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進歩性判断における「ユーザ体験の向上」について


中国弁理士 張 文慧
 
I. 初めに

中国特許法の第22条第3項には、進歩性とは、先行技術に比べて、その発明が格別の実質的特徴及び顕著な進歩を有すると定められている。また、「顕著な進歩」について、「中国特許審査指南」には、進歩性判断において、発明が先行技術より有利な効果を有することは「顕著な進歩」を判断する重要な基準であると定められている。

本稿では、事例を紹介しながら「有利な効果」の1つである「ユーザ体験の向上」について解説する。

II. 審査指南における規定

中国特許審査指南第2部分第9章の6.1.3には「特許出願に係る発明がユーザ体験の向上をもたらすことができ、かつ、そのユーザ体験の向上が技術的構成によりもたらされるか若しくは生じられる場合、または、技術的構成及びこれと機能的にサポートし合い、相互作用の関係にあるアルゴリズム若しくはビジネスルール・方法の構成の協働によりもたらされるか若しくは生じられる場合、当該ユーザ体験の向上は進歩性の判断において考慮しなければならない。」と定められている。

同規定は中国国家知識産権局が策定した「中国特許審査指南」(2023年)に新たに追加されたものである。この改訂により、「ユーザ体験の向上」という効果が発明の進歩性判断において考慮されなければならないことが明文化されている。これまでの進歩性判断においては、出願人や弁理士及び審査官は、改訂前の「特許審査指南」に基づいて「自然法則に適合した技術的効果」に焦点を合わせていたが、ユーザ体験の向上による発明の進歩性有無については、明確な判断基準がなく、議論が起こりやすいという問題があった。

III. 事例の説明

本稿では、ゲーム分野を例として説明する。ゲーム関連発明では、プレイヤーの実体験は欠かせないものである。したがって、進歩性の判断において、「ユーザ体験の向上」は「有利な効果」として考慮されると、出願人にとって有利になることは言うまでもない。同規定はゲーム分野の特許出願に特に求められる「顕著な進歩」の反映に適応したものであり、明細書作成への指導及び法的根拠を具現化するとともに、審査官を含め、業界関係者がユーザ体験の向上を効果とする発明の進歩性をより正確に判断することにも役立つ。

以下に、ゲーム分野における特許例を紹介する。3つの事例はいずれも、「有利な効果」がユーザ体験の向上に関するものであり、かつクレームに記載の技術的構成による効果であるため、中国特許審査指南(2023年)の上記規定に完全に適合するものである。
 
【事例1】

公報番号:CN113713392B

発行日:2023年7月14日

発明の名称:仮想キャラクタの制御方法及び装置、記憶媒体並びに電子機器

発明の課題:

ゲームプレイにおいて、プレイヤーは仮想キャラクターを制御して仮想防護アイテムを見つけて着用する必要があるが、これには多くの場合長い時間がかかり、仮想キャラクターの操作手順が大幅に増加する。さらに、仮想防護アイテムを見つけるプロセスにはある程度のランダム性があり、つまり、上記の仮想防護アイテムが見つからない可能性もある。

発明の技術的手段:

対象ゲームアプリケーションに適用される仮想キャラクターの制御方法であって、

仮想シーンと前記仮想シーンに位置する第1の仮想キャラクターを表示することと、

第1の仮想攻撃アイテムを使用して、第1の仮想キャラクターと異なる陣営に属する第2の仮想キャラクターに対して第1の攻撃操作を実行するように前記第1の仮想キャラクターを制御することと、

前記第1の攻撃操作が前記第2の仮想キャラクタに命中した場合、第3の仮想キャラクターにアーマーを追加することとを含み、

前記第1の攻撃操作が前記第2の仮想キャラクタに命中した場合、第3の仮想キャラクターにアーマーを追加することは、前記第1の攻撃操作が前記第2の仮想キャラクタの第1の部位に命中した場合、前記第3の仮想キャラクターの前記第1の部位にアーマーを追加することと、前記第1の攻撃操作が前記第2の仮想キャラクターの前記第1の部位に連続してN回(Nは1より大きい自然数)命中した場合、前記第3の仮想キャラクターの前記第1の部位にアーマーを連続してN回(Nは1より大きい自然数)追加することとを含み、

前記第3の仮想キャラクターと前記第1の仮想キャラクターとは同一の陣営に属し、毎回には予め設定された数のアーマーを追加することを特徴とする制御方法。

発明の効果:

プレイヤーが仮想キャラクターのアーマーを追加するのに費やす時間を短縮し、プレイヤーのゲーム体験を向上させることができる。

【事例2】

公報番号:CN113559515B

発行日:2023年11月14日

発明の名称:オブジェクト制御方法及び装置、記憶媒体並びに電子機器

発明の課題:

通常、対戦時には非常に高いリアルタイム性が求められ、仮想シーン内に設定された障害物に遭遇した場合、移動を続ける前に仮想オブジェクトの移動方向を調整する必要がある。これに加え、操作レベルが高くないプレイヤーであると、仮想オブジェクトは現在の障害物の位置でスタックし、最終的に敵に殺されてしまうこともある。即ち、従来の技術では、仮想オブジェクトが障害物に遭遇した場合の制御操作が複雑であるという問題がある。

発明の技術的手段:

オブジェクトの制御方法であって、

仮想シーンにおいて移動状態にある対象仮想オブジェクトを表示することと、

移動中の前記対象仮想オブジェクトが前記仮想シーンにおける障害物に衝突した場合に、前記対象仮想オブジェクトと前記障害物との衝突角度を特定することと、

前記衝突角度が目標角度の閾値を超える場合、前記対象仮想オブジェクトが前記障害物に自動的にフィットしてオフセット方向に沿ってスライド移動するように制御することとを含み、

前記オフセット方向は前記対象仮想オブジェクトの現在の移動方向に基づいて決定される方向であり、前記衝突角度が大きいほど、前記対象仮想オブジェクトが前記障害物に自動的にフィットしてオフセット方向に沿ってスライド移動する速度が速くなり、

前記衝突角度が前記目標角度の閾値未満である場合、移動速度を低下させるか、または移動を停止するように前記対象仮想オブジェクトを制御することを特徴とするオブジェクトの制御方法。

発明の効果:

対象仮想オブジェクトが障害物に衝突した際の制御操作が簡素化され、初心者プレイヤーによる未熟な操作によるミッション失敗の回避に役立ち、初心者プレイヤーのゲーム体験が向上する。

【事例3】

公報番号:CN113797544B

発行日:2024年7月9日

発明の名称:仮想オブジェクトの攻撃制御方法、装置、コンピュータ装置及び記憶媒体

発明の課題:

複数の仮想オブジェクトが互いに攻撃し合うゲームにおいて、弱い仮想オブジェクトがゲームの面白さを体験する前にゲームが終了してしまい、ゲームの参加時間が短く、ゲームの興趣性が低下してしまう。

発明の技術的手段:

仮想オブジェクトに対する攻撃の制御方法であって、

対象ゲームのゲームシーンにおいて、第1の仮想オブジェクトと、第1の仮想オブジェクトと異なる陣営に属し、第1の仮想オブジェクトと対戦する第2の仮想オブジェクトとを決定することと、

対象ゲームにおいて前記第2の仮想オブジェクトの仮想武器が仮想オブジェクトに命中するたびに発生するダメージ成分値を取得することと、

前記対象ゲームにおいて、前記第2の仮想オブジェクトが参加した過去の対戦を取得することと、

前記過去の対戦における前記第2の仮想オブジェクトの攻撃能力パラメータ値を取得し、前記攻撃能力パラメータ値は、前記第2の仮想オブジェクトが仮想武器を使用して別の仮想オブジェクトに命中する命中率と、前記第2の仮想オブジェクトが仮想武器を使用する攻撃率とを含むことと、

前記ダメージ成分値と前記攻撃能力パラメータ値とに基づいて、予め設定された時間内において、前記第2の仮想オブジェクトの攻撃動作によって前記第1の仮想オブジェクトに発生する第1の攻撃ダメージ値を予測することと、

前記第1の攻撃ダメージ値に基づいて、対戦における前記第2の仮想オブジェクトと前記第1の仮想オブジェクトの優勢側を特定することと、

前記優勢側が前記第2の仮想オブジェクトである場合、攻撃を停止させ、前記第2の仮想オブジェクトの攻撃操作を回避するように前記第1の仮想オブジェクトを制御することと、を含むことを特徴とする制御方法。

発明の効果:

弱い仮想オブジェクトのゲームへの参加時間を増加させ、弱い仮想オブジェクトが淘汰される確率を低くし、ゲーム体験を向上させることができる。

IV.まとめ

以上の登録例から、これまで、ユーザ体験の向上が技術的な効果として認められず、進歩性の拒絶を受けやすかったゲーム発明も、中国特許審査指南の上記改訂により、登録が認められるようになっていることが分かる。出願人としては、今後の進歩性主張において、審査指南の上記規定に基づき、「ユーザ体験の向上」を技術的効果として主張することができる。さらに、効果の「技術性」が顕著でない発明についても、特許制度による保護を図るトライアルを行うことが考えられる。
 


ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
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