分Bが部分Aの説明である場合を除き、「クレーム1の構成要件のすべてが証拠Xの部分Bに開示されているので、新規性を有しない」という主張は理由の補充に該当すると判断し、それを考慮しなかった。
3. 請求人は、無効審判を請求する際に、クレーム1は証拠1と証拠2との組合せに対して進歩性を有しない、と主張した。無効審判を請求した日から1ヶ月経過後(例えば、口頭審理の際に)、請求人はまた、クレーム1は証拠1と証拠3との組合せ、または証拠3と証拠4との組合せ(注:証拠1~4はすでに無効審判請求時に提出されたものである)に対しても進歩性を有しない、と主張した。特許審判委員会は、「クレーム1は証拠1と証拠3との組合せ、または証拠3と証拠4との組合せに対して進歩性を有しない」という主張は理由の補充に該当すると判断し、それを考慮しなかった。
事例1: 特許審判委員会第9817号無効審判請求判決
請求人は、無効審判を請求する際に、次のとおり無効理由を主張した。
「(3)本発明の目的は、精密に計量でき、かつ空にする性能に優れたチオトロピウム粉末製剤を提供することにあるが、請求項1に特定された平均粒径が異なる複数の賦形剤のうち任意に二種混合したものすべてが粉末の高度な均一性を満たすわけではない。したがって、請求項1は必須要件を欠いている。請求項18、19、及び21は、請求項1または2の吸入可能な粉末剤をどのようにして本件特許の目的を実現できる医薬組成物及びカップリング剤に作り上げるかについて、さらに限定していない。請求項20は、粉末をどのように処理すれば高度に均一なものが得られるかについて、さらに限定していない。請求項2~17は、直接または間接的に請求項1を引用しているので、請求項1~21は、特許法実施細則第21条第2項の規定に合致しない。・・・・・・(2)明細書には、実施例における活性成分の具体的な粒度が明記されておらず、得られた製品がどのような精密計量性を有し、化合物の量と臭化チオトロピウム(Tiotropium bromide hydrate)の量が各バッチの間でどのように変化が少ないかについて説明されていない。また、どのようにして空にする性能を上げるか、及びどのようにして高い吸入比で活性物質を施すかということも記載されていない。それゆえ、当業者は、得られた製品が本願の予想効果を収めることができるか否かについて判断できない。・・・・・・したがって、明細書は特許法第26条第3項の規定に合致しない。請求人は、口頭審理において、さらに次のとおり主張した。すなわち、請求項1~21は賦形剤の流動性に関する記載がないので必須要件を欠いており、特許法実施細則第21条第2項の規定に適合しない。また、明細書に「平均粒度」という不明確な概念が記載されているので、本発明は実施できず、特許法第26条第3項の規定に合致しない。」
合議体は口頭審理時に、「請求人が口頭審理の際に新たに提示した特許法第26条第3項および特許法実施細則第21条第2項に係る主張は、理由の追加または証拠の補充をすることができる期間を過ぎてなされたものであり、特許法実施細則第66条に規定する要件を満たしていない。そのため、当該主張を考慮しないことにする。」と双方の当事者に告知した。
本審決例に関する検討:請求人は無効審判を請求する際には、無効理由の根拠となる事実をすべて請求書に記載すべきである。例えば、クレームが進歩性を有しないと主張する場合、証拠間のあらゆる可能な組合せを記載すべきである。そうしないと、後に有利な組合せを追加することはできない。逆に、特許権者は、請求人が新しい主張を追加していないかを特に注意する必要があり、不利な新主張を認めるべきではない。
なお、特許審判委員会の規定によれば、請求人が証拠となる特許番号または名称に言及しているが、特許文献を提出しない場合には、当該特許文献は考慮されない。具体的には、
① 請求人が証拠となる引用文献の全文を提出しない場合、合議体は当該引用文献の全文を自ら調べず、請求人が提出した関係頁のみに基づいて審理する。
② 合議体は、無効審判の請求日から1ヶ月経過後に請求人が補充した引用文献のその他の部分を考慮しない。
③ ただし、口頭審理終了前に請求人が提出した特許文献の書誌事項頁または書証の奥付は新しい証拠とみなされないので、合議体はそれを考慮する。
したがって、請求人は証拠を提出する際、証拠の完全性に注意すべきである。また、外国語証拠を提出する場合、後に使用される可能性のある部分をすべて翻訳すべきである。さもないと、請求日から1ヶ月経過後に、当該証拠の未翻訳部分を利用することはできなくなる。
IV. クレームの補正
審査基準の規定によれば、無効審判手続きにおいて、特許権者は一定期間内にクレームを補正することができる。ただし、この補正は、①クレームの削除、②クレームの併合、③発明の削除に限られる。
クレームの削除とは、特許請求の範囲から一または複数の独立クレームまたは従属クレームを削除することである。
クレームの併合とは、従属関係がなく、同じ独立クレームに従属する二または二以上のクレームを組み合わせて新たなクレームを作成することである。
発明の削除とは、同じクレームにおける並列する二以上の発明から一または一以上の発明を削除することである。
事例2: 特許審判委員会第10354号無効審判請求判決
この無効審判では、特許権者はクレームを補正した。当初登録公告された特許請求の範囲は以下のとおりであった。
「【クレーム1】Cu0.1~2重量%、Ni0.002~1重量%、残部Snからなることを特徴とする無鉛はんだ合金。
【クレーム2】Cuが0.3~0.7重量%の範囲であるクレーム1記載の無鉛はんだ合金。
【クレーム3】Niが0.04~0.1重量%の範囲であるクレーム2記載の無鉛はんだ合金。」
請求人は、クレーム1と2は新規性を有しないと主張し、証拠を提出した。そこで特許権者は、請求人が提出した証拠に対して新規性を有するように、クレームを以下のとおり補正した。
「【クレーム1】Cu0.3~0.7重量%、Ni0.002~1重量%、残部Snからなることを特徴とする無鉛はんだ合金。
【クレーム2】Niが0.04~0.1重量%の範囲であるクレーム1記載の無鉛はんだ合金。」
これについて、合議体は次のとおり認定した。
クレームの中の数値範囲はそれぞれ独立した無数の点の集合ではなく、1つの全体的な発明である。そのため、数値範囲の一部を削除すれば、当該クレームに係る発明も変わってしまう。また、その変わった発明が登録公告された特許請求の範囲に記載されていないので、当初の特許請求の範囲の開示範囲を超えることとなる。すなわち、数値範囲の一部を削除することは、構成要件の補正であり、審査基準に規定する「発明の削除」に該当しない。したがって、上記補正後のクレームは、登録公告されたクレームに比べて、審査基準に規定する「クレームの削除」、「クレームの併合」、「発明の削除」のいずれにも該当しないため、その補正を認めない。
本判例に関する検討:無効審判手続き過程において、特許権者は、クレームを補正することができるが、補正後の特許請求の範囲が原特許権の特許請求の範囲を超えてはならないとかなり厳しく制限されている。そのため、特許請求の範囲の作成に際しては、あらゆる可能な構成要件を従属クレームとして作成することにより、後の手続きのために補正の余地を残しておくべきである。
V. 外国証拠および香港、マカオ、台湾で作成された証拠の公証、認証について
中国審査基準の規定によると、外国証拠とは、中華人民共和国の領域以外の地域で作成された証拠をいう。外国証拠および香港、マカオ、台湾で作成された証拠が以下の場合には、公証、認証を得る必要はない。
1. 香港、マカオ、台湾以外の中国国内の公共ルートにより入手できる証拠である場合。
2. 当該証拠の真実性がその他の証拠により証明できる場合。
3. 相手方当事者が当該証拠の真実性を認めた場合。
公証、認証の意味は、証拠の真実性を確認することにある。それゆえ、コピーが原本と一致するという旨の公証、認証の結論は多くの場合には意味がない。なぜなら、原本自身の真実性が確認されていないからである。
事例3: 特許審判委員会第5424号無効審判請求判決
この例は外国証拠の公証、認証に関わる。無効審判において、請求人が提出した証拠2~6は外国の公開出版物である。請求人は口頭審理時に証拠2~6の原本を提出したが、公証、認証の文書を提出しなかった。証拠2~6の真実性を疑った被請求人は、請求人はその外国語の原本を提出したものの、証拠2~6は外国で作成されたものなので、関係機関により公証、認証されないと、証拠として使用すべきでないと主張した。これについて、合議体は、請求人は証拠2~6の公証、認証の文書を提出しておらず、証拠2~6の真実性を証明するためのその他の証拠も提示しておらず、証拠2~6の真実性を証明する証拠がないので、証拠2~6を認めないと認定した。
その後、請求人は審決取消訴訟を提起したが、一審裁判所は、証拠2~6について特許審判委員会の認定を支持し、「原告(請求人)は外国で作成された証拠2~6について公証、認証の手続きを行っておらず、その真実性を証明できる証拠を提出していないので、証拠2~6を認めないという被告(特許審判委員会)の判断は法に適合する。」と認めた。
この例のポイント:この例は特許審判委員会が数年前に下した審決である。公証、認証の手続きを行っていないので、その証拠を認めないという特許審判委員会の判断は一審裁判所に支持された。
一方、外国証拠であっても、その真実性が確認できれば、公証、認証を得る必要はない。
事例4: 特許審判委員会第8093号無効審判請求判決
当該審決は、公証、認証を必要としない外国証拠に関わる。当該無効審判において、請求人は、外国語の定期刊行物を証拠として提出した。請求人は、当該証拠について公証、認証の手続きを行っておらず、当該刊行物の原本も提出していないが、その真実性を証明するものとして、口頭審理時に「中国国家図書館外借組館際互借章」という印鑑が押された証拠1の資料および中国国家図書館の領収証を提出した。被請求人は、証拠1の真実性および合法性について異議を申し立てた。具体的には、①それが外国証拠であるにもかかわらず、公証、認証の手続きを行っていない、②証拠1のコピーが鮮明ではないと指摘した。これに対して、合議体は、「証拠1は外国語の雑誌であり、外国で作成されたものであるが、中国国家図書館という公共機関を介して、国際的な図書館間の相互賃借という広く利用されている制度により、だれでも中国国内で当該雑誌を容易に入手することができる。当該証拠の入手ルートから見れば、それは中国国内の関係機関を通して入手できるものである。また、請求人は証明資料を提出している。したがって、公証、認証を得る必要はない。被請求人は証拠1の真実性について異議を申し立てたが、証拠1が真実のものでないことを証明するための十分な反対理由または反証を提出していない。それゆえ、証拠1は真実のものであり、本件請求の証拠として使用することができる。」と認定した。
一審裁判所は、合議体の上記認定に同意し、「「証拠規則」第11条は、「当事者が裁判所に提出した証拠が中華人民共和国の領域以外の地域で作成されたものである場合は、当該証拠は、所在国の公証機関により証明され、かつ、当該国における中華人民共和国領事館により認証され、または中華人民共和国と当該所在国とが締結した関係条約に定められた証明手続きを行うべきである。」と規定している。その立法趣旨は、証拠の真実性を確認することにある。本件の事実から見れば、第一に、図書館間の相互賃借は現在、中国国家図書館を含む多くの図書館で広く利用されている賃借制度である。本件には証拠1が中国国家図書館から入手されたものであることを証明する証拠がある。すなわち、だれでも中国国内で公共の、かつ、通常のルートにより証拠1を入手することができる。第二に、中国国家図書館と当該外国図書館は文献資料を提供する公共機関である。当該両図書館が本件と利害関係があること、または虚偽の資料を提供した可能性があることを示す証拠はない。したがって、第三者(請求人)が提出した証拠1は、その形式から真実のものであることを確認することができ、「証拠規則」の規定に抵触しない。また、原告(被請求人)が証拠1の真実性および刊行年月日を疑う場合には、図書館から当該雑誌を借りることができるかどうかを同じ方法により検証することができる。にもかかわらず、原告は反証または十分な反対理由を提出していないので、証拠1の真実性を確認することができる。なお、証拠1は、科学技術系の雑誌であり、そのヘッダーに国際共通の記載方法により刊行年月日が記載されている。国内外の定期刊行物・雑誌の刊行慣例から、証拠1の刊行年月日を確認することができる。いかなる反証も提出していない原告の、証拠1の刊行年月日に対する異議は、根拠が欠如している。」と認定した。
中国最高裁判所が2007年1月17日に公布した「知的財産権関連の裁判を全面的に強化し、革新型国家の建設に司法的保証を提供することに関する最高裁判所の意見通知」第15条は、「外国で作成された公開出版物等の、一応その真実性が直接確認し得る証拠資料について、相手方当事者がその真実性に対して効果的な異議申立を行い、挙証側が効果的に反論することができなかった場合を除き、公証、認証などを得る必要はない。」と規定している。当該通知は、特許審判委員会に対しては拘束力がなく、裁判所が実行しなければならないものでもないが、現在の特許審判委員会と裁判所の外国証拠に対する取扱いは、次のようになっている。すなわち、当該外国証拠が真実なものであることを証明する証拠があれば、公証、認証を得る必要はない。一方、原本とコピーが一致することのみを証明する公証、認証を得たとしても、原本の真実性を証明する証拠がない場合には、当該証拠は認められない可能性がある。
外国証拠の現状から見れば、当事者の提出した証拠に著者(編集者)、発行元、刊行年月日、著作権番号などが記載されており、形式上公開出版物に属する場合は、当該証拠が直接認められる可能性がある。にもかかわらず、当事者に以下のとおりアドバイスする。
① 当該証拠が中国国内の公共ルート(例えば、公共図書館など)から入手できるものでない場合には、それが認められることを確保するために、公証、認証を得た上、口頭審理時に原本を呈示すべきである。
② 当該証拠が外国の公共図書館から入手できるものである場合には、当該図書館で当該証拠をコピーし、コピーした証拠とそのコピーの経過に関する証明書とを公証、認証付きで提出したほうがよい。
中国の香港、マカオ、台湾で作成された証拠については、その公証、認証の手続きは以下の規定に合致すべきである。
公証を必要とする香港で作成された証拠の場合、公証文書に「中華人民共和国司法部委託香港律師辦理内地使用公証文書転達専用章」という印鑑が押されていなければならない。
マカオ政府により発行された民事登録類の文書を証拠とする場合、公証、認証を得る必要はない。マカオの公証機関により公証されたその他の証拠は、認証を得る必要はない。
公証を必要とする台湾で作成された証拠の場合、公証文書は中国公証員協会または省、自治区、直轄市の公証員協会(または公証員協会設立準備組)による確認を必要とする。
VI. 技術常識について
審査基準には「技術常識」に関する定義はない。技術常識とは何かについて、審査基準第2部分第4章の技術常識に関する内容には、「例えば、当該新たに特定された課題を解決するための、その分野の慣用手段、または、当該新たに特定された課題を解決するための、教科書や辞書などに掲載された技術手段が挙げられる。」と記載されている。審査基準第4部分第5章の無効審判に関する内容には、「特許審判委員会は、職権により技術手段が技術常識であるか否かを認定することができ、かつ、技術専門辞書、技術ハンドブック、教科書などの、その分野の技術常識に該当する証拠を導入することができる。」と規定されている。以上の内容から見れば、技術常識は必ずしも証拠により証明されなければならないというわけではない。当事者は、ある技術的事項が技術常識であると主張するときには、十分な説明を行うか、または証拠を提出することができる。技術常識を証明するための証拠として、審査基準には技術専門辞書、技術ハンドブック、教科書が挙げられているが、それらに限るわけではない。次に、技術常識に係る事例を2つ挙げて説明する。
事例5: 特許審判委員会第5424号無効審判請求判決
この例は、技術常識について挙証する必要があるか否か、および、技術常識を証明する証拠の挙証期間の問題に関わる。請求人は、無効審判を請求する際に、本件特許のクレーム1と引例との相違点は技術常識であると主張した。本件無効審判の口頭審理後に、請求人は、技術常識を証明するための証拠7~14を提出したが、合議体は審決においてこれらの証拠を考慮しなかった。請求人は、本件特許のクレーム1のイオン交換能力を有する物質によりホルムアルデヒド水溶液中の金属不純物を除去するという構成要件は周知技術であり、引例1の固体酸触媒として用いられるスルフォン酸基を有する大きな網目状の陽イオン交換樹脂が金属イオンの吸着により活性が低下することも技術常識であると主張した。しかし、請求人はこの主張をサポートする証拠を提出しておらず、引例1にも上記問題に関する記載が全くない。それゆえ、請求人のこの主張は認められなかった。本件の審決取消訴訟において、被告(合議体)は、証拠7~14は挙証期間満了後に提出されたものであると主張したが、一審裁判所は、その主張を認めず、「証拠7~14について、原告が無効審判において提出した意見書に、これらの証拠は技術常識を証明するためのものであると明記されている。その分野の技術常識は、当業者の知っている一般的な技術知識の範囲に属する。審判において、それは引例として用いられるものではなく、当業者のレベルを確認する際に考慮すべき要素である。挙証期間内に証拠があるか否かにかかわらず、当業者のレベルは進歩性などの判断において最初から最後まで考慮すべき重要な要素である。技術常識は当業者のレベルを証明するための証拠として、同じように進歩性などの判断において最初から最後まで考慮すべき重要な要素である。したがって、原告が、上記証拠は技術常識を証明するためのものであると明記した本件において、証拠7~14が無効審判請求日から1ヶ月経過後に追加された証拠であるので認めないという被告の判断は、特許法の進歩性に関する規定に合致せず、審査基準の進歩性の判断に関する規定に違反している。」と認定した。
この例のポイント:技術常識は当業者の知識範囲に属するので、当事者が技術常識を証明するための証拠をいつ提出しても、審判官はそれを認めるべきである。ところが、この審決および判決は、審査基準改正前に下されたものである。改正前の審査基準(2001年版)には技術常識に関する証拠の挙証期間について規定されていなかった。しかし、改正後の審査基準(2006年版)には、当事者が技術常識に関する証拠を提出する場合には、無効審判の口頭審理が終わるまでに提出しなければならないと明確に規定されている。したがって、現在、当事者が口頭審理後に技術常識に関する証拠を提出しても、合議体は審査基準の上記規定によりそれを認めないとすることができる。
事例6: 特許審判委員会第9405号無効審判請求判決
この例は、合議体の職権による技術常識の導入に関わる。合議体は、本件特許の進歩性を判断するとき、一部の相違点が当該分野の技術常識と判断したが、それを証明する証拠を提示しなかった。被請求人は、この点について審決取消訴訟を提起した。しかし、一審裁判所は、原告(被請求人)の主張を認めず、「技術常識とは、通常、当業者の知っている知識をいう。審査基準には、ある技術的事項が当該分野の技術常識であると主張する当事者は、その主張について挙証責任を負うと規定されているが、当事者が挙証責任を負うということは、その主張に応じる証拠を提出しなければならないという意味ではない。挙証責任は、案件の事実を明らかにすることができない場合の不利な結果を受ける主体を判断する法則である。挙証責任を負う当事者の十分な陳述、説明を通して、その主張が確かに技術常識であると判断できる場合には、その挙証責任はすでに果したといえる。この場合、そのような証拠の提出をさらに要求しなくても決定することができる。」と認定した。
この例のポイント:当事者が、ある技術的事項が当該分野の技術常識であると主張しようとしたものの、それに対応する証拠を入手できない場合には、その主張について詳しく説明することが考えられる。にもかかわらず、技術専門辞書、技術ハンドブック、教科書などの技術常識に関する証拠をできるだけ提出したほうがよい。また、当事者が、合議体が職権により技術常識を導入する際に証拠を提示しなかったことのみを理由として訴訟を提起しても、その理由は十分とはいえない。
VII. ネット証拠について
インターネットが社会生活の隅々まで広がるにつれて、ネット情報は、当事者が無効審判においてよく採用する証拠となっている。しかし、インターネット上の情報は改ざんしやすく、信頼性が低いので、ネット証拠は、これまでほとんど認められていない。特許審判委員会は、関連規定を制定しているところであり、ネット証拠の認定を規範化しようとしている。次に、ネット証拠に関わる2つの事例を挙げる。
事例7: 特許審判委員会第9345号無効審判請求判決
この例は、「コンピュータケース(MG-760)」という名の意匠に関わる。その出願日は2003年11月3日で、出願番号は200330116093.7である。
請求人は、公証人が
http://www.zol.com.cnのウェブページにアクセスしてプリントする全過程に対して公証を行った旨の公証文書を提出し、そのプリントを添付した。添付資料第25ページには、「CeBIT:多彩科技が多彩の世界を創造」という表題が掲載されており、表題の下に「タイプ:自作、作者:中関村オンライン、日付:2003-09-22 13:50:22」と明記されている。その表題をクリックすると、「多彩MG-760(青)」と明記されたコンピュータケースの写真が表示される。合議体は、「公証文書は、公証を行ったその日の当該ウェブページに掲載された内容しか証明できず、そのウェブページに掲載された内容が事実であるか否かは証明できない。その他の証左がないので、請求人が提出した当該ウェブページだけでは、判断の根拠として不十分であり、本件意匠の出願日前の2003年9月22日に
http://www.zol.com.cnのウェブページに本件意匠に類似したコンピュータケースがすでに公に発表されたということは証明できない。」と判断した。一審裁判所は、特許審判委員会の判断に同意し、「原告(請求人)が提出した証拠はインターネットで公開された情報である。原告は当該証拠について公証手続きをとったが、インターネットで公開された情報は改ざんしやすいという特徴がある。当該証拠は公証を行ったその日の当該ウェブページに掲載された内容しか証明できない。その他の証左がないので、当該ウェブページに掲載された内容の真実性は確認できない。したがって、本件意匠の出願日前に当該サイトで本件意匠に係る物品が公開されたということは証明できない。」と認定した。
事例8: 特許審判委員会第7810号無効審判請求判決
この例は、「携帯電話のダブルカラーディスプレイ構造」という名称の実用新案に関わる。その出願番号は200320122178.0であり、出願日は2003年11月27日である。請求人が提出した証拠1は、請求人がA118携帯電話を分解して作成した構造説明である。証拠2は、CN11ウェブサイトに掲載されたA118携帯電話の規格・変数の情報であり、その中に発売時期が2003年10月であると明記されている。証拠3は、証拠2に係る公証文書である。特許審判委員会は、「証拠2は、インターネットにおける携帯電話の広告である。当該ウェブサイトは広告性のものであり、ウェブページの作成者、メンテナンスの担当者などがその内容を自由に変更することができるので、信頼性は低い。したがって、証拠2は認めない。」と判断した。一審裁判所は、特許審判委員会の判断に同意し、「公証文書があったとしても、公証文書の内容は、公証日にそのウェブサイトにそのような情報が掲載されたということしか証明できない。その情報自体の真実性について、公証文書は証明していない。第三者(被請求人)が認めず、かつその他の有効な証左がないので、その情報の真実性を認定することはできない。」と認定した。二審裁判所は、「原告(請求人)は証拠1の由来、作成者および作成年月日を説明しておらず、その真実性は確認できないので、証拠1~3はその主張された事実を証明できない。」と判断した。
上述の事例から見れば、ネット証拠は、その他の証左がない場合には、認められる可能性が低い。したがって、当事者はできるだけその他の形式で公開された証拠、例えば中国国内における公然販売に関する証拠などを提出すべきである。