北京林達劉知識産権代理事務所
中国弁理士 王 岩
1.法律の規定について
中国特許法第5条第1項には、「法律、社会道徳に違反し、又は公共の利益を害する発明・創作に対しては、特許権を付与しない。」との規定がある。この規定の趣旨は、社会秩序への破壊、犯罪その他の不正につながる発明・創作が特許となることを防止することにある1。
中国食品安全法は、食品の安全性の確保、国民の健康の保護に関して基本理念及び方針を定める法律である。同法第150条には、「食品とは、ヒトの食用又は飲用のための完成品及び原料、並びに伝統上、食品でありながら漢方薬でもあるものをいう。ただし、治療を目的とするものは含まない。」という定義が明示されている。また、第38条には、「事業化される食品に医薬品を添加することができない。但し、食品でもあり漢方薬でもあるとされている物質は添加してもよい。食品でもあり漢方薬でもあるとされている物質の名簿は、国務院衛生行政部門と国務院食品安全監督管理部門とにより制定され、公布される。」と規定されている。
化学分野の特許出願、特に、食品分野の化合物や組成物に関する特許出願において、それ自体で疾患の予防・治療効果を有する化合物や組成物の食品としての用途も保護したい場合、中国特許法第5条第1項の規定に適合するかを考える必要がある。本稿では、実例を検討しながら審査実務での運用を考察する。
2.実例について
(例1)
●拒絶査定に係るクレーム(抜粋)
【請求項1】老化による心身機能の低下に起因するうつ症状を改善する機能性食品組成物又は保健用食品組成物を製造するための、アラキドン酸及び/又はアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物を含む組成物の使用であって、・・・前記使用。
拒絶査定及び不服審判の拒絶理由通知では、本願の特許請求の範囲及び明細書に記載の「老化による心身機能の低下に起因するうつ症状」は、正常なヒトのうつ状態と、うつ病患者のうつ状態との両方を包含し、上記の記載では、当該状態が病理学的なものなのか、正常なうつ状態なのか区別できないという理由により、請求項1~17及び明細書の上記発明は「中華人民共和国食品安全法」の「食料、保健用食品について疾患の予防、治療機能を宣伝することができない」旨の規定に違反している、と判断された。
上記拒絶理由を解消するために、出願人はクレーム及び明細書を補正した。
クレームについては、うつ症状に「非うつ病患者の」という限定を加える補正を行うことによって、機能性食品及び保健用食品の用途から疾患の予防及び治療の機能を除外した。
明細書については、「精神疾患、神経疾患・・・による」という記載を削除し、「うつ症状」に「非うつ病患者の」という限定を加え、「疾患」に関する記載を削除する補正を行うことにより、機能性食品及び保健用食品の用途から疾患の予防及び治療の機能を除外した。
本件は、以上の補正を経て、拒絶理由が解消されたと認められ、拒絶査定が取消されて特許成立した。
●登録クレーム(抜粋)
【請求項1】非うつ病患者の老化による心身機能の低下に起因するうつ症状を改善する機能性食品組成物又は保健用食品組成物を製造するための、アラキドン酸及び/又はアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物を含む組成物の使用であって、・・・。
(例2)
●拒絶査定に係るクレーム(抜粋)
【請求項1】それを必要とする個人の強迫性障害(OCD)又はOCDグループの精神障害及び状態を治療、改善又は予防する医薬品を製造するための、少なくとも1つの活性剤を含む調製物の使用であって、前記活性剤は、・・・。
【請求項3】前記調製物はアイスクリーム、冷凍食品、ヨーグルトも含む請求項1に記載の使用。
拒絶査定には、旧請求項3及び明細書の一部(段落16、41、63、64、97、116及び117~118)の記載は中国特許法第5条に違反すると指摘された。不服審判請求人は旧請求項3を削除する補正を行った。前置審査では、補正クレームは拒絶査定に係る不備が解消されたと認められたが、明細書は中国特許法第5条違反の不備が解消されていないと指摘された。
そこで、不服審判請求人は明細書の上記不備を解消するために、拒絶査定に指摘された段落16、41、63、64、97、116及び117~118の食品形態のキャリアに関する記載を書き直すか、削除する補正をさらに行った。その結果、拒絶査定に指摘された明細書の第5条違反の不備は解消されたと認められ、上記拒絶査定は取消された。
上記2例の不服審判請求の審決から、以下のことが学べる。
出願書類に一般食品や保健機能食品に関する発明を記載した場合、疾患の予防・治療機能があるような記載をすることができない。つまり、一発明(例えば、一請求項)において、食品に関して疾患の予防・治療機能を記載した場合、中国特許法第5条第1項違反と指摘されるため、補正は必要になる。
3.疑問点について
上述したように、出願書類における食品や健康製品に係る発明については、疾患の予防・治療機能を有するような説明をすることができない。一方、同一の出願書類における同一の化合物について食品製造用と医薬品製造用との両方を記載できるか(例えば、下記の化合物Xのような場合)に関しては、まだ議論がある。
【例】
【請求項1】食品を製造するための化合物Xの使用。
【請求項2】うつ病治療薬を製造するための化合物Xの使用。
中国食品安全法の規定によれば、事業化される食品に医薬品を添加することはできない。そうすると、医薬品に用いられる化合物Xの食品としての発明は認められるか、という疑問が生じる。
この点について、「疾患の治療用」と「食品用」(例えば、上記のうつ症状を改善するための機能性食品組成物又は保健用食品組成物を製造するための使用)との両方が一発明に含まれる場合と、それぞれ異なる発明に含まれる場合との違いを考えると、「疾患の治療用」と「食品用」との両方が一発明に含まれる場合には、食品に添加される化合物の量が医薬用のレベルになるとも考えられるため、食品安全法により禁止されるのに対して、それぞれ異なる発明に含まれる場合には、このような問題が顕著ではないため、実務において認められる可能性があると思われる。
4.明細書作成について
明細書作成に際して、「飲食品」、「保健用食品」、「医薬品」及び「症状」に関する説明はできるだけ、発明ごとに書くべきである。例えば、「症状」を、「疾患に起因する症状」と「疾患以外に起因する症状」とに分けて記載した上で、このように書き分けた「症状」を、「飲食品」、「保健用食品」、「医薬品」とそれぞれ組み合わせて説明することが考えられる。
また、「高血圧」、「高血糖」などを治療する機能については、保健用食品において「血糖・血圧を健康なレベルに保つのに役立つ」というような説明をすることができる。このような説明は、「保健用食品に許容可能な保健機能一覧(非栄養補助食品)(2022)」(意見募集稿)に記載された機能の表現を用いるため、中国特許法第5条違反と指摘される可能性は低く、より広い権利範囲を図ることができる。
さらに、実務において中国特許法第5条違反と指摘されたとしても、補正によりこのような不備を解消することは可能である。削除する発明については、分割出願を行うことにより、さらに係属させることが考えられる。
以上より、中国の現在の運用では、クレームに食品と医薬品との両方がある場合、中国特許法第5条違反と指摘される可能性がある。今後、審査の実例が多くなるにつれて、このような運用の判断基準がより明確になると思われるが、出願人としては、中国におけるこのような運用に合わせて明細書の書き方を調整することにより、適切な権利化を図ることが考えられる。