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AI関連特許の進歩性の判断基準について


中国弁理士   盧  楓

1.はじめに

デジタル時代の到来により、家庭、製造、金融、医療、セキュリティ、交通、小売、教育、物流などさまざまな分野で人工知能(AI)が活用されている。AI関連特許出願の件数も増加しつつある。統計によると、2021年のAI分野の特許出願件数は、2015年の30倍になったという。このうち、中国は世界のAI関連特許の半分以上を出願した。AI関連特許にはアルゴリズムの特徴に関するものであるが、アルゴリズムの特徴自体は技術的特徴ではないため、進歩性判断において、アルゴリズムの特徴をどのように考慮すべきかは、AI関連特許の進歩性判断の難点である。そこで、最新の無効事例に基づき、AI関連特許の進歩性判断の基準を検討してみた。

2.審査指南の規定

『特許審査基準』第二部第九章6.1.3には、

「技術的特徴も、アルゴリズムの特徴又は商業規則・方法の特徴も含む発明特許出願について、進歩性の審査を行う際には、技術的特徴と機能上支持し合い、相互作用関係にあるアルゴリズムの特徴又は商業規則・方法の特徴と、前記技術的特徴とを一つの全体として考慮すべきである。『機能上支持し合い、相互作用関係にある』とは、アルゴリズムの特徴又は商業規則・方法の特徴が技術的特徴と密接に結合し、ある技術的問題を解決するための技術的手段を共同で構成し、かつ対応する技術的効果を奏し得ることを指す。

例えば、請求項のアルゴリズムを具体的な技術分野に応用し、具体的な技術的問題を解決できるならば、該アルゴリズムの特徴が、技術的特徴と機能上支持し合いに、相互作用関係にあると認めることができる。該アルゴリズムの特徴は、採用される技術的手段の構成部分として、進歩性を審査する際に、技術案に対する該アルゴリズムの特徴の貢献を考慮すべきである。」と規定されている。

上記規定によれば、アルゴリズムの特徴について、技術的特徴と「機能上支持し合い、相互作用関係にある」場合、進歩性を判断する際に、該アルゴリズムの特徴と技術的特徴とを一つの全体として考慮すべきである。しかし、如何にアルゴリズムの特徴と技術的特徴とが「機能上支持し合い、相互作用関係にある」と判断するかは容易ではない。現行の審査基準では、請求項のアルゴリズムを具体的な技術分野に応用し、具体的な課題を解決できる場合、該アルゴリズムの特徴と技術的特徴は、機能上支持し合い、相互作用関係にあると判断できるという具体的なシナリオが示されている。しかし、「請求項のアルゴリズムを具体的な技術分野に応用し、具体的な課題を解決できる」という文言自体はまだ十分に明確ではない。

したがって、AI関連特許の進歩性判断の原則について、更なる改善が必要であると思われる。

3.事例紹介

本件特許は、特許番号がZL201910958076.6で、発明の名称が「鉄スクラップ等級付けニューラルネットワークモデルの生成方法」である。

本件特許は、AI技術の鉄鋼業への応用に関し、畳み込みニューラルネットワーク技術を用いて、鉄スクラップ等級付けの特徴抽出と深層学習を行うことで、鉄スクラップ等級に対する客観的で正確な自動分類を実現する。

【請求項1】

鉄スクラップの回収・保管の等級付けの検出に用いられる鉄スクラップ等級付けニューラルネットワークモデルの生成方法であって、複数の画像を取得することと、複数の画像の異なる鉄スクラップ等級を目視で確定することと、前記画像に対して前処理を行って無効な透かしを除去し、画像コントラストを向上させることと、画像データに対して画像データ特徴の抽出を行うことと、抽出された異なる等級の画像データ特徴に対して畳み込みニューラルネットワーク学習を行って等級付け出力を有する等級付けニューラルネットワークモデルを生成することとを含み、前記画像データ特徴の抽出は、画像画面の画素ドットマトリックスデータに対して畳み込みニューラルネットワークの畳み込み計算を行う集合により実現される抽出であり、集合により出力される複数のルートの畳み込み層又は畳み込み層とプーリング層の計算から構成される画像中の物体の色、エッジ特徴及びテクスチャ特徴の抽出、並びに画像中の物体のエッジ、テクスチャ間の関連特徴の抽出を含み、

そのうち、第一、前記画像中の物体の色、エッジ特徴の抽出は、3つのルートの畳み込み層とプーリング層を組んで計算して出力する集合出力で構成され、左から右への第1のルートの1層の畳み込み層、第2のルートの2層の畳み込み層、第2のルートの4層の畳み込み層を含み、第二、前記画像中のテクスチャ特徴の抽出は、前記画像中の物体の色、エッジ特徴の抽出の集合出力に対して行うものであり、3つのルートの畳み込み層の計算で出力される集合出力で構成され、左から右への第1のルートの0層の畳み込み層、第2のルートの2層の畳み込み層、及び第3のルートの3層の畳み込み層を含み、テクスチャ特徴は、畳み込みネットワークの活性化関数(Relu activation)として形成され、

少なくとも3つのルートの畳み込み層又は畳み込み層とプーリング層を組んで計算して出力する集合出力は、画像中の物体の色、エッジ特徴及びテクスチャ特徴の抽出を構成し、各ルートの畳み込み層の数はそれぞれ異なり、

前記エッジ、テクスチャ間の関連特徴の抽出の畳み込み層に対して計算されるルート数は、画像中の物体の色、エッジ及びテクスチャ特徴の抽出の畳み込み層に対して計算されるルート数よりも大きいことを特徴とする鉄スクラップ等級付けニューラルネットワークモデルの生成方法。
証拠1には、原料である列車車輪の画像を用いて識別結果を検出することに関する内容が開示されているが、その識別結果は具体的な鉄スクラップの種類である。

本件特許の請求項1と証拠1との相違点は以下の通りである。

①両者の応用シナリオが異なる。請求項1は、鉄スクラップ等級付けニューラルネットワークモデルを生成する方法であって、前記モデルは、鉄スクラップの回収・保管の等級付けの検出に用いられ、その応用シナリオは、鉄スクラップの等級付けであるのに対し、証拠1は、鉄スクラップの種類識別ニューラルネットワークモデルを生成する方法を開示するものであり、その応用シナリオは、鉄スクラップの種類の識別である。

②両者が採用した方法・ステップが異なる。請求項1の場合、画像取得ステップにおいて、複数の画像の異なる鉄スクラップの等級を目視で判定すると限定され、画像データ特徴抽出ステップにおいて、異なる等級の画像データ特徴を抽出すると限定され、ニューラルネットワークモデルの学習トレーニングステップにおいて、抽出された異なる等級の画像データ特徴を学習し、等級付け出力を有する等級付けニューラルネットワークモデルを生成すると限定される。証拠1は、画像取得、前処理、特徴抽出、トレーニング・学習によってニューラルネットワークモデルを生成する方法・ステップを開示しているが、そのトレーニング済みの畳み込みニューラルネットワークモデルは、鉄スクラップ画像における鉄スクラップが具体的にどのようなタイプのものなのかを識別するために使用されるものであり、鉄スクラップの等級に関係するものではない。

③両者が選択した重要なパラメータ及び具体的なモジュールの構成が異なる。請求項1には、画像データ特徴抽出のより具体的な内容、例えば、特徴抽出のために選択されるパラメータや特徴抽出のために使用される具体的なモジュールの構成が限定されているのに対し、証拠1には上記内容が開示されていない。

上記相違点について、請求項1が実質上解決する課題は、鉄スクラップを等級付けしたニューラルネットワークモデルを生成することによって、鉄スクラップの回収・保管の等級付け検出という応用シナリオにおける等級付け問題を解決し、その課題に係るデータパラメータや関連モジュールを如何に具体的に選択するかということである。

    合議体は以下の通り指摘している。証拠1は、鉄スクラップの種類をどのように自動識別するかを、その全体を通して議論したものであり、開示した方法・ステップや具体例は、どのように種類の識別を行うか、識別結果がどのようなタイプなのかに関するものに過ぎず、どのように等級付けするかに関する更なる記載や開示はない。したがって、証拠1に開示された応用シナリオ、方法・ステップ及び重要なパラメータから、混在する様々な種類の鉄スクラップを等級付けするという鉄スクラップ等級付けニューラルネットワークモデルを生成するための示唆を得ることはできない。
 
証拠2には、上記相違点③の畳み込みニューラルネットワークモデルで画像データ特徴を抽出する際に使用できる具体的なモジュールの構成が開示されており、証拠2のモデルアーキテクチャ全体を採用した場合、ネットワークのトレーニングを加速させ、トレーニングをより安定化させることができると開示されている。

一方、合議体は、証拠2には、画像データのどの特徴が具体的に抽出されたのかが開示されておらず、関連データ特徴をどのような応用シナリオに用いて、そのシナリオに具体的に存在するどのような課題を解決するかについても開示されていないため、証拠2には、鉄スクラップ等級付けニューラルネットワークモデルを生成するための関連技術の示唆がなく、更に、該課題を解決するために、具体的にどのような関連パラメータを抽出するかに関する示唆もないと指摘している。

また、合議体は、証拠3には、同様に、抽出された関連データ特徴をどのような応用シナリオに用いて、そのシナリオに具体的に存在するどのような技術的問題を解決するかについて開示されていないため、証拠3には、鉄スクラップ等級付けニューラルネットワークモデルを生成するための関連技術の示唆がなく、更に、該課題を解決するために、具体的にどのような関連パラメータを抽出するかに関する示唆もないと指摘している。

したがって、合議体は、本件特許の請求項1は進歩性を有し、本件特許全体の有効性を維持する審決を下した。

4.事例の分析

本願において、請求項1と証拠1には、多くのアルゴリズムの特徴が存在し、これらのアルゴリズムの特徴を進歩性判断においてどのように判断すべきかが本事例の難点である。請求項1と証拠1の両方とも鉄スクラップに関するものであるが、請求項1の応用シナリオは、鉄スクラップの等級付けであるのに対し、証拠1の応用シナリオは、鉄スクラップの種類識別である。応用シナリオの違いは、アルゴリズムの特徴の違いにつながり、しかもそれが実質的な違いとなった。したがって、合議体は、請求項1のアルゴリズムの特徴が進歩性判断において果たした肯定的価値を認めた。

本事例は、アルゴリズムの特徴と技術的特徴が機能上支持し合い、相互作用関係にある典型的な事例であり、AI関連特許の進歩性判断に大きな参考価値を与えた。国家知識産権局は、上記事例を2022年度の再審査・無効審判トップ10事件に列記し、該事例がアルゴリズムの特徴を含む発明特許に対する進歩性判断の基準を細分化し、AI分野における発明特許の進歩性判断に対して例示的な役割を果たしたと指摘している。AI技術の場合、アルゴリズムの特徴を含む発明特許に対して進歩性判断を行う際に、アルゴリズム及び応用シナリオを総合的に考慮する必要があり、特に、アルゴリズムを異なるシナリオに適用した後、アルゴリズムのトレーニングパターン、重要なパラメータ又は関連ステップなどに対して実質的な調整を行ったか否か、かつその調整が特定の課題を解決し、有益な技術的効果を得たか否かを考慮する必要がある。

逆に言えば、証拠1のアルゴリズムを本件特許の応用シナリオに適用したが、アルゴリズムのトレーニングパターン、重要なパラメータ又は関連ステップに対して、例えば、いかなる調整も行う必要がなく、又は非実質的な微調整のみを行うなど、実質的な調整を行う必要がない場合、応用シナリオ及びアルゴリズムの特徴を全体として考慮しても、本件特許が進歩性を有すると導くことはできない。

5.まとめ

上記事例から分かるように、AI関連特許の権利化には、応用シナリオが非常に重要である。単なるAIアルゴリズムであり、具体的な応用シナリオが存在しない場合、その特許出願は、進歩性判断の必要もなく、特許法の保護対象に属さないと直接判断されて権利化できない可能性が高い。また、進歩性判断において、応用シナリオとアルゴリズムの特徴との技術的な関連性も重要な検討事項である。審査実務の継続的な発展に伴い、AI関連出願の作成をより良く指導するために、AI関連特許の審査基準の更なる明確化が期待される。

以上、ご参考のために、AI関連特許の進歩性判断に関する経験や心得を述べてきた。
 
 
 
 


ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
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