「実質保護期間」から見る中国医薬品特許期間の延長制度の効果
中国弁理士・弁護士 王 岩
2023年12月21日、「中華人民共和国特許法実施細則(2023年改訂)」(以下、「実施細則(2023)」という。)は、国務院による国令第769号の公布により確定した。実施細則(2023)は2024年1月20日から正式に施行し始めた。今回の改訂は、2010年1月9日に改訂された中国特許法実施細則より14年ぶりの改訂となり、2020年10月17日に採択された「中華人民共和国特許法」(2020年改訂)の法改正に合わせて行われた全般的な改正として、重要な意味を有する1 。
今回の実施細則の改訂は、特許制度の様々な側面及び数多くの条項に関わっている。医薬品業界にとって最も重要な変化及び注目点は、中国医薬品特許期間の延長制度(以下、「PTE制度」という。)の枠組み及び基本方針の確立であるといえるであろう。
● PTE制度の由来
特許制度の目的は、新技術の公開を奨励し、研究開発の重複を防止し、技術の発展を促進し、産業の発達に寄与することにあり、イノベーターに一定期間の市場独占権を与えることで、イノベーションにおけるリスク及びコストを補償するという考えもある。
医薬品の分野においては、上記のリスク及びコストの補償はさらに重要である。医薬品の有効性と安全性を評価するために、医薬品の開発は、実験室環境(非臨床試験)と実際の環境(臨床試験)での広範囲にわたる研究開発を伴う非常に長いプロセスである。このプロセスには非常に長い時間がかかるため、開発中の医薬品に大きな臨床的可能性が見込まれる場合、製薬会社はその医薬品の販売承認を取得する前や研究開発の初期段階でその医薬品の特許出願を行う傾向がある。 医薬品は、長い研究開発期間に加えて、消費者の健康を確保するために、発売前に強制的な審査及び承認を受ける必要がある。その結果、医薬品の場合、製品発売後の特許権に基づく市場独占期間が他の製品の場合よりも短くなることが多い。
医薬品開発の多大なリスク及び高額なコストを補償するために、各国は様々な医薬品特許期間の延長措置を設けている。中国特許法(2020年改正)第42条第3項には、「新薬の販売承認審査にかかった時間を補償するために、中国での販売承認を取得した新薬に関する発明特許について、国務院特許行政部門は特許権者の請求に応じて特許存続期間を補償することができる。補償される期間は5年を超えないものとし、新薬販売承認後の特許権の合計存続期間は14年を超えないものとする。」と規定されている。また、実施細則(2023)第82条には、上記存続期間の補償に関する計算方法として、「特許法第42条第3項の規定に基づく存続期間の補償が認められた場合、補償期間は、特許出願日から、その新薬が中国での販売承認を受けた日までの期間から、5年を引き、特許法第42条第3項に規定する要件を満たすことを前提に算定する。」という規定がある。
上記規定によれば、中国における医薬品特許の延長期間は以下のように算出できる。
特許の合計存続期間T=20年+X(延長期間)
X(延長期間)=(中国における医薬品の販売承認日-特許出願日) -5年
(ただし、X≦5年)
特許期間の満了日(延長後)-中国における医薬品の販売承認日≦14年。
● 「実質保護期間」の概念
医薬品について、特許権による市場独占期間に加え、販売承認手続のために享受できない市場独占期間を補うための保護期間制度が多くの国において導入されている。例えば、EU及び米国では、医薬品に関するデータ保護期間制度が設けられている。本稿において、PTE制度の効果を総合的に考察するために、医薬品の販売承認日から、様々な政策方針に基づく市場保護期間の満了日までの「実質保護期間」という概念を導入する。
● 欧洲のSPC制度、データ保護期間、市場保護期間
SPC制度(Supplementary Protection Certificates)は、EUにおいて採用された補充的保護証明書制度であり、特許の存続期間を最大5年間延長することができる。具体的な計算方法は以下の通りである。
SPC期間(Duration of SPC)=「EU 市場における製品販売のための最初の承認の日(date of first MA in the EEA)- 特許出願日(date of filling corresponding patent)-5年
このように、中国のPTE制度は、EUのSPC制度とほぼ同じ方針を採用していることが分かる。
なお、小児を対象とした医薬品の場合はさらに6か月延長可能であるため、SPC制度により最長25.5年の特許期間を取得することができる。
SPC制度の他、EUにおいては、データ保護期間(DATA PROTECTION)及び市場保護期間(MARKET PROTECTION)も存在する。具体的には、先発薬の販売承認日から8年以内に、医薬品審査管理部門は、先発薬の承認審査時に提出されたデータに基づく後発薬の販売承認申請を受理しない。8年満了後、医薬品審査管理部門は、後発薬の販売承認申請を受理し始めるが、先発薬の販売承認日から10年経った後に後発薬の販売を承認する。言い換えれば、先発薬は、販売承認日から8年のデータ保護期間及び10年の市場保護期間を享受することができる。また、新しい適応症の追加や顕著な収益があった場合、先発薬の市場保護期間は10年に加えてさらに1年延長可能である。
以上の規則に基づき、EUにおける先発薬の保護期間は以下のように整理できる。
図1 EUにおける先発薬の保護期間の概略図2
EUの制度に基づく医薬品の「実質保護期間」は以下のとおりである。
図2 「実質保護期間」の概略図
このように、欧州のSPC制度、データ保護期間、市場保護期間制度による全般的な保護の下で、医薬品の「実質保護期間」は短くとも10年となる。これに対して、中国のPTE制度の枠組みは、欧州のSPC制度に似ているものの、同様のデータ保護期間制度や市場保護期間制度は存在しない。具体的には、中国の「医薬品管理法実施条例」には、「新規な化学成分を含む医薬品の製造又は販売の許可を取得した製造者又は販売者が提出した未公開の試験データ及びその他のデータは保護される。何人も、その未公開の試験データ及びその他のデータを不正に使用してはならない。医薬品の製造者又は販売者が新規な化学成分を含む医薬品の製造又は販売の許可を取得した日から6年以内に、他の申請者が、許可を取得した申請の同意を得ずに、前項のデータを利用して新規な化学成分の医薬品の製造・販売の許可を申請する場合、医薬品監督管理部門は許可しない。ただし、他の申請者が自ら取得したデータを提出する場合はこの限りではない。」との規定はあるが、このようなデータ保護期間制度以外の市場保護期間制度はない。このように、現在、中国において、医薬品が享受できる「実質保護期間」は以下のとおりである。
【Revatioを例とする試算】
肺動脈性肺高血圧症の治療薬であるファイザーのRevatioを例とすると、その有効成分はだいぶ以前に発売されたシルデナフィルであり、欧州での年表を以下に示す。
Revatioの有効成分であるシルデナフィルの特許は、欧州のSPC制度により、2年のSPC延長期間を受けて、2013年にSPCの期間満了となったが、Revatioの希少疾病用医薬品による10年の市場独占期間が2015年までであったため、10年の実質保護期間があった。
一方、仮に中国のPTE制度を適用して試算すると、中国の現行制度においてこの医薬品が得られる「実質保護期間」は8年のみ(2013年-2005年)となる。
● 結論
2018年4月25日、国家医薬品監督管理局は「医薬品試験データ保護実施措置(試行)(意見募集稿)」を発表した。ただし、この意見募集稿は議論される点が多く、今でも採択に至っていない。現在、中国における医薬品の試験データの保護に関する法令は、「医薬品管理法実施条例」及び「医薬品登録管理措置」の条文による定めに留まっており、詳細かつ実行可能な実施規則は欠如している。
2020年、中国特許法は4回目の改正が行われ、医薬品特許の保護強化を図りつつ、医薬品特許期間の延長制度と医薬品のパテントリンケージ制度との2つの重要な制度を確立した。医薬品特許期間の延長制度及び医薬品のパテントリンケージ制度は、特許法の範囲に属するが、医薬品の市場保護、データ保護は、薬事法の範囲に属する。両者は規制部門が異なるが、いずれも医薬品保護の不可欠な部分である。我々としては、外国の研究結果や実践経験を参考にして、中国の国情に適する効率的な部門間連携方法を検討し、医薬品保護に関わるすべての制度を繋いで有機的な統一体を形成することで、医薬品に関するイノベーションの保護が中国において徹底されるように努力していくべきであろう。
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1 唐嘉偉ら.「中国医薬品の新時代~中米欧日の比較から見る特許法実施細則の改正による中国医薬品特許期間の延長制度PTEへの影響~」.『知産力』.2024.1.21
2 References: Study on the economic impact of supplementary protection certificates, pharmaceutical incentives and rewards in Europe, Copenhagen Economics, May 2018
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