中国弁理士
張 文慧 陳 濤
1.はじめに
特許又は実用新案の権利範囲は、発明又は考案の構成要件を規定する請求項の記載によるものである。構成要件には、発明又は考案を構成する要素や要素同士の相互関係が含まれ、構造的要件、方法的要件等が一般に見られる。さらに、構造や方法ではなく、機能や効果として記載される構成要件である機能的要件もある。本稿において、機能的要件について解説していく。
2.関連規定
機能的要件について、中国の特許審査基準には明確な定義はない。2016年に公布された「特許権紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈(二)」(以下、「司法解釈二」という)第8条には、機能的要件について、
「機能的要件とは、構造、成分、工程、条件又はこれらの関係などを、発明創造におけるその機能又は効果によって特定する構成要件をいう。ただし、当業者が請求項を読むだけで、上記機能または効果を達成する具体的な実施形態を直接的かつ明確に把握できる場合は、この限りでない。」と定義されている。
実務において、通常、上記定義に基づいて機能的要件を理解する。機能的要件について、権利化段階・無効審判と侵害訴訟とで、異なる解釈方法が適用されている。
中国の特許審査基準第2部第2章3.2.1には、
「請求項に含まれる機能的要件については、その機能を実現できる全ての実施形態を包含すると理解しなければならない。」と規定されている。
したがって、実体審査、不服審判及び無効審判では、機能的要件は、その機能を実現できるすべての実施形態を包含すると広く解釈される。また、不服・無効審判の審決取消訴訟においても、上記の解釈方法を適用する運用が行われている。
一方、侵害訴訟では、機能的要件について、権利化段階・無効審判の解釈方法とは異なる解釈方法が採用されている。
2009年に公布された「特許権紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する最高裁判所の解釈(一)」(以下、「司法解釈一」という)第4条には、
「請求項には、機能又は効果により表現される構成要件がある場合、裁判所は、明細書及び図面に記載された当該機能又は効果の具体的な実施形態及びその均等形態を参酌して、当該構成要件の内容を判断しなければならない。」と規定されている。
司法解釈一の上記規定からすれば、侵害訴訟では、機能的要件は上記機能を実現できるすべての実施形態を包含すると解釈されるのではなく、その範囲は、明細書及び図面に記載された当該機能又は効果の具体的な実施形態及びその均等物に限縮される。
司法解釈二の第8条第2項には、機能的要件の充足性判断について、
「明細書及び図面に記載の上記機能又は効果を達成するために必要不可欠な構成要件と比較して、被疑侵害物件の対応する構成は、実質的同一の手段によって、同一の機能を実現し、同一の効果を達成するものであって、当業者が被疑侵害行為発生時に創意工夫をせずとも想到できるものである場合、裁判所は、当該対応する構成が機能的要件と同一又は均等であると認定しなければならない。」とさらに規定されている。
司法解釈二の上記規定からすれば、被疑侵害物件の対応する構成が機能的要件と同一又は均等であるか否かを判断する際、まず、明細書及び図面の記載から、当該機能を達成するための必要不可欠な構成要件を正しく整理する必要があり、そして、被疑侵害物件の対応する構成は、これらの必要不可欠な構成と比較して、「実質的同一の手段によって、同一の機能を実現し、同一の効果を達到するものであって、当業者が被疑侵害行為発生時に創意工夫をせずとも想到できるものである」ことを満すか否かを判断しなければならない。
3.判例の検討
上記司法解釈に基づく機能的要件の充足性判断において、以下の4点はよく議論される。
①請求項中の機能又は効果により規定される構成要件が、機能的要件であるか否か。
②「機能又は効果を達成するための必要不可欠な構成要件」はどのように整理すべきか。
③「機能又は効果を達成するための必要不可欠な構成要件」は、通常、複数の構成要件の組み合わせであるが、被疑侵害物件の対応する構成と「機能又は効果を実現するための必要不可欠な構成要件」とを比較する際には、機能的要件を分割してそれぞれ被疑侵害物件の対応する構成と比較するのか、それとも、機能的要件を、統一的な一つのものとして、被疑侵害物件の対応する構成と比較するのか。
④機能的要件の対比分析において、「同一の機能、同一の効果」とは、機能的要件の効果のみを指すのか、それとも「機能又は効果を達成するための必要不可欠な構成」による機能及び効果も考慮する必要があるのか。
上記4点について、中国最高裁判所は「(2018)最高法民申2345号」事件において、答えを示した。
上記事件において、本件特許の「回動機構は、第1の内蓋と第2の内蓋との間に固定され、第1の内蓋と第2の内蓋は、当該回動機構を介して回動可能に接続されている」という構成要件(以下、「回動機構要件」という。)が機能的要件であるか、及び被疑侵害製品がこの機能的要件と同一又は均等な構成を有するかということは、争点となった。
この回動機構要件が機能的要件であるかについて、中国最高裁判所は以下のように判示した。
「機能的要件の認定について、請求項における係争要件の具体的な限定形態に加え、請求項に係る発明における係争要件の機能及び効果も重点的に考慮すべきである。当該機能及び効果に基づいて、当業者が請求項を読むだけで、当該機能または効果を達成する具体的な実施形態を直接的かつ明確に把握できるかどうかを判断する。係争要件の当業界における一般的な実施形態のみを考慮し、当該要件と請求項における他の要件との適合関係及び請求項に規定される機能及び効果を達成する具体的な実施形態への影響を無視すると、構成要件が機能的要件であるかどうかを正しく判断することができない。
本件では、回動機構要件に関して、請求項1には、回動機構の位置について、「回動機構は、第1の内蓋と第2の内蓋との間に固定される」と規定されており、回動機構の機能について、「第1の内蓋と第2の内蓋は、当該回動機構を介して回動可能に接続されている」と規定されているが、2つの内蓋がどのように回動機構を介して回動可能に接続されるかについては、請求項1にはさらなる記載がない。
本件特許の明細書の【背景技術】には、「現在、バランススクーターの足踏み部は通常板状の平板であり、使用中は常に水平状態を維持し、相対的に回動することができないため、使用者は足を利用するだけでバランススクーターを制御することはできない。」と記載されている。
一方、本件特許は、先行技術と異なる左右の内蓋構造を設定し、回動機構を介して左右内蓋を回動可能に接続するという改良を行うことにより、電動バランススクーターの左右両側構造の相対的な回動を実現した。しかし、従来の接続形態と本件特許における左右内蓋構造とを組み合わせて請求項1における左右内蓋の回動可能な接続を実現することは、当業者が請求項を読むだけで直接的かつ明確に把握できるものではない。
この点について、本件特許に関する第36457号無効審判請求の審決には、「本件特許では、内蓋構造とその左右内蓋の回動可能な接続形態とは緊密に関連し、密接に協働するものである。仮に一部の構成要件が先行技術に存在していたとしても、特定の形態でそれらを有機的に組み合わせて特定の構造とするには、創意工夫が必要である。」と認定されている。
以上より、本件特許の請求項1の回動機構要件は機能的要件である。」
また、被疑侵害製品が回動機構要件と同一又は均等な構成を有するかどうかについて、中国最高裁判所は以下のように判示した。
「被疑侵害製品が機能的要件と「同一又は均等」な対応する構成を有するかどうかを認定する際には、以下の事項を重点的に考慮すべきである。
①機能的要件に規定される具体的な内容を明確にする。明細書及び図面に記載の機能的要件に対応する具体的な実施形態が複数の構成要件を含む場合、中国特許法第26条第3項に規定する実施可能要件などの特許登録に関する法定の要件を満たすことを前提に、より広い権利範囲を図るために、特許権者は通常、機能的要件の機能又は効果を達成するために必要不可欠な構成要件のみを明細書及び図面に記載する。したがって、請求項に記載の機能又は効果を達成するために必要不可欠な構成要件に明らかに該当しないものが存在する場合を除き、通常、明細書及び図面に記載の機能的要件に対応する具体的な実施形態に基づいて、機能的要件に規定される具体的な内容を把握すべきである。
②「同一又は均等なもの」となるかどうかを認定する際には、機能的要件を分割して比較すべきではない。請求項に係る発明では、機能的要件は、特定の機能及び効果を達成する最小の技術的単位となり得る。侵害対比を行う場合、具体的な実施形態における各必要不可欠な構成要件を分割してそれぞれ被疑侵害製品の対応する構成と比較するのではなく、機能的要件に対応する具体的な実施形態を全体的に1つのものとして、被疑侵害製品の対応する構成と比較すべきである。
③「機能」及び「効果」の比較の基礎について、機能的要件の充足性判断において、被疑侵害製品の対応する構成が「同一の機能を実現」し、「同一の効果を達成する」ことができるかどうかを判断する際に、明細書及び図面に記載の当該機能及び効果を達成するために必要不可欠な構成要件がそれぞれ有する機能及び効果ではなく、請求項に記載の機能的要件に規定される機能及び効果に基づいて判断すべきである。
本件では、回動機構要件について、本件特許の明細書第43段落には、「回動機構は、1つのブッシュと、2つの軸受と、2つのスナップリングと、を備える。前記ブッシュは軸方向中空構造であり、第1の内蓋と第2の内蓋との間の接続線が通過し、第1の内蓋及び第2の内蓋が前記ブッシュに対して回動可能である。軸受は2つのブッシュ内に固定され、スナップリングを介して内蓋に固定される。」と記載されている。
被疑侵害製品では、ブッシュは、一端が締り嵌め及びピンかしめにより内蓋との相対的な固定を実現し、他端が軸受、スナップリングとの嵌合により他方側の内蓋との接続を実現する。
本裁判所は、以下のように判断する。本件特許の請求項1には、回動機構要件の機能は「第1の内蓋と第2の内蓋との回動可能な接続」を実現することが規定されているが、被疑侵害製品の回動機構も同一の機能を実現している。両側の内蓋と軸が回動可能に接続されているかどうかは、請求項1に規定される回動機構の機能及び効果に該当せず、「同一の機能を実現する」という認定を妨げない。両者の採用する技術的手段も全体的には実質的な違いがなく、司法解釈二の第8条第2項に規定する「均等」な構成となる。「本件特許では、両側の内蓋はいずれも、軸に回動可能に接続されているが、被疑侵害製品では、一方側の内蓋のみが軸に回動可能に接続されている」との波速爾社の主張について、この違いは、回動機構要件を分割して被疑侵害製品の対応する構成と比較した結果であり、回動機構要件と被疑侵害製品の対応する構成とが全体的には均等であるという判断に実質的な影響を与えない。スナップリングの数や取付位置などの違いも、回動機構要件を分割して対比分析した結果であり、「回動機構」という機能的要件の均等性判断に実質的な影響を与えない。」
上記判例は、明細書作成及び機能的要件の充足性判断において大きな参考となる。特に、以下の留意点を学ぶことができる。
(1)請求項を作成する際には、改良点である構成要件が機能的要件として解釈されるリスクを十分に認識する必要がある。上記判例において、請求項1の「回動機構は、第1の内蓋と第2の内蓋との間に固定され、第1の内蓋と第2の内蓋は、当該回動機構を介して回動可能に接続されている」という記載について、通常、回動機構そのものが当業界で一般に見られるものであり、技術常識であるため、当業者が請求項を読むだけで、「第1の内蓋と第2の内蓋は、当該回動機構を介して回動可能に接続されている」ことを達成する具体的な実施形態を直接的かつ明確に把握できると思われるのが一般的であり、この構成が機能的要件として解釈されるリスクは無視されやすい。この判例において、回動機構そのものは確かに当業界の技術常識であるが、この構成要件は先行技術に対する本件特許の改良点の一つであるため、当該構成要件全体に規定される特定の構造は当業界の技術常識ではない。このような構成要件では、当業者が請求項を読むだけでその具体的な実施形態を直接的かつ明確に把握できない可能性がある。
(2)出願書類を作成する際には、機能的要件として解釈され得る構成要件について、明細書において、より多くの実施形態を十分に記載するとともに、少なくとも1つの実施形態において、当該構成要件の簡易な実施形態を記載すべきである。例えば、上記判例において、明細書の具体的な実施形態の記載に基づいて、上記回動機構要件の内容は、「回動機構は、1つのブッシュと、2つの軸受と、2つのスナップリングと、を備える。前記ブッシュは軸方向中空構造であり、第1の内蓋と第2の内蓋との間の接続線が通過し、第1の内蓋及び第2の内蓋が前記ブッシュに対して回動可能である。軸受は2つのブッシュ内に固定され、スナップリングを介して内蓋に固定される。」というものであると認定された。明細書の実施形態において、回動機構の構造がより簡易に、より例示的に記載されていれば、当該機能的要件の範囲はより広く解釈される可能性がある。
(3)機能的要件の充足性判断に際して、機能的要件に対応する具体的な実施形態と、被疑侵害物件の対応する構成との対比分析は、これらを分割してそれぞれ比較するわけではなく、全体的に1つのものとして比較することによって行われる。
(4)機能的要件の充足性判断において、被疑侵害製品の対応する構成が「同一の機能を実現」し、「同一の効果を達成する」ことができるかどうかを判断する際に、明細書及び図面に記載の当該機能及び効果を達成するために必要不可欠な構成要件がそれぞれ有する機能及び効果ではなく、請求項に記載の機能的要件に規定される機能及び効果に基づいて判断すべきである。つまり、機能的要件について、被疑侵害製品は同一の機能を実現できれば、同一の効果も達成できると考えられる。充足性判断のポイントは、これらの技術的手段に実質的な違いがあるかどうか、容易に想到できるかどうかという点にある。
4.まとめ
機能的要件の解釈は、特許の権利解釈において非常に重要であるため、その充足性判断のルールを正確に把握することは、権利者や弁理士、弁護士にとって大事である。本稿において、中国最高裁判所の判例を用いて機能的要件の充足性判断のルールを簡単に説明したが、ご参考になれば幸いである。