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近日、当所が代理したある発明特許に係る無効審判審決取消訴訟は一審で、明細書の開示不十分を理由として対象特許の全部無効に成功...
中国のICV分野におけるSEPライセンスの現状と課題


中国弁理士 張 広平

前書き

電動化、知能化、コネクティング、シェアリングの傾向を伴う自動車の「新しい4つの近代化」は、世界の自動車産業の変革をリードし、自動車製造大国が産業技術の圧倒的な優位性を競う重要な領域になりつつあり、中国の自動車産業革新の主な開発方向となっている。

現在、ICV(intelligent connected vehicle)分野における標準必須特許(以下、「SEP」という。)のライセンスモデルは新たな変化に直面している。従来の通信分野におけるSEP問題がICV分野にまで拡大された後、欧米などの自動車大国や地域で特許紛争が多く起こっている。通信分野の特許権者と自動車メーカーとの間で、ライセンス階層、ロイヤルティの算定、パテントプール/ライセンスプラットフォームなどの問題を中心に、SEPのライセンスルールをめぐる争いが繰り広げられている。このような争いは、SEP保有者及びSEP実施者に大きな影響を与えるだけでなく、各国の自動車産業のイノベーション環境や競争秩序にも関わっている。

このような背景を鑑み、本稿では、世界最大の自動車市場となっている中国におけるICV分野のSEPライセンスの現状や新しい課題、SEPの合理的なロイヤルティの算定に関する中国裁判所の運用について考察してみる。

I. 中国のICV分野におけるSEPライセンスモデルの現状及び最新の政策動向

1.中国のICV分野における現在のSEPライセンスモデル

ICV分野のSEPライセンスモデルとして、国際的には主に、①3つの主要なパテントプールであるAvanci、Via Licensing及びUTLPによるSEPライセンスと、②企業間の個別交渉によるSEPライセンスという2つのパターンがある。

中国では、企業間の個別交渉によるSEPライセンス契約は、自動車業界におけるSEPライセンスの主な形態である。例えば、Huaweiは2020年5月に、一汽グループ、長安汽車、東風グループ、上海汽車グループを含む18社の自動車メーカーとともに、5G車載モジュールMH5000、5G車載端末T-Boxなどの製品及び技術を提供する「5G自動車エコシステム」を正式にリリースした1。2021年7月7日、Huaweiはフォルクスワーゲングループのサプライヤーと特許ライセンス契約を結んだ2

現在、中国の自動車メーカーがパテントプールを通じてSEPライセンス活動を行うことについての公的な報告はほとんどない。

2.中国のICV分野におけるSEPライセンスの最新の政策動向

2022年9月13日、中国自動車技術研究中心有限公司と中国情報通信研究院は共同で、中国初のSEPライセンス交渉手引きである「ICV分野のSEPライセンスに関するガイドライン(2022年版)」3(以下、「ガイドライン」という。)を発表した。「ガイドライン」は、近年のICV分野におけるSEPライセンス交渉の問題点を整理し、「利益のバランス性」「公平・合理的・非差別的」「License to All」「協議による不一致解決」という四原則を提案するとともに、SEPロイヤルティ算定の基礎、ロイヤルティの考慮要素、累積ロイヤルティ料率の制限、ロイヤルティ算定方法の合理的な選択などを含む合理的なロイヤルティの算定方針を示している。

ライセンス階層問題は、ICV分野におけるSEPライセンスの最大な課題である。「ガイドライン」は、サプライチェーンにおける取引段階にかかわらず、全ての者がライセンスを取得できるとする「License to All」という考え方を提唱しており、この方針は中国のICV分野におけるSEPライセンス交渉の方向性に影響を与えると思われている。

また、ロイヤルティ算定の基礎について、「ガイドライン」は、ロイヤルティ算定の基礎が部品の価格なのか、最終製品の価格なのかを問わず、特許が製品に対して実際に貢献している価値を考慮する必要があると特に強調している。また、ライセンス階層によってロイヤルティに大きな違いが生じてはならず、同じ自動車製品について算出されたSEPロイヤルティを同等なものとすべきであると指摘している。

自動車業界では、算定の基礎として最終製品を採用すべきか、最小販売可能単位を採用すべきかについての結論はまだ出ていない。また、ヨーロッパや米国でのSEP訴訟の判決からすると、この問題についての考え方や立場は裁判所によって異なっている。「ガイドライン」は、最小販売可能単位に基づくロイヤルティの算定方法を認めるとともに、各階層でのロイヤルティを同等なものとすべきであるという考え方も示すことで、この問題に関する中国自動車業界の明確な立場を反映している。

さらに、「ガイドライン」はロイヤルティの算定方法について、「トップダウン」アプローチ、「ボトムアップ」アプローチなどの方法を提案している。しかし、通信分野とは異なり、ICV分野におけるSEPライセンスモデルはまだ初期段階にあり、参照できるライセンス契約が少ない。また、トップダウン型も基準料率が空白であるため、適用が困難である。

概して言えば、「ガイドライン」は方針だけ示すものである。どのように「ガイドライン」のもとでFRAND条件を満たし中国の国情に適する中国のSEPライセンス方法を見出すかということは、中国の自動車業界がこれから解決すべき課題である。

II. 中国のICV分野におけるSEPライセンスの課題

1.中国のICV分野におけるSEPライセンスルールの構築

近年、日本、米国、ヨーロッパなどの主要な自動車大国・地域の政府は次々と、SEPライセンス交渉に関する手引きを公表・更新している4

例えば、日本の各政府部門は、SEPに関する一連のルールを策定した。日本特許庁は2017年に「標準必須性に係る判断のための判定の利用の手引き」を公表し、2018年6月5日にライセンス交渉のプロセス及びロイヤルティの算定方法を示す「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」をさらに公表した。また、産業の主管省庁である日本経済産業省も、SEPの問題を非常に重視しており、2020年4月21日に「マルチコンポーネント製品に係る標準必須特許のフェアバリューの算定に関する考え方」を公表し、マルチコンポーネント製品に係るSEPライセンス契約の主体、ロイヤルティの算定方法およびロイヤルティの算定の基礎についての方針を示している。

上記自動車大国・地域の方針は、全世界のSEPルール及びSEP関連判決の動向にある程度影響を与え、この分野における上記の国や地域の国際的な影響力及び発言権を間接的に増加させている。

ヨーロッパ、米国、日本などの主要な自動車大国・地域と比較して、中国は自動車メーカー数も多く、自動車部品のサプライヤー数も非常に多い。SEPライセンス交渉は、複雑な技術上及び法律上の問題を伴っているため、「ガイドライン」だけでは、中国のICV分野におけるSEPライセンス市場の複雑さに対処するのに不十分である。

2.自動車産業と通信産業のリンケージにより生じ得るSEPライセンス問題

現在、中国の自動車産業の主体は、ICV分野におけるロイヤルティの合理的な請求対象及び合理的な料率について共通の認識ができていない。通信産業の特許権者と自動車メーカーは主に下記の点について齟齬がある。

(1)ライセンス階層の問題

通信産業では、通信SEPを多数保有している特許権者が端末メーカーや受託製造メーカーにSEPを直接ライセンスすることがよく見られる。

一方、自動車産業では、部品サプライヤーが、部品に関わり得る特許のライセンス問題を自ら解決し、そのロイヤルティを部品の原価に値付けするとともに、部品を販売する際に自動車メーカーに対して知的財産権の保証を行うのが一般的である。

通信産業のSEP保有者は、通信産業で成功したライセンス経験をICV分野で再現することで、より高いロイヤルティを取得しようとしているが、このようなやり方は、中国の自動車産業において形成された「サプライヤーがその製品の知的財産リスクに対処する」というビジネス慣行とは矛盾している。

中国のICV分野では、ライセンス階層の選択に関する特許訴訟はまだないが、グローバル市場の重要な部分である中国自動車市場において、将来、コンポーネントレベルのライセンスと車両レベルのライセンスのいずれが採用されるか、両方とも認められるかについて、今後も注目すべきである。

(2)SEPの合理的なロイヤルティの算定方法

通信産業におけるSEPロイヤルティの算定方法としては、主に①特定の標準(3G、4Gなど)に係るSEP全体の合計ロイヤルティ料率(業界累積料率)を予め算定し、そして特許権者の保有するSEPが全体に占める割合からその料率を算定するという考え方(トップダウン型)5と、②既存の比較可能なライセンス契約の料率を参照することにより、特定の案件におけるSEP料率を判断するという考え方(ボトムアップ型)6がある。しかし、①の方法を中国の自動車産業に適用する場合、業界累積料率が現在空白であるという課題がある。②の方法については、外国の自動車メーカーと中国の自動車メーカーは、販売数、価格、利益率、特に販売範囲について大きな違いがあるため、比較価値の高いライセンス契約を見つけることは困難である。したがって、中国のICV分野においてSEPのロイヤルティを如何にして合理的に算定するかということが複雑な課題となっている。

通信産業では、SEPの特許権者及び実施者が比較的集中的で明確であり、相互にFRAND条件を認め、クロスライセンスをするのが一般的であるのに対して、自動車産業では、サプライチェーンが長く、特許権者及び実施者が分散していることに加えて、伝統的な自動車メーカーの情報技術SEPの蓄積が少ないためにクロスライセンスによって相互に制限することができず、利益相反がより深刻である。

3.プールライセンスからの挑戦

自動車業界で最大のパテントプールであるAvanciは、SEPのロイヤルティに関して、欧米の自動車大手Daimler及びその部品サプライヤーであるContinentalAGと長年対立していた。その論争では、自動車産業が通信産業のSEPライセンスモデルに従うべきか否か、すなわち、「算定の基礎として、車両を採用すべきか、最小販売可能単位を採用すべきか」、「ロイヤルティの算定方法について、定額にすべきか、定率にすべきか」ということが主な論点であった。Avanciは、ドイツや米国での特許訴訟を通じて、欧米の自動車メーカーを従わせることに成功した後、さらに交渉を通じて日本の自動車メーカーをもパテントプールに参加させた。世界最大の自動車市場である中国に対しても、Avanciはそのライセンス計画を展開することに違いない。

Avanciの車両ライセンスモデルは、中国の自動車メーカーからも疑問視され、反対されている。その理由は、①Avanciが車両ライセンスしか供与せず、サプライヤーへのライセンス供与を拒否していることは、FRAND宣言に反することと、②Avanciの車両ライセンスモデルは、中国の自動車産業におけるSEPライセンスの実務慣行に深刻な影響を与え、自動車サプライチェーンに新たなリスクをもたらすことにある。

しかし、Avanciの中国進出はタイミングの問題にすぎない。中国の自動車メーカーが参加するか、Avanciの車両ライセンスモデルにどのように対応するかについては、まだ分からない。例えば、非車両ライセンスモデルの確固たる支持者として、Huaweiは、より低い料率・料金でソリューションを提供することにより、自動車メーカー・市場に対する幅広い特許ライセンスを実現したいと考えている。一方、2022年2月のIAMの取材において、Huaweiの知的財産部長である樊志勇(Alan Fan)は、将来Avanciに参加する可能性は否定しないとも述べた。

いずれにせよ、プールライセンスは、中国のICV分野におけるSEPライセンスの変化に重要な影響を与えるであろう。

4.SEPライセンスに係る中国自動車メーカーの訴訟リスク

(1)中国は、ICV分野でSEP訴訟が多発する新たな戦場になる可能性がある。

標準がグローバルであること、特許実施者の市場が通常複数の国にまたがること、そして特許が地域的であることを背景に、SEP紛争は複数の国で並行して訴訟が行われることが多い。中国がICV分野におけるSEP訴訟の新たな戦場となる理由としては、以下のことが挙げられる。

①SEP実施の観点では、中国は世界で最も重要な実施地である。中国は2009年以来、世界最大の自動車市場となっている。2021年に中国の新エネルギー車の販売台数は352.1万台となり、7年連続で世界第1位であった7

②SEP保有者の観点では、現在、世界で公表されている5GのSEPは210,000件で約47,000の特許ファミリーに及んでいる。そのうち、中国の特許権者は40%近くを占める18,000以上の特許ファミリーを保有しており、世界第1位である。世界の特許出願件数ランキングの上位15社のうち、中国企業は7社を占めている。中国は、5GのSEPの最も重要な対象市場となっている8

現在、Avanci陣営のNokiaに加えて、Qualcomm、Ericsson、Huawei、ZTEなどの通信メーカーも、中国のICV分野でのシェアを期待している。将来、SEPのロイヤルティをめぐる紛争が中国のICV分野に殺到すると予測されている。

(2)中国の自動車メーカーは、ますます深刻化するSEP訴訟リスクに直面している。

中国の伝統的な自動車メーカーはほとんど、通信規格の策定に参加せず、通信技術及びそのSEPに対する理解が乏しく、SEPライセンスに関連する価格設定の経験や対処能力が足りない。また、訴訟に巻き込まれた場合の対応及び反訴の能力も不足している。そのため、訴訟に敗れて不当な請求をやむを得ずに受け止める可能性が大幅に高まる。

また、国によってSEP紛争についての運用が異なり、政策による影響が大きいことに加え、SEP紛争では、反訴、行政介入、差し止め、差し止め禁止などが珍しくないため、企業の経済的及び時間的コストは非常に高い。中国の自動車メーカーは将来、SEPの高額なロイヤルティによるコスト圧力、莫大な訴訟圧力、および海外訴訟による販売差し止めの圧力に直面することとなる。

III. 通信分野の判例から見るSEPロイヤルティに関する中国裁判所の判断基準及び手法

1.SEPライセンス紛争についての中国での提訴可能性問題

「特許権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する中国最高裁判所の解釈(二)」9第24条3項には、「実施許諾条件は、特許権者、被疑侵害者が協議して決定すべきである。十分に協議したにもかかわらず、合意できない場合、裁判所にそれを決定するよう請求することができる。裁判所は、上記実施許諾条件を決定する際に、公平・合理的非差別的の原則に基づき、特許のイノベーションの高さ及び標準における役割、標準が属する技術分野、標準の性格、標準実施の範囲及び関連の許諾条件などの要素を総合的に考慮しなければならない。」と記載されている。

SEPライセンスの特定の料率は通常、当事者間の交渉によって決定される。十分な交渉を行っていても、ライセンス条件について合意に達することができない場合、当事者は裁判所に提訴することができる。つまり、裁判所がSEPのロイヤルティをめぐる紛争を受理するのは、SEPの特許権者と実施者との間でライセンス条件について十分に交渉が行われたものの、合意できなかった場合のみである。このため、原告は提訴時に、この点を証明する証拠を提示する必要がある。

その一例として、OPPO社とシャープ株式会社、センベジジャパン株式会社との特許ライセンス契約紛争事件10において、深セン市中等裁判所は、原告及び被告が提出した電子メールなどの証拠により、「2018年7月からライセンス条件についての交渉が開始したものの、裁判所が本件の裁定をする日まではまだ実質的なライセンス契約に合意していない」ことを確認した上で、「被告がFRAND義務又は信義原則に反したことを確認し、SEPライセンス条件を決定する」よう裁判所に求める原告の請求には事実及び法律上の根拠があると判断した。

上記司法解釈の規定は、自動車分野におけるSEPライセンス紛争にも適用される。

2.通信分野におけるSEPロイヤルティの代表的な判例

中国の裁判所が自動車産業におけるSEPのロイヤルティ料率を判断した事例はまだないが、SEPの合理的なロイヤルティに関する中国裁判所の判断の原則及び方法は、近年の通信分野におけるSEP訴訟の典型例から把握することができる。

上述したように、通信分野におけるSEPロイヤルティの算定方法としては主に、トップダウン型、ボトムアップ型などがある。

【ボトムアップ型】HuaweiとIDCとの合理的なロイヤルティの確認事件11

【裁判要旨】SEPロイヤルティの算定に当たり、少なくとも、特定の商品において支払うべきSEPロイヤルティの割合、本件に係るSEPの数、質、開発投資等、SEP保有者が過去に合意した定量化可能なロイヤルティ料率、SEPの地理的範囲などを考慮すべきである。

本件では、詳細なSEPロイヤルティの算定について、一審裁判所は、「IDCとサムスンとのライセンス契約は、IDCが米国でサムスンを提訴した際に締結されたものであり、ライセンシーが脅迫された可能性があるため、参考にはならない。IDCとAppleとのライセンス契約は、2007年6月29日から7年間のライセンス期間で、自発的、世界規模、譲渡不可、非独占的、固定ロイヤルティの特許ライセンス契約である。この契約によりライセンスされた特許ポートフォリオは、当時のiPhone及び特定の将来の携帯電話技術をカバーするものであり、ロイヤルティは1四半期につき200万ドルで合計5,600万ドルであった。2007年から2014年までのAppleの売上は3,135億ドルであったことから、この取引のロイヤルティ料率は0.018%であると算出できる。」と判断した上で、この取引に基づき、IDCがHuaweiにライセンスする中国のSEP及びSEP出願のロイヤルティは、製品の実際の販売価格の0.019%以下にするものと判断した。二審裁判所は、合理的なロイヤルティに関する一審裁判所の判決を支持した。

本件において、裁判所は主に以下の考慮要素を勘案しながらロイヤルティを算定した。

①無線通信分野の収益性を考慮して、特定の無線通信製品において支払うべきSEPロイヤルティの割合を算定する。

②無線通信分野における本件特許権者のSEPの数、質、開発投資などを考察し、無線通信分野での特許権者の貢献に見合った見返りを確保する。

③特許権者が過去に合意した定量化可能なロイヤルティ料率(例えば、Appleとのライセンスにおける料率)を参照する。

④本件実施者が世界範囲ではなく、中国でのSEPライセンスのみ希望するという地理的範囲の限定を考慮する12

本件は、SEPのロイヤルティ料率について中国の裁判所が審理し、終審判決を下した最初の事件であり、中国国内のみならず、世界中の裁判所におけるこの問題に関する議論に大きな影響を与えた。この判例は、国内外の自動車メーカーが、SEPの合理的なロイヤルティに関する中国裁判所の運用を把握するための重要な参考となる。

【トップダウン型】HuaweiとCoversantとの特許ライセンス紛争事件13

【裁判要旨】SEPロイヤルティの算定に当たり、業界のSEPロイヤルティの算定方法と、当事者が選択した算定方法とを十分に検討し、具体的な事情に応じて選択する必要がある。SEPロイヤルティの算定方法としては、一般的にトップダウン型とボトムアップ型がある。被告が主張するボトムアップ型に係る特許パッケージの品質は比較可能ではないため、本件はボトムアップ型の適用条件を満たさない。本件において、トップダウン型を採用し、累積中国料率を各規格における中国SEPのファミリー総数で割ることで、各規格におけるシングルモード携帯端末製品に係る個々の中国SEPファミリーの料率を求めることができる。中国の4G、3G、2Gの業界累積料率はそれぞれ、(3.93~5.24)%、2.17%、2.17%であり、4G、3G、2G分野における中国SEPファミリー数はそれぞれ2036、1218、517である。2G、3G技術を含む4Gマルチモード携帯端末製品については、2G及び3Gの技術的変化及び時間の経過に伴う技術の減価償却を考慮すると、4Gマルチモード携帯端末製品における2G及び3Gの料率は、現在の見積もり料率から、ある程度割引する必要がある。本件において、マルチモード携帯電話の料率における4G、3G、2Gの割合は、8:1:1とすることができる。

本件において、南京市中等裁判所は、Huaweiが主張するトップダウン型を採用し、Coversantの中国におけるSEP料率を次の式により算定すると判断した。

SEP料率=規格の中国での業界累積料率×1ファミリーの貢献の割合

裁判所は、Huaweiが、第200380102135.9号中国特許を実施した4G携帯端末製品のみについてSEPロイヤルティを支払う必要があるとの判決をした。Coversantが主張する中国料率と、裁判所の判決で認められた中国料率は、表1のとおりである。
 
【表1】Coversantの主張と南京市中等裁判所の判決における料率の比較
 
 
 
(本件の影響)本件の判決は、SEPの「標準必須性」の評価方法、SEP料率の算定方法、基準料率の算定方法を明示しており、広く注目を集めた。本件は、中国でトップダウン型のアプローチを採用してSEP料率を算定した最初の事件であり、今後の同様な事件の判断に関して参考になる考え方を示している。

SEP料率の算定について、中国の裁判所はまだ模索段階である。ICV分野におけるSEPライセンスの複雑さを鑑み、今後、ICV分野におけるSEPの合理的なロイヤルティを算定する際に、ボトムアップ型とトップダウン型のいずれを採用すべきか、それとも、その他の方法を採用すべきかについて、特定の事件における原告及び被告の立証に応じて判断する必要がある。また、ロイヤルティの算定に関する理論及び根拠を積極的に調査して革新し、中国の国情に適する算定方法をさらに探していくべきである。

結びに

現在は世界的にICV分野の特許ライセンス・ルールを構築する重要な段階である。ICV分野におけるSEPライセンスの問題を根本的に解決する方法を見出すことは、中国自動車産業の革新及び発展を図る上で避けられない戦略的な課題である。

中国自動車産業のICV分野におけるSEPのライセンス供与及び実施のための良好な環境を構築する方法について、以下の考えがある。

(1)政府としては、政策上の支援をさらに提供する必要があると思われる。「ガイドライン」に加えて、例えば、中国特許庁、産業情報技術省、市場監督管理総局等は、標準必須性、SEPライセンスの手引き、ロイヤルティの算定基準などの点で、SEP関連政策による指導を強化し、SEPライセンス規則をできるだけ詳細に定めることで、中国のICV分野の健全な発展を導くことができる。

(2)企業としては、SEP関連政策及び司法の不確実さを鑑み、以下の準備をしておく必要がある。

①SEPという戦略的知的財産権に対する認識及びリスク意識を高め、国際標準規格の策定に積極的に参加し、自社が保有する基本特許を各レベルの標準制度に組み込むことで、交渉のチップを手に入れる。HuaweiとサムスンのSEP訴訟を例にとると、Huaweiが多数のSEPを保有しているからこそ、自ら策定したクロスライセンス戦略の実施が可能になった。

②常に国内外のSEP訴訟の最新動向に関心を持ち、訴訟リスクを検討し、早期に対策を立てて問題を未然に防止する。

③SEPに関する法律法規や政策の整備及び改善を積極的に促進し、法律法規の枠組みの下で、ICV分野におけるSEPライセンス活動の展開、知的財産権の保護及び技術革新の推進を如何にして行うべきかを検討する。
 
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1https://www.huawei.com/cn/news/2020/5/5g-car-eco
2https://www.huawei.com/cn/news/2021/7/license-agreement-volkswagen
3https://www.samr.gov.cn/jzxts/zcyj/202209/t20220916_350090.html
4JPOは2018年に「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」を発表し、2019年に「標準必須性に係る判断のための判定の利用の手引き」を改訂した。2021年、KIPOは「標準特許ガイドライン2.0)」を発表し、USPTOは「FRANDライセンス交渉及び救済方針案」を発表した。
2022年、 EUは「知的財産 ・標準必須特許の新しい枠組み」を発表し、日本経済産業省は「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針」を発表した。
5肖延高、鄒亜、唐苗、『標準必須特許のロイヤルティ問題及びその形成メカニズムの研究』[J]. 中国科学院院誌 2018,33(3): 256-264
6広東省高等裁判所が公表した「標準必須特許紛争事件の審理の手引き(試行)」第18条「標準必須特許のロイヤルティの算定は以下の方法を参照することができる。(1)比較可能なライセンス契約を参照する方法、(2)本件標準必須特許の市場価値を検討する方法、(3)比較可能なパテントプールのライセンス情報を参照する方法、(4)その他の方法。
7http://www.gov.cn/xinwen/2022-01/12/content_5667834.htm
8https://www.cnipa.gov.cn/art/2022/6/8/art_55_175931.html
9https://www.court.gov.cn/fabu-xiangqing-18482.html
10深セン市中等裁判所(2020)粤03民初689号
11(2011)深中法知民初字第857号、(2013)粤高法民三終字第305、306号
12『標準必須特許の実施料率の司法判断規則』 祝建軍http://www.cipnews.com.cn/cipnews/news_content.aspx?newsId=67943
13江蘇省南京市中等裁判所(2018)蘇01民初232、233、234号
 

 

 

 


 
 

 
 

 
 
 
 
 


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