ランドローバー社とチェリー社間の中国商標「陸虎」に係る紛争事件
北京林達劉知識産権代理事務所
商標部 肖 暉
Ⅰ、係争商標の基本状況
係争商標:
備考:「陸虎」は「LANDROVER」を中国語で表記したもの
登録番号:第1535599号
出願日:1999年11月10日
登録日:2001年3月7日
商標権者:吉利集団有限公司
存続期間:2011年3月7日~2021年3月6日(更新済み)
Ⅱ、事件の基本状況
原告:ランドローバー社(中国語名称:路華公司)【イギリス自動車メーカー】
被告:中華人民共和国国家工業行政管理局総局商標審判委員会
第三者:チェリー社(中国語名称:吉利集団有限公司)【中国語自動車メーカー】
一審裁判所:北京市第一中等裁判所
一審開廷日:2011年3月17日
一審判決日:2011年4月22日
現状: 二審中(チェリー社より提訴)
関連法律条文:「商標法」第31 条
Ⅱ、事件の概要
第三者の吉利集団有限公司(以下「チェリー社」という)は2001年3月7日、第1535599係争商標「
」を出願し、第12類の1203、1208類似群の関連商品を指定した。具体的な商品として、「オートバイ、自動車(車両)」などを含む。
それに対して、原告は2004年4月16日、「陸虎」はランドローバー社の知名ブランド「LANDROVER」の中国語音訳標識であり、チェリー社が自動車製造メーカーとして、1999年に「
」を先取りした行為は、自動車業界の経済秩序に混乱をもたらし、消費者にブランド認知度の誤認を生じさせるとして、当該行為は法により禁止すべきであるということを理由に、係争商標「
」について、商標審判委員会に不正登録取消審判を提出した。
しかし、中国商標審判委員会は2010年7月19日、、係争商標の出願日前に、ランドローバー社が、自発的に中国市場において宣伝し、当該商標を使用したことにより、一定の影響力を有することを証明できる十分な証拠がないとして、係争商標の登録を維持するという審決を下した。
その後、原告は当該審決を不服として、2010年8月30日に、北京市第一中等裁判所に行政訴訟を提起した。
2011年4月22日、北京市第一中等裁判所は一審判決を言い渡した。被告が下した審決を取消し、被告は当該不正登録取消審決について改めて裁定を下すよう要求した。
【
参考情報】
①1957年10月8日、原告のランドローバー社は、第12類の1202類似群において第29228号引用商標「
」を出願した。その登録が許可された後、更新を経て、現在の存続期間は、2008年12月1日~2018年11月30日までである。指定商品は「各種の客車、車両」などである。
②チェリー社の先登録商標「
」が存在するため、ランドローバー社は2003年4月4日、「
」の音訳漢字商標「
」(第12類、第3514202号商標)を出願した。当該商標は、異議申立及び異議不服審判を経て、2011年9月7日(1278登録公報)に、ようやく登録された。当該商標の現在の存続期間は2004年10月14日~2014年10月13日までである。
Ⅲ、 一審訴訟段階における各方の主張
● 原告のランドローバー社の主張
①ランドローバー社は、60年以上の自動車製造の歴史を有する世界的に有名な自動車メーカーである。中国で長年にわたり、商標「陸虎」を宣伝、広告してきた。したがって、新興自動車メーカーのチェリー社は、同業者として、「陸虎」を知らないわけがない。チェリー社は、それを知っていたうえで、且つ業界の人やメディア、及び消費者が一般的には「陸虎」は、ランドローバー社のシリーズ商標として対応関係を有すると認めた状況下において、商標「
」を出願登録したことになる。したがって、悪意を有することは明らかである。
②係争商標だけではなく、チェリー社は、「
」(「宝馬」はドイツブランド「BMW」の中国語訳である)、「
」(「捷豹」はイギリスブランド「JAGUAR」の中国語訳である)、「
」(「汗馬」は、アメリカブランド「Hummer」の通常の中国語訳「悍馬」の発音「hanma」と同様である)などの自動車業界の知名ブランドと同一又は類似する商標を出願、登録したことから見れば、同社が、他人馳名商標を冒認出願する一貫的な悪意を有することが明らかである。
③「
」は、陸上の虎という意味があるため、最も適切に「LANDROVER」のSUV車が野山を越えていく優れた性能を表現しているといえる。その上、「陸」も「LAND」の意訳でもある。チェリー社とランドローバー社は、自動車業界における同業者であるため、一旦、チェリー社が商標「
」をSUV車に使用したら、現在使用されているランドローバー社の商標「
」と誤認、混同を生じさせやすい。
④ランドローバー社は1996年から、「陸虎」を「LANDROVER」の中国語訳商標として使用している。それを証明するために、約40部のメディアー報道を証拠として提出した。
⑤国家関連部門より発行された車両登記書類の写し(「陸虎」は「LANDROVER」の中国語商標と称した)を提出した。
● 被告の商標審判委員会の主張
①ランドローバー社より提出された証拠は、全てメディアによる報道であり、ランドローバー社が自ら「陸虎」商標に対して行った自発的な使用ではない。同社は、自発的に行った広告宣伝或いは活動企画の証拠を提出してない。自発的宣伝について、ランドローバー社は、如何なる広告契約、インボイスなどを以って自分の宣伝を証明することができない。
● 第三者のチェリー社の主張
①ランドローバー社より提出された証拠は、全てメディアによる報道であり、ランドローバー社が自ら「陸虎」商標に対して行った自発的な使用ではない。同社は自発的に行った広告宣伝或いは活動企画の証拠を提出してない。
②「LANDROVER」の中国語訳には、「蘭徳羅孚」、「路華」など数多くある。「陸虎」も、その中の一つであり、メディアや自動車愛用者にとっての「LANDROVER」に対する一種の言い方ともいえる。
Ⅳ、 一審裁判所の判断
①原告より提出された41編のニュース報道或いは評論文書の中には、専門的な自動車新聞、刊行物及び雑誌が含まれている。これにより、係争商標の出願日前に、漢字の「陸虎」は英語「LANDROVER」の中国語称呼として、中国の関連公衆に広く認められていて、当時の権利者であるBMW社と唯一な対応関係を形成していたことを証明できる。
②係争商標の出願日前に、関連公衆において、中国語「陸虎」が中国市場の使用において、既に一定の影響力を有したことに鑑み、第三者のチェリー社は、専門的な自動車生産メーカーとして、中国語「陸虎」と「LANDROVER」の対応関係、及びその業界における知名度を知っていたはずである。したがって、チェリー社がそれを知っていたうえで、中国語の「陸虎」を先取りした行為は、不正当性を有する。
第三者の行為は、商標法第31条「他人の先使用した且つ一定の影響力を有する商標を不正手段によって先取りして登録出願しではいけない」に関る規定に違反している。
したがって、北京市第一中等裁判所は被告が下した審決を取消し、被告の商標審判委員会に改めて裁定を下すように命じた。
【参考情報】
開廷審理後、本件主審裁判官の饒亜東氏は、以下のコメントを発表した。
①本件のキーポイントは、チェリー社と商標審判委員会が主張した「イギリスのランドローバー社は自発的に『陸虎』商標を使用していない」ことにある。
ニュース報道或いは評論文書は、「陸虎」は「LANDROVER」の中国語称呼として、中国の関連公衆に広く認められていて、当時の権利者のBMW社と唯一な対応関係を形成していたことを説明でき、商品出所、製品の品質を標識する役割を果たしたと認めることができる。
②さらに、本件の他、チェリー社は「BMW」や「Hummer」など自動車業界の知名ブランドと同一または類似する商標を出願登録した。これらの行為は明らかに悪意を有するので、法によって支持されるべきではない。
③法に基づき、新たな証拠及び理由がない限り、商標審判委員会は今回、以前と同じ審決を下すことができない。つまり、ランドローバー社は、「陸虎」の商標権を取得する可能性がある。
Ⅴ、 二審の情報について
2011年6月11日の「銭江晩報」によれば、チェリー社は本件一審判決に指摘された悪意による先取る行為について不服があり、上訴を提起したので、本件はいま
二審の上訴段階にあるとのことである。
Ⅵ、 弊所のコメント
数年前の「偉哥」(「Viagra」の中国語訳の一つ)案件において、メディア報道は、原告が自ら広告宣伝したことを証明できないため、その商標に対する実際的な使用をしたことを証明できないという判決が北京市第一中等裁判所より言い渡された。今回の判決において、北京市第一中等裁判所は、数年前の「偉哥」事件と異なる観点を示した。つまり、「商標法」第31 条の「使用」の主体について、ある程度、緩やかに適用されていることが分かった。また、本件において、自動車メーカーの同業者としてのチェリー社は、「BMW」や「Hummer」など自動車業界の知名ブランドと同一または類似する商標を出願登録したことについて、冒認出願の主観的悪意があると認定された。この内容から見れば、中国裁判所は、国際ブランドの中国への進出について、できるだけ保護を与える傾向にあると思料できる。
なお、本件から得られる教訓として、中国において一旦自分の商標を他人により先取りされた場合、その登録の阻止(異議申立)、登録された商標の取り消しには、多大な時間、費用、労力がかかることが分かったであろう。中国市場に進出する予定があれば、外国語商標に対応する中国語商標を一日でも早く出願することが非常に重要であると思う。
本件訴訟は、まだ二審中にある。今後の動向について、注意深くフォローして行きたい。
Ⅶ、 情報の出所
①「土豆網」に転載した「CCTV13テレビニュース」の関連報道
⑥「騰訊財経」が転載した「新京報」のニュース
⑧銭江晩報
⑨中国知的産権情報資訊網
(2012)