『商標法』第31条にいう先行権利と商標権の抵触に関する法律分析
北京林達劉知識産権代理事務所
商標部
I.序言
中国『商標法』第31条には、「商標登録の出願は、他人の先行権利を侵害してはならない。他人が先に使用している一定の影響力のある商標を不正な手段で登録してはならない」と規定されている。この条文の前半では、登録出願の商標は、他人が既に取得した合法的な先行権利と抵触してはならないことを定めている。『商標法』の他の条文において、先行商標権への保護について、既に定められているので、本稿文にいう先行権利とは、主に商標権以外の先行権利、つまり、著作権、氏名権、商号権、意匠権及び肖像権などをいう。
現在、中国の商標異議申立、異議審判、係争審判、行政訴訟又は民事訴訟などの案件において、登録出願の商標が他人の先行権利と抵触するケースが数多くある。『商標法』第31条は、先行権利の権利者が先行権利を利用して商標権に対抗する法的根拠となる。本文では、主に著作権と氏名権という2種の先行権利が商標権に抵触することについて、具体的な事例を挙げることで分析を進めるものとする(本文では著作権と氏名権以外のその他の先行権利の内容まで言及しないが、他の先行権利に関する分析は今後の文章で討論させていただくことにする)。
II.先行著作権と商標権の抵触の事例分析
著作権とは、文学、芸術、自然科学、社会科学、工程技術等の著作物を創作するとき、法により生じた権利をいう。著作権侵害とは、著作権者の許可を得ず、且つ法律的な根拠がなく、無断で他人の著作物などの権利対象を使用する行為をいう。著作権侵害の行為は、以下の4種類に分けられる。つまり、著作者人格権を侵害する行為、著作財産権を侵害する行為、著作隣接権を侵害する行為、及び出版権を侵害する行為である。商標異議、異議審判、係争審判及び行政訴訟の案件における著作権侵害の行為は、主に著作財産権を侵害する行為をいう。
以下に、具体的な事例を挙げながら、どのような状況下で後の商標登録出願が、先行著作権を侵害する行為になるのかということについて分析する。
1.具体的事例
事例1:三洋電機株式会社(以下、「三洋社」という)VS商標審判委員会の商標行政訴訟の件
(1) 行政段階
成都凌拓実業有限公司(以下、「凌拓社」という)は、1997年5月30日に第1189067号「
」商標を出願した。指定商品は第12類の商品である。当該商標が公告された後、三洋社は異議申立を提出した。異議申立の際、三洋社は主に「被異議申立商標は引用商標にある図形を故意に複製し、模倣しているので、類似商品において引用商標と類似する」と主張した。それに対し、商標局は、「被異議申立商標は、引用商標一と二のアルファベットの構成とは異なり、称呼及び意味においても区別があるので、類似しない。また、引用商標三は、指定商品を被異議申立商標と区別しているので、消費者に誤認や混同を生じさせない」と認定した。したがって、商標局の裁定により、三洋社から提出された理由は成立せず、第1189067号商標は権利付与された。
三洋社は,商標局の裁決を不服として、商標審判委員会に異議審判を請求した。三洋社は審判において、被異議申立商標は、「
」図形の先行著作権を侵害していることを強く主張したが、商標審判委員会は、被異議申立商標が類似商品において引用商標と類似するという三洋社の主張を支持しなかった。また、商標審判委員会は先行著作権の主張について、被異議申立商標は全体として、三洋社にデザインされた「
」図形と明らかに区別できると認定されたので、凌拓社がその著作権を侵害したという主張も支持しなかった。結局、商標審判委員会は、異議理由は成立しないので、被異議申立商標について権利付与するという裁決を下した。
(2) 訴訟段階
三洋社は商標審判委員会の裁定を不服として、北京第一中等裁判所に行政訴訟を提起した。その際、中国国家著作権局から発行された「
」図形の著作権登記証明書を提出した。三洋社は、被異議申立商標は、その先行商標権と著作権を侵害していることを主張した。北京市第一中等裁判所は、被異議申立商標が引用商標と類似商品において類似するという三洋社の主張を支持しなかったものの、被異議申立商標が三洋社の先行著作権を侵害したか否かについて、以下のとおり認定し、商標審判委員会の裁決を取消すという判決を2007年12月18日に下した。
①「
」図形の真中に傾いている黒い矩形があり、両側は、数本の黒い線からなっており、全体的に強い立体感を有し、普通の印刷書体の文字とは異なり、創作者の知能労働の結果が凝集されたものであると言える。したがって、「
」図形は、美術著作物として、わが国の著作権法の保護を受けられる。
②三洋社は、「
」図形について先行著作権を有することを証明するためには、異議申立の段階で、「
」図形の創作委託の取決めに係る資料を提出し、且つ訴訟段階で著作権登記証明書を補足提出した。当該著作権登記証明書は、異議申立及び異議審判の段階で提出しなかったが、創作委託の取決めに係る資料の補強証拠として、商標審判委員会によって認められた。本裁判所は当該著作権登記証明書を信用し、三洋社が「
」図形に関する著作権を有することの証拠であると認定する。しかも、三洋社が本件で主張した先行著作権を有する「
」図形は、第1012496号「
」図形商標の「
」図形であり、当該引用商標の出願日は1995年12月26日であり、存続期間は1997年5月21日から始まり、被異議申立商標の出願日1997年5月30日より早い。したがって、本裁判所は、三洋社が第1012496号「
」図形商標にある「
」図形に対して著作権を有することを認定する。
③「
」図形と被異議申立商標「
」にある“N”を比較すれば、両者は視覚上であまり差異がなく、同一の図形であるといえる。凌拓社が許可を得ることなく、三洋社の「
」図形を被異議申立商標に使用するのは、三洋社の先行権利を侵害しているので、被異議申立商標の登録は認めるべきではない。
事件2:株式会社井上企画(以下、「井上社」という)VS商標審判委員会の商標行政訴訟の件
(1) 行政段階
盛趣信息技術(上海)有限公司(以下、「盛趣社」という)は、2003年1月17日に第3438625号「灌籃高手」(注:スラムダンク)商標の登録出願を提出した。指定役務は第41類の「(コンピュータネット上における)オンラインによるゲームの提供」などである。
井上社は2006年1月28日に商標審判委員会に係争審判を提出して、当該商標を取消すよう請求した。井上社は、その代表者である井上雄彦氏が、漫画『灌籃高手』(スラムダンク)の著作権を有し、「灌籃高手」は当社の高い知名度を有する馳名商標で、係争商標と漫画『灌籃高手』(スラムダンク)のタイトルと完全に同一であるので、請求人の先行権利を侵害していることを主張した。商標審判委員会は次のとおり認定した。著作物のタイトルが独立して著作権の保護を受けた場合、著作権法に定められた文学、芸術及び科学分野において独創性を有し、且つある有形の形で複製できる知力成果であるという条件を満たさなければならない。係争商標「灌籃高手」(スラムダンク)は、漫画『灌籃高手』(スラムダンク)という著作物のタイトルと比べると、文字の構成は同じであるが、「灌籃高手」(スラムダンク)は、スラムダンクが得意なバスケットバールの選手の称呼であり、一般公衆が自由に使用できる文字なので、文字著作物として備えられるべき独創性を有せず、『著作権法』にいう文字著作物とはいえない。同時に、係争商標は普通の印刷体の形式で表現されているので、他人の美術著作物を侵害する情況でもない。したがって、商標審判委員会は井上社の先行著作権の主張を認めず、係争商標の登録を維持した。
(2) 訴訟段階
井上社は、商標審判委員会の裁定を不服として、北京第一中等裁判所に行政訴訟を提出した。本件の争点について、北京第一中等裁判所は以下のとおり認定した。漫画『灌籃高手』(スラムダンク)という著作物は、独創性を有するが、当該著作物のタイトル「灌籃高手」(スラムダンク)という四文字は、通用の単語で、文字著作物として備えられるべき独創性を有しないので、『著作権法』にいう文字著作物とはいえない。井上社は、当該四文字に対して著作権を有してないので、商標審判委員会の裁定を維持するという判決が下された。
2.法律分析
上述の事例1において、三洋社の先行著作権に対する主張は、商標審判委員会には支持されなかったが、訴訟の段階で裁判所に支持された。事件2において、井上社の先行著作権に対する主張は、行政段階と訴訟段階のいずれでも支持されなかった。それでは、引き続き以下の面から当該2事例を分析する。
(1) 著作権の著作物の定義による分析
上述のとおり、著作権とは、文学、芸術、自然科学、社会科学、工程技術などの著作物を創作するとき、法により生じた権利をいう。わが国の『著作権法』第3条において、著作物の形式を以下のとおり明確に定めている。
①文字による著作物
②口述による著作物
③音楽、演劇、演芸、舞踊、サーカス芸術による著作物
④美術及び建築による著作物
⑤撮影による著作物
⑥映画の著作物及び映画制作に類似する方法により創作された著作物
⑦工程設計図、製設計図、地図、見取図などの図形の著作物及び模型の著作物
⑧コンピュータ・ソフトウェア
⑨法律及び行政法規規定に定められたその他の著作物
『著作権実施条例』(以下、『条例』という)の第2条によれば、著作権法にいう著作物とは、文学、芸術及び科学分野において独創性を有し、且つある有形の形式で複製できる知力活動の成果をいう。この条文にいう著作物の重要な要件の一つは、「独創性」である。これは、著作物が『著作権法』の保護を受けられる実質的な要件である。また、『条例』の第4条では、『著作権法』の第3条に挙げられた著作物について、更に説明している。その中で、「文字著作物とは、小説、詩歌、エッセイ、論文など文字の形式で表現された著作物をいう。美術著作物とは、絵、書法、彫塑など、線、色彩又はその他の方式で構成された美的観念を有する平面又は立体的な造形芸術著作物を指す」と上述の2事件に係る著作物について定義している。
上述の2事件において、三洋社と井上社は、共に著作権を主張したが、異なった結論が出された原因は、主に「著作物」の定義にあるということが分かる。事例1において、商標審判委員会は、「
」図形が、わが国の『著作権法』にいう美術著作物であるとは認定しなかった。しかし、裁判所は、「
」図形は、創作者の知能労働の結果が凝集されているので、美術著作物として、中国の『著作権法』の保護を受けられるべきであると認定した。被異議申立商標に含まれている図形と三洋社の図形は、視覚上で差異がなく、同一の商標であるといえる。したがって、凌拓社は三洋社の著作権を侵害しているという判決が下された。事例2において、商標審判委員会と裁判所は、共に、作品のタイトル「灌籃高手」(スラムダンク)という四文字は、文字著作物として備えられるべき独創性を有せず、『著作権法』にいう文字著作物とはいえないので、著作権を有しないと認定した。
商標の構成要素は、文字、図形及び立体的形状などであるので、著作権保護の客体と著作物とが重なっている。これは商標権と著作権の抵触を必然的に導くものである。実際において、商標権と著作権の抵触の種類は多いが、最も多いのは、以下の種類である。
①文字商標と著作物の名称、広告のスローガンなどとの抵触
事例2の「灌籃高手」(スラムダンク)は、まさにこの種類に属する。当該事件の行政訴訟において、裁判所は、漫画『灌籃高手』(スラムダンク)の著作権については認めたが、当該作品のタイトルは、著作権の客体ではないと認定されたので、権利者は、先行著作権を主張することで、商標の登録に対抗できなくなった。また、実務において、著作物の名称又は著作物にある役柄の名称を商標として出願した事例が多い。映画の著作物の名称又はその役柄の名称は、通常、著作権保護の客体とはならないので、例えば、映画『Avatar』が上映された後、数多くの「阿凡達」(注:Avatarの中国語訳)と「Avatar」が商標として出願された。そして、役柄は仮想のものとして、実際に存在している人物ではないので、「氏名権」ともいえないので、氏名権を主張しても商標権に対抗できない。
②図形商標、立体商標と美術、撮影著作物及び彫塑著作物などとの抵触
事例1の図形は、線からなる平面美術著作物なので、『著作権法』に保護される客体である。実務において、数多くの図形商標と美術著作物の抵触の事件において、図形商標が美術著作物の先行著作権を侵害したと認定されたら、当該美術著作物は保護を受けられるはずである。当該図形商標の指定商品又は役務の制限を受けない。
(2) 著作権侵害の適用要件による分析
通常、先行著作権を主張することで、効率的に商標権に対抗する場合、一定の条件を満たさなければならない。『商標審査及び審理基準』には、以下の要件がまとめられている。
①係争商標が、他人の先行著作権を有する著作物と同一又は実質的に類似すること。
②係争商標の登録出願人が、他人の著作権を有する著作物に接触したことがあり、又は接触した可能性があること。
③係争商標の登録出願人が著作権者の許可を得ていないこと。
事例1において、被異議申立商標に完全に含まれている「N図形」は、三洋社が先行著作権を有する「N図形」とほぼ同じなので、実質的に類似する。三洋社の「
」、「
」は中国において一定の知名度を有し、且つ商標として先に登録されたことがあるので、凌拓社は、それに接触した可能性がある。しかも、凌拓社は三洋社の許可を得ていないので、三洋社の著作権を侵害したことになる。上述の適用要件①②は、実際に、著作権侵害を認定する際、よく適用される基本的な規則である「実質的類似+接触可能性」を示したものである。上述の③について、事例1において、凌拓社が三洋社の許可を得たことを証明できる証拠はなかった。しかし、仮に他の事件において、係争商標の登録出願人が著作権者の許可を合法的に得ていれば、『著作権法』及び『著作権実施条例』の関連規定により、その主張に対して挙証責任を負わなければならない。つまり、「係争商標の登録出願人と著作権者は、著作権の使用許諾契約を締結したこと、著作権者は、その著作物を商標として登録出願することを許可するという意思を直接、且つ明確に示したこと」を証明する必要がある。
(3) 先行著作権に関する証明
先行著作権について、『商標審査及び審理基準』において、係争商標の出願日前に、他人が著作物の創作を完成し、又は相続し、譲渡するなどの方式で取得した著作権について限定している。当該著作権は有効であり、保護期間以内でなければならない。保護期間の満了した著作物は、既に社会の公用の分野に入っているので、その著作物を使用して商標登録出願するのは、著作権への侵害にならない。
先行著作権については、以下の証明資料を通じて証明することができる。
①著作権登記証明書
②先に当該著作物の創作を完成したことを証明できる証拠資料
③先に当該著作物を公開し、発表したことを証明できる証拠資料
④先に相続又は譲渡等の方式を通じて著作権を取得したことを証明できる証拠資料
⑤当事者が先行著作権を有することを認定し、発効した判決書(先行著作権に十分に反する証拠のない状況下で、当該判決書は認められるべきである)
著作権は、非登録の知的財産権であるので、著作物の創作の完成日から発効する。通常、主に上述の②③④を通じて証明することができる。しかし、実践においては、著作権は、著作物の存在が前提となるが、著作物の独創性に関する認定は非常に難しいし、行政機関(商標局と商標審判委員会)の専門範囲を超えている。通常、商標異議申立、異議審判、係争審判などの事件において、もし著作権者が、①著作権登記証明書、又は⑤当事者が先行著作権を有することを認定し、発効した判決書を提供でき、係争商標の登録出願人が異議を提出しない場合、その証拠は行政機関及び裁判所に容易に信用される。したがって、現在実務において、若干の著作権者は、著作権登記証明書の手続きを行っている。しかし、一旦係争商標の登録出願人が異議を提出したら、上述の②③④の中の一種を補足して証明する必要があると思われる。
事例1において、三洋社は主に異議段階で提出した「
」図形の創作委託の取決めに係る資料と訴訟段階で補足した著作権登記証明書を利用して、著作権を証明した。
以上のことをまとめると、著作権と商標権の抵触事件において、先行著作権者は、まず自分で主張した先行著作権の客体-著作物が、『著作権法』に定められた定義に合致するか否かを確定する必要がある。次に、当該事件において、著作権を主張したとき、上述の適用条件を満足するか否かを確認する。上述の条件を全部満足できた場合、証拠を収集するとき、著作権証明の証拠を重点とし、侵害者の接触した可能性についての証明を補助的証拠とすれば、著作権を利用することで、効率的に商標権に対抗できる可能性が高い。著作権の証明について、最初の創作完成又は公開発表の証明資料を保存する意義は非常に大きい。そして、著作権登記手続を行えば、著作権者は自分の権利を主張するのに、かなり有利になる。
III.先行氏名権と商標権の抵触の事例分析
氏名権とは、自然人が自分の氏名を決定、変更及び使用する権利をいう。氏名は、戸籍簿に登記された正式な氏名及び芸名、筆名等のような正式でない氏名も含む。中国の『民法通則』第99条第1項には、「公民は、氏名権を有し、自分の氏名を決定、使用、法により変更する権利を有し、他人の干渉、盗用、詐称を禁止することができる」と規定されている。商標事件において、氏名権を侵害する方式は、主に盗用である。即ち、権利者の許可又は授権を得ることなく、無断で他人の氏名を商標として使用することである。
1.具体的な事例
事例3:杭州ワハハ集団有限公司(異議申立人)VS安徽省渦陽県皖炉酒業有限公司(被異議申立人)商標異議申立の件
被異議申立人は、2000年6月14日に第1623365号「宗慶後」商標を出願した。指定商品は第32類の「ビール、アルコール分を含有しない飲料、ミネラルウォーター」などである。当該商標が公告された後、異議申立人は商標局に異議申立を提出した。異議申立人は、「『宗慶後』は杭州ワハハ集団有限公司の創始者、法定代表者であり、中国で知名度の高い企業家として、数多くの名誉称号や賞を獲得している。異議申立人の商標『娃哈哈』(注:ワハハ)の知名度の向上及び宗慶後氏に関するメディアの大量の宣伝報道によって、宗慶後氏は既に社会の一般公衆にとって一定の知名度のある人物であるといえる。したがって、被異議申立人が、『飲料、ミネラルウォーター』などの商品において被異議申立商標『宗慶後』を出願したのは、宗慶後氏の氏名権を侵害している」と主張した。それに対し、被異議申立人は、「被異議申立商標『宗慶後』が、異議申立人の責任者の氏名と同一になったのは、偶然であり、被異議申立人が当該商標を出願することは『商標法』の関連規定に合致している」と答弁した。
商標局は、審査を経て、「異議申立人の法定代表者宗慶後氏はその氏名について、法により氏名権を有する。宗慶後氏は異議申立人を経営する過程において、数多くの名誉を獲得している。しかも、様々なメディアが宗慶後氏及び異議申立人に対して報道してきている。この点に鑑み、宗慶後氏は関連業界において高い知名度を有するので、被異議申立人はそれを知っていたはずである。被異議申立人より出願された商標は、宗慶後氏の氏名と完全に同一であるので、被異議申立商標『宗慶後』は宗慶後氏の先行氏名権を侵害している。そのため、商標局は、被異議申立商標の登録出願を拒絶する」と認定した。
事例4:黎明(異議申立人、香港の有名タレント)VS瀋陽黎明モーター製造公司(被異議申立人)の商標異議申立の件
被異議申立人は1993年12月9日に第36類の「土地・建物貨与、土地・建物の管理、ファクタリング」などの役務項目において第764111号「黎明及び図形」商標を出願した。当該商標が公告された後、異議申立人は商標局に異議申立を提出した。異議申立人は、「黎明は中国で高い知名度を有している。被異議申立人がその名称を自分の商標として出願するのは、黎明の氏名権の侵害にあたる」と主張した。それに対し、被異議申立人は、「弊社は1957年から、自社の企業名称に『黎明』を使用してきている。その後、企業名称については、何度も変更したが、『黎明』という二文字を変更したことはない。当社は1983年からその製品において『黎明』商標を使用し、且つ登録出願した。名称の使用にせよ、商標の使用にせよ、何れも異議申立人より明らかに早い。『黎明』という単語は、異議申立人の名称であるというだけではなく、中国語では『黎明』は普通名詞としても用いられているので、異議申立人に専用されるべきではない」と答弁した。
商標局は、審査を経て、「わが国の芸能界で、黎明はタレントとして、一定の知名度を有している。しかし、『現代中国語辞書』において、普通名詞の黎明の意味が、『夜が間もなく明ける又は明けたばかりの時』と定義されている。現代中国語において常用の単語なので、独創性が欠如している。わが国の登録商標の中に、『黎明』を含む商標の商品を使用することで、消費者に特定のある人と関係があるという誤認を生じさせたことはない。したがって、異議申立人より提出された異議申立の理由は成立しない」と認定した。
2.法律分析
上述の事例3において、被異議申立商標「宗慶後」は、知名度の高い企業家宗慶後氏の氏名と完全に同一であり、被異議申立人は宗慶後氏の氏名を知っていたはずである。したがって、被異議申立人が宗慶後氏の氏名と完全に同一な被異議申立商標「宗慶後」を出願した行為は、宗慶後氏の先行氏名権を侵害したことになる。
事例4において、被異議申立商標の中の漢字は、香港の有名タレント黎明の氏名と同一であるが、当該商標自身は、必ずしもある特定の人の氏名を示すというわけではなく、その他の意味も有する日常の通用単語であり、被異議申立人は善意でそれを使用している。
したがって、商標局は、事例3において、被異議申立商標が宗慶後氏の氏名権を侵害しているという裁決を下したが、事例4においては、商標の使用と登録は、他人の氏名権に抵触していないという裁決が下された。
(1) 氏名権侵害の適用要件による分析
『商標審査及び審理基準』の規定によれば、許可を得ずに、他人の氏名を商標として登録出願し、他人の氏名権に損害を与えたり、損害を与えたりする可能性がある場合、係争商標は権利付与されず、又は取消されるべきである。適用要件は以下のとおりである。
①係争商標は他人の氏名と同一であること。
②係争商標の登録が他人の氏名権に損害を与えたり、損害を与えたりする可能性があること。
他人の氏名には、本名、筆名、芸名、別名などを含む。「他人」とは、「自然人」のことをいう。
「同一」とは、他人の氏名と完全に同一の文字を使用すること、又は他人の氏名を翻訳することにより、社会公衆にとっては、それが当該氏名権者を指すということである。
係争商標が他人の氏名権を侵害するか否かは、当該氏名権者の社会公衆における周知度を考慮すべきである。係争商標の出願人は、氏名権者の許諾を得た場合は、その事実に対して挙証責任を負わなければならない。
上述の対比で次のことが分かる。
両事件において、被異議申立商標の漢字は他人の氏名と完全に同一であるが、異なる結論になった原因は上述の適用要件②にあると考えられる。事例3において、宗慶後氏の氏名は社会公衆において一定の影響力があり、当該氏名はワハハ集団の法定代表者を示している。しかも、宗慶後氏は関連業界で高い知名度を有しているので、被異議申立人は、同業者としてそれを知っていたはずである。したがって、被異議申立商標の登録と使用は、宗慶後氏の氏名権に損害を与える可能性があるので、権利侵害となる。
一方、事例4においては、「黎明」は必ずしも香港のタレント黎明氏を指すというわけではなく、その他に普通名詞としての意味があるので、誤認や混同を生じさせることはない。したがって、当該商標は黎明氏の氏名権に損害を与える可能性がないので、権利侵害とはならない。
商標の構成要素には文字を含んでおり、氏名は文字からなる。両者は偶然に一致する可能性がある。したがって、適用要件②に関する証明は非常に重要である。もし確実な証拠で既に損害を与えた事実を証明できれば、権利侵害になると容易に推定できる。しかし、既に損害を与えた事実がない場合は、氏名権者が公衆にとって有名な人物であり、又は関連業界で一定の知名度があることを証明して、係争商標の所有者は当該氏名権者を知っている又は知っているべきなので、主観的な過失又は悪意を有すると推定できる。
現在、中国国内の有名人以外に、外国の有名人の氏名が悪意により出願された事例もかなり多い。例えば、第4561135号「
」商標は、アメリカの歌手Britney Spearsの氏名権を、第4860647号「
」は、日本の服飾デザイナー三宅一生の氏名権を侵害した。両商標は異議申立により、現在までに、既に無効になっている。
(2) その他の良くない影響の認定及び審査
実務において、以下の3つの情況は特殊で、氏名権により保護を受けるわけではないが、『商標法』第10条第1項(8)号の規定に基づき、出願商標が社会の秩序や風俗を妨害し、又はその他の良くない影響を及ぼすと認定される。
①係争商標の所有者又は関係者の氏名は権利者の氏名と完全に同一で、係争商標の登録と使用が良くない影響をもたらす可能性がある場合
商標審判委員会に下された『第1132643号「張学友ZHANGXUEYOU及び図形」商標に関する係争審判裁定書』(商評字【2003】第1247号)によれば、係争商標は、文字「張学友」、その対応のピンイン「ZHANGXUEYOU及び図形」及び顔の判明できない人物の胸像の輪郭からなる(以下の商標見本をご参照)。文字「張学友」は、係争商標の所有者である会社の社員張学友の本当の氏名であり、且つ当該張学友が係争商標の所有者に授権して、その氏名を商標として出願することに同意した。一方、当該文字は、香港のタレント張学友の氏名でもある。このタレントは長期にわたって、映画、テレビドラマ、歌などの芸能活動に携わり、出演した映画、テレビドラマや歌などの著作物は中国でかなり知られ、数多くの視聴者に好まれているので、係争商標の出願日前に既に一定の社会的知名度を有していたと思われる。上記のとおり、係争双方の当事者は、共に氏名権を有しているので、『商標法』第31条の適用は難しい。商標審判委員会は、香港のタレント張学友の知名度を考慮し、係争商標の指定商品と香港のタレント張学友が携わっている芸能活動と密接な関連性を有しているので、係争商標は、商品の出所について誤認や混同を生じさせ、著名な香港のタレント張学友の名誉に良くない影響を与える可能性があるという理由で、当該商標の登録を取消した。
②出願商標は政治人物の姓名と同一又は類似し、不良な社会影響を及ぼす場合
例えば:
「クリントン」(アメリカの前大統領) 指定商品:被服
「サッダーム」(イラクの前大統領) 指定商品:レストラン等
上述の例は、政治家の氏名を商標として出願した例である。そのような場合、氏名権者自身が異議申立を提出しなくても、商標局は、通常、自ら『商標法』第10条第1項(8)号を引用して、社会の秩序や風俗を妨害し、又はその他の良くない影響を及ぼすという理由で、その出願を拒絶する。
なお、社会におけるその他の著名人、企業家やタレントなどの場合、氏名権者が、自ら異議申立を提出しなければ、通常、商標局は主動的に氏名権又は『商標法』第10条第1項(8)号の良くない影響という理由で、そのような出願を拒絶しない。
③出願商標は、名人の氏名と完全に同一でないが、名人の氏名を模倣して、消費者にその名人の氏名を連想させる場合
例えば、
「瀉停封」(謝霆鋒) 指定商品:下痢止め
(注:「謝霆鋒」は香港の有名なタレントの氏名である。商標「瀉
停封」の発音は(XIETINGFENG)で、「謝霆鋒」と全く同じで、意味は、下痢を止める効果があることを暗示している。)
「流得滑」(劉徳華) 指定商品:修正液
(注:「劉徳華」は香港の有名なタレントの氏名である。商標「流得滑」の発音は(LIUDEHUA)で、「劉徳華」と全く同じで、意味は、修正液がスムーズに流れてくるという意味を暗示している。)
「畢卡索Picaso」 指定商品:化粧品
(注:「Picasso」は世界的に有名な画家の名字である。商標「畢
卡索Picaso」はPicassoの中国語及び英語表記と少し異なるが、構成と発音の類似性で画家の名字を容易に連想させる。)
上述の例は、著名人の氏名を模倣した例であるが、商標に用いられている文字は、著名人の氏名と完全に同一なわけではない。したがって、筆者は、それは著名人の氏名権を侵害したと認められないと考える。しかし、実際には権利者は、そのような商標に対して異議申立又は係争審判請求を提出し、当事者双方に提出された証拠に基づいて、『商標法』第10条第1項(8)号の規定を根拠とし、社会の秩序や風俗を妨害し、又はその他の良くない影響を及ぼすという理由で、その出願を拒絶し、又はその登録を取消すよう請求することができる。
著名人の氏名権と商標権の抵触の主な原因は、経済利益を求めるところにあると思う。実務において、著名人の氏名を商標として出願する例が多々あるが、そのような場合、著名人の氏名権を侵害し、且つ著名人の名誉を損ない経済の損失をもたらす可能性がある。これまでの弊所の実務経験からみれば、この問題を解決するためには、著名人自身が、商標防御の意識を有し、氏名権を商標権に転化させ保護を求める必要がある。
著名人は、自分の氏名を商標として登録できる。特に、外国の知名度の高い企業家や芸能界の著名人は、本国及びその関連業界で広く知られているが、中国の公衆又は審査官にとっては、あまり知られていない可能性がある。このような状況下で、自身の合法的な利益を確実に保護するために、氏名を商標として出願した方が良いといえる。その一方、中国国内の「自然人」による商標出願の要求は、現在一層厳しくなり、この「自然人」が関連企業を経営しているというような一定の資格を持っていなければ、商標出願ができなくなってきている。これによって、不正な商標出願の行為をある程度抑制できるようになっている。同様に、中国国内の著名人が自身の氏名を商標として出願することもある程度難しくなってきたが、その他の会社(例えば、仲買会社、代理会社等)に授権して、商標出願すれば、出願することができる。
わが国の『商標法』は、商標登録出願の原則を適用しているので、登録商標は商標専用権を有することになる。もし、著名人が自分の氏名を商標として登録すれば、当該氏名は商標法の保護を受けることになる。例えば、中国の体操界のプリンスであった李寧は実業家に転身した後、自分の氏名を多種の商品及び役務項目で商標登録した。中国男子バトミントン世界選手権大会の優勝者でありテレビ番組の司会者としても有名な林丹は、自分の氏名を商標として登録した。また、他人による先取りを回避するため、著名人は代理組織に依頼してウォッチングを行い、予備的査定を経て公告された模倣商標に対して異議申立を提出することができる。さらに、登録済の模倣商標に対しても、係争審判を提出することができる。これらの対応策を通じて、自分の氏名の権利をより広い範囲まで守るように方策を講じた方が良いと考える。
IV.纏め
『商標法』第31条は、先行権利の権利者が先行権利を通じて商標登録を阻止することの法的根拠である。上述で紹介した事例は主に著作権と氏名権に関わるものである。これらは、商標権と同様に無形の財産であるが、法律上の性質は異なっている。これは権利抵触の可能性を自然に生じさせ、他人によりこのような抵触を利用して他の方式で当該無形資産を先取りする可能性を生じさせている。
上述の事例に関する法律分析からみれば、権利者は先行著作権及び氏名権が商標として他人により出願された場合、『商標法』第31条を根拠とし、『商標審査及び審理基準』にまとめた適用要件と結合させ、商標登録を阻止することができる。そして、著作権を有する著作物や著名人の氏名などが、商標登録の要件を満たす場合は、商標として登録できれば、著作権と氏名権に関する保護を強化できると思われる。
参考資料:
1.『商標法』、『著作権法』、『著作権実施条例』、『民法通則』、『商標審査及び審理基準』
2.『先行民事権利への保護―『商標法』第31条の適用の典型的な商標異議申立事件に関する評論』作者:汪澤
3.『わが国商標法は先行氏名権に対する保護』作者:汪澤
4.(2007)一中行初字第1115号行政判決書(三洋電機株式会社Vs商標審判委員会)
5.(2008)一中行初字第1757号行政判決書(株式会社井上企画Vs商標審判委員会)
6.『商標法に関する体系化の分析と研究』
7.『商標異議事例』
8.『第1132643号「張学友ZHANGXUEYOU及び図形」商標に関する係争審判裁定書』(商評字【2003】第1247号)
(2011)