化学分野において、「予想外の効果」を有すると唱える特許の無効化は通常、困難である。本件は、参考になれる無効化戦略を示してい...
近日、明陽科技(蘇州)股份有限公司(以下、明陽科技という)の社長一行は弊所にご来訪いただいた。弊所弁理士が同社の無効宣告請...
「新百倫」商標権侵害事件からの「商標逆混同」の考察


北京林達劉知識産権代理事務所
中国商標弁理士 王 艶
 
今年の4月24日、広州市中級人民法院(以下、「広州中等裁判所」という)は、米国の大手スポーツブランドである「New Balance」の中国における商標権侵害事件について、ニューバランスの中国の総代理店である新百倫貿易(中国)有限会社(以下「新百倫(中国)社」という)に対して、他人の「新百倫」商標権の侵害が成立するとして、その権利侵害行為の差止め、及び商標権者に9,980万元に及ぶ賠償金の支払いを命じる一審判決を下した。本事件は、広州中等裁判所が扱った商標権侵害に係る事件の賠償額としては、史上最高で、かつ、悪意による「逆混同」の行為が他人の登録商標専用権を侵害したと認定された事件でもある。 
 
周知のように、「New Balance」ブランドは1906年、米国のマラソンの街ボストンで誕生した。世界的に有名な同ブランドは、世界の4大ランニングシューズの1つで、1989年に中国市場への進出を果たし、代理店を通して製品を販売してきた。「New Balance」は中国進出した当初、中国語の商品名称として「紐巴倫」を使用していたが、当該名称がその代理業者に先取り登録されてしまったので、名称を「新百倫」に変更した。2006年、新百倫(中国)社を設立し、主に中国国内で「New Balance」ブランドのスポーツシューズのシリーズ製品の販売を取扱うと共に、製品関連の宣伝活動でも「新百倫」標章を大量に使用していた。同ブランドのスポーツシューズのシリーズ製品は、中国において人気が非常に高く、極めて高いシェアを占め、広範な消費群を有している。
 
一方、広州でビジネスを手がける周楽倫氏(以下「周氏」という)は早くも2004年6月4日、第25類の服装、靴、スポーツウェアを指定商品として、第4100879号「新百倫」商標を出願した。当該商標は初歩査定された後、「New Balance」の商標権者であるニューバランス・アスレチック・シュー社(以下「ニューバランス社」という)に異議申立を請求された。ニューバランス社は、周氏の「新百倫」商標が「New Balance」の商標を模倣したものなので、登録は許可されるべきではないと主張したが、当該異議申立の理由は、商標局に認められなかった。2011年7月18日、商標局より異議申立不成立という裁定が下され、周氏の「新百倫」商標は2008年1月7日、登録を許可された。
 
2011年7月、周氏は、自分は「新百倫」に対して先行商標権を保有しており、新百倫(中国)社が「新百倫」商標を付したスポーツシューズを販売した行為は商標権侵害であるとして、新百倫(中国)社に対して訴訟を提起した。周氏は、1996年に中国で商標「百倫」を登録し (当該商標の元の出願人は周氏ではなく、譲渡手続を経て当該商標を入手して、商標権者になり、商標登録番号は865609) 、その後、さらに商標「新百倫」を登録したこと、これらの商標は全部、自分が設立した企業が製造している紳士靴に使用され、多くの大型ショッピングモールなどに販売コーナーが設置されていることを主張した。 
 
それに対して、新百倫(中国)社は、「新百倫」を「New Balance」の中文名称として使用しているが、「新百倫」を企業商号として商品上に際立って使用してはおらず、かつ、その使用時間も周氏より早く、善意の使用に該当し、その使用によって関連消費者に混同、誤認を生じさせておらず、商標権侵害を構成しないと反論した。
 
最終的に、広州中等裁判所は、新百倫(中国)社に対して、周氏の商標権侵害を構成するとして、侵害行為の差止め、及び純利益の50%にあたる9,980万元の賠償金の支払いを命ずる一審判決を下した。現時点で、一審の被告新百倫(中国)社が上訴したことに関する情報はない。
 
以前の「藍色風暴」事件や「龍太子」事件と同様に、本事件も典型的な「逆混同(reverse confusion)」に係る事件である。いわゆる「逆混同」とは、「直接混同(direct confusion」と相対するものである。「直接混同」は、伝統的な商標混同で、他人の同一又は類似商品においてすでに登録された商標を使用することで、消費者に商品の出所がその商標権者であると誤認させることをいう。一方、「逆混同」とは、後発使用者が他人のすでに登録された商標と同一又は類似する商標を使用しても、消費者にその提供された商品が先行商標の商標権者と関係があるという誤認を生じさせないが、後発使用者による商標使用行為により、消費者に先行商標の商標権者によって提供された商品の出所が、後発使用者による、又は両者には特定の関係があるという誤認を生じさせることをいう。つまり、「逆混同」における「混同」は、先行登録商標と後に使用する商標との間の混同のことをいう。では、どうしてこのようなことが起こるのだろうか。「逆混同」においては、商標の後発使用者は通常、比較的高い知名度と影響力を有する大企業であるが、一方、先行登録商標の商標権者の実力は弱いため、強力な市場マーケティングの手段や大規模な広告宣伝活動によって、その商標に短期間で高い知名度を持たせることは困難である。しかし、後発使用者は実力が強くて、市場における一定の影響力や特定の消費群を有しているので、その使用者が使用した商標は往々にして、短期間で消費者の間で知名度を有するようになり、同商標を付した商品の出所は、真実の商標権者ではなく、後発使用者であるという間違った認知を形成してしまうわけである。したがって、「逆混同」が発生した場合、先行商標権者はしばしば、自主的にその登録商標の使用や新たな市場開拓ができないだけでなく、現有の市場も失ってしまうという状況に陥ることになる。つまり、このような状況下では、先行登録商標は基本的な識別機能を失ってしまい、その商標権者も同商標を利用することで、市場名誉を獲得したり、ブランドイメージを構築したりする空間と価値について、大きな制限を受けることになる。
 
本事件で、広州中等裁判所は、「被告である新百倫(中国)社は、公開のルートで原告である周氏の先行商標に係る登録情報を容易に入手できたはずである。それに、事件の証拠によって、被告の関連会社ニューバランス社は、原告周氏の商標『新百倫』に対して異議申立を行ったことがあることも明らかである。このことは、新百倫(中国)社が原告の商標登録の状況を知っていたことを意味する。このような状況下で、製品の販売や宣伝において『新百倫』文字を依然として大量に使用したことは、会社名称の規範的な使用行為ではない。当該行為は正当とはいえず、信義則にも反するので、善意の使用と判定すべきではない。また、被告の行為は、原告より提供された商品の出所が、新百倫(中国)社で、『New Balance』と特定の関係があるという誤認を消費者に生じさせて、消費者に混同、誤認をもたらしている。それによって、商標権者としての原告とその登録商標という特定の関連関係が切り離されて、原告の合法的な権益が損なわれた。」と認定した。これに基づき、広州中等裁判所は、商標権侵害が成立するとして、新百倫(中国)社に対して商標権侵害の責任を負うように命じた。
 
第3回商標法改正で、商標権侵害について混同の概念が導入されたが、混同の方向については明確に規定されていない。一般的な意味における「混同」とは、「直接混同」のことをいい、大多数の商標権侵害事件も伝統的な「直接混同」に該当する。つまり、後発使用者が他人の登録商標を使用することで、他人の登録商標との混同を生じさせることである。通常、「直接混同」における後発使用者には大体、「傍名牌(有名ブランドへのただ乗り行為)」の悪意がある。それに対して、「逆混同」における後発使用者は、自分の商品が先行登録商標の商標権者と関係があると消費者に誤認を生じさせようとはしていないが、先行登録商標を不正に自分のものとしようとしている。では、「逆混同」において、商標使用者の悪意は、考慮要件とすべきなのだろうか。 
 
周知のように、伝統的な混同である「直接混同」では、商標権の侵害者が悪意を有することは要件としない。つまり、善意の使用であっても、使用した商標が他人の登録商標と同一又は類似して、混同を生じさせやすい場合、商標権侵害は成立する。当該理論に基づき、「逆混同」においても、商標使用者が悪意を有することが商標権侵害の成立要件の1つであるとは考えていない。このような事件において、商標の後発使用者には通常悪意があり、大量使用により、市場における認可度を形成することで、先行商標の商標権者と同商標との関係を切り離し、同商標を自分のものとにしようとしている。本事件も当該状況に該当し、広州中等裁判所は、「『新百倫』は、『New Balance』の音訳又は意訳でもなく、『New Balance』の意訳は『新平衡』である。新百倫(中国)社も関連会社『New Balance Athletic Shoe,Inc』を『新平衡運動鞋公司」と称し、製品の以前の名称は『紐巴倫」であったので、『新百倫』は『New Balance』の唯一の音訳でもない。したがって、新百倫(中国)社が『新百倫』標章を使用する行為には、主観的な悪意があると認定すべきである。」と認定した。しかし、実務において、後発使用者は先行商標の登録状況を知らないままで商標を使用する可能性を完全には排除できない。このような状況下で、悪意を有することを要件の1つとして考慮すれば、混同は生じても、商標権侵害は成立しない状況になる。それでは、先行商標の商標権者に対して、不公平である。「逆混同」を禁止する目的の1つは、小企業の先行商標権を保護して、公平で平等な競争環境を維持することにある。もちろん、商標権侵害の賠償責任とその金額を考慮する場合、悪意を有するか否かは考慮すべき要素であると考えられる。
 
上述のように、「逆混同」において、商標の後発使用者は概ね高い影響力を有する大企業で、これらの企業が新しいブランドを発表したり、新しい商標を使用したりする場合、商標権侵害になる可能性を意識的に厳重に調査すべきである。現在のネット情報社会において、1つの商標が他人により先に登録されたか否かについて、簡単な調査で知ることができるので、これらの企業も調査する能力を備えているはずである。大企業として、他人によりすでに登録された商標に対して、大量に宣伝、使用することで、他人の登録商標を自分のものにしようとすることは、意識的に避けるべきで、かつ、他人の登録商標の存在を明らかに知っている状況下ではすべきではない。さもなければ、甚大な代価を払うことになると考えられる。
 
本事件は、企業に対して、完璧な商標戦略に持ち、権利取得や権利行使に最大の努力をするだけではなく、権利侵害のリスクにも十分な注意を払うべきことを示唆してくれた。また、自分が使用しようとする商標に対して、使用前にまず商標調査を行った上で、早期登録を目指すべきである。特に外国企業は、中国市場に進出する前に、そのブランドに対応する中文商標を一応確定し、全面的に調査を実施し、当該中文商標が先行登録又は先行使用されていないかどうか確認すべきである。他人がすでに同一又は類似する商標を登録や使用しているのは発見した場合、先行権利を排除できるか否かについて一歩進んで確認すべきで、もし排除が難しい場合、侵害のリスクを未然に防ぐために、その他の中文商標に変えるべきである。
 
(2015)

ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
ホットリンク:北京魏啓学法律事務所
©2008-2025 By Linda Liu & Partners, All Rights Reserved.
×

ウィチャットの「スキャン」を開き、ページを開いたら画面右上の共有ボタンをクリックします