新規性の推定原則が適用された拒絶理由への応答について
中国弁理士 孫 力力
性能、パラメータの規定を含む物クレームに対する新規性判断について、中国の特許審査基準には、「クレーム中の性能、パラメータの規定が、保護を求める製品に特別な構造および/または組成があることを暗示しているか否かを考慮しなければならない。その性能、パラメータの規定が、保護を求める製品には引用文献の製品と異なる構造および/または組成があることを暗示している場合、当該クレームは新規性を有する。逆に、当業者がその性能、パラメータの規定により、保護を求める製品と引用文献の製品を区別できない場合には、その保護を求める製品は引用文献の製品と同一であると推定できるため、当該クレームは新規性を有しない。ただし、出願人が出願書類又は先行技術に基づいて、当該クレーム中の性能、パラメータの規定を含む製品と引用文献の製品との構造および/または組成が異なることを証明できる場合はその限りでない。」という原則が規定されている。上記の原則は「新規性の推定原則」とも呼ばれている。
性能、パラメータの規定を含む物クレームに対して、審査官が新規性の推定原則を適用して新規性欠如の拒絶理由を発行することは多い。本文では、実務経験を踏まえ、このような拒絶理由への応答方針について考察する。
このような拒絶理由への応答について、中国の特許審査基準には実際に、「出願書類又は先行技術に基づいて、当該クレーム中の性能、パラメータの規定を含む製品と引用文献の製品との構造および/または組成が異なることを証明」という考え方が示唆されている。実務では、請求項に係る製品と引用文献の製品との構造および/または組成が異なることを証明する一心で検討するだけでなく、十分な理由や証拠があれば、これをもって請求項に係る製品と引用文献の製品とが異なることを証明することも一策である。
そこで、請求項に係る製品と引用文献の製品とが異なることをどのように証明するかは、このような拒絶理由へ応答する際に考えるべき肝心なところになる。以下、いつくかの考え方を紹介する。
1.追試の提示
可能であれば、審査官に追試を提示することで引用文献の製品が請求項の範囲外であることを直接的に証明することが考えられる。具体的に、引用文献の製品に対して、本願に記載の方法に従って関連性能、パラメータを測定し、且つ拒絶理由への応答時に測定結果を提示することが考えられる。引用文献の製品の測定結果が請求項に規定する性能、パラメータの範囲外であるため、これをもって請求項に係る製品と引用文献の製品とが異なることを直接的に証明できる。
2.論理的説明
引用文献には、本願に係る性能、パラメータは開示されていないものの、本願に記載の性能、パラメータに関連するほかの要件は開示されている場合もある。このような場合、当業界の技術知識に基づいて、引用文献の製品が本願に規定する性能、パラメータを有しないと論理的に説明することも考えられる。
例を挙げて説明するが、請求項は粘着剤に関するものであり、且つ下記条件での粘着力(α)が1N/25mm以上であると規定している。
粘着力(α):粘着剤からなる粘着剤層が基材上に形成された粘着シートとした際に、SUS-BA板の被着体に貼り付けて23℃、50%RH環境下で30分間静置した後の、被着体に対する剥離速度300mm/minでの180度剥離強度(N/25mm)。
拒絶理由通知では、請求項に記載の粘着力(α)により本願と引用文献との粘着剤を区別できないため、請求項は新規性を有しないと指摘された。
引用文献を検討したところ、実質上、粘着シートの粘着力は、アルカリガラスの非すず処理面に粘着シートを貼り合わせ、23±2℃、65±5%RH条件下で、剥離速度300mm/分で測定した180°ピール粘着力として、0.01N/25mmであったと開示されている。
引用文献における粘着力と本願に記載の粘着力(α)は測定条件が異なっており、両者をそのまま比較すべきではない。ただし、引用文献で用いられるアルカリガラスの非すず処理面と本願で用いられるSUS-BA板がともに滑らかな無機表面であるため、引用文献と本願において粘着力の測定方法は若干異なるものの、この違いにより、粘着力の測定値に大きな差異が生じることはない。したがって、引用文献における粘着力の数値が本願よりも明らかに小さいことから、引用文献における粘着シートの粘着力(α)が本願の範囲に入らないと判断できる。
3.製品の構造や組成への分析
実際に、クレーム中の性能、パラメータの規定が必ず製品の構造および/または組成に関係しているため、本願と引用文献との製品の構造、組成を直接的に分析することも考えられる。
明細書にクレーム中の性能、パラメータの規定と製品の構造および/または組成との関係が明確に記載されている場合、本願明細書の記載に基づき、引用文献の製品が構造および/または組成において本願の製品と異なっているかを判断することができる。ただし、明細書にクレーム中の性能、パラメータの規定と製品の構造および/または組成との関係が明確に記載されていないケースが多い。このような場合、本願を詳しく分析し、例えば、本願に記載の実施例と比較例を比較し、クレーム中の性能、パラメータの規定と製品の構造および/または組成との関係を確認してから、引用文献の製品の構造および/または組成が本願と異なるかを判断する必要がある。
例を挙げて説明するが、本願は光硬化性粘着シートに関するものであり、且つ以下の(1)~(3)の全ての特性を備える粘着層(Y)を有すると規定している。
(1)ゲル分率(光照射前ゲル分率X1)が0~60%の範囲内にある。
(2)波長390nmでの光線透過率が89%以下であって、かつ、波長410nmでの光線透過率が80%以上である。
(3)波長405nmの光の照射によって硬化する光硬化性を備えている。
拒絶理由通知では、引用文献に開示された原料系、製造過程が本願と非常に類似しており、クレーム中の性能、パラメータの規定により本願の製品と引用文献の製品を区別できないため、請求項は新規性を有しないと指摘された。
本願明細書には、上記(1)~(3)の特性と光硬化性粘着シートの組成および/または構造との関係は明確に記載されていないが、本願の実施例1と比較例1を比較した結果、両者は光開始剤の種類が異なるだけであることから、クレーム中の性能、パラメータの規定が、保護を求める製品に特定の光開始剤が含まれていることを暗示していると分かる。引用文献の製品における光開始剤の種類が本願の比較例1と同じことから、請求項の製品と引用文献の製品は組成が異なると分かる。
4.製品の製造方法への分析
クレーム中の性能、パラメータの規定は、製品の製造時に特定の方法を採用したことによるものである場合もある。このような場合、製造方法について分析し、本願の製品と引用文献の製品に違いがあるかを判断することが考えられる。
例を挙げて説明するが、請求項は共重合ポリエステルフィルムに関するものであり、且つ共重合ポリエステルフィルムは25℃の貯蔵弾性率が2500MPa以下であり、且つ、120℃の貯蔵弾性率が10MPa以上であると規定している。拒絶理由通知では、引用文献に開示されたポリエステル複合フィルムは本願の共重合ポリエステルフィルムと組成及び製造方法が同じであり、請求項に規定する貯蔵弾性率により、請求項の製品と引用文献の製品を区別できないため、請求項は新規性を有しないと指摘された。
本願には、共重合ポリエステルフィルムの貯蔵弾性率は共重合ポリエステルの共重合成分の種類と含有量に関係しており、また、このフィルムを製造する際の延伸条件及びその後の熱固定条件にも関係していると記載されている。比較した結果、引用文献のフィルムの製造方法では、延伸条件及びその後の熱固定条件がいずれも本願と異なると分かった。さらに、本願明細書および比較例の記載を参酌すれば、引用文献における延伸条件及びその後の熱固定条件では、本願に係る共重合ポリエステルフィルムが得られない。したがって、本願の共重合ポリエステルフィルムと引用文献の共重合ポリエステルフィルムが異なると分かる。
以上、いくつかの考え方を簡単に紹介し、ポイントを分かりやすく説明するために、関連事例を簡略化したが、実務でははるかに複雑なため、本願の製品と引用文献の製品が異なる点を証明する手法を決めるには、本願と引用文献を詳細に検討する必要があるであろう。
実務では、上記4つの応答方針で一通りチャレンジし、言及した事例の応答時の反論もすべて審査官に認められたが、後述するように4つの応答方針にはそれぞれ長所と短所があり、実際の状況に応じて選択する必要があるであろう。
方針1は視覚的に直観的なものであるため、審査官に認められやすいが、出願人にとっては難しい面がある。何故なら、試験を行う場合、引用文献の製品を製造することが第一歩となり、出願人による先願でない限り、原料や設備などを引用文献と統一させることが非常に難しいため、引用文献の製品を得ることがそもそも困難だからである。
方針2は、十分な理由により請求項の製品と引用文献の製品の違いを説明できるため、大抵審査官に認められるが、引用文献に本願に記載の性能、パラメータに関連するほかの要件が開示されている場合にのみ論理構築ができるので、この前提条件を満たさないと採用できない。
残りの2つの方針は汎用性があり、多くの場合に採用できるが、クレーム中の性能、パラメータの規定が製品の特定の組成、構造および/または製造方法によるものとの主張になるため、審査官がその後の審査で、請求項において組成、構造および/または製造方法を限定するように要求するリスクはあり、実際の状況に応じて慎重に採用すべきであろう。